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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第4章 寂寞たる思惑

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第19回

●寂寞たる思惑


「ふ。あんな男でも、息子を賢しく育てることは知っていたとみえる」


 つぶやき、闇へ溶けるように消えた気配を見送ったあと、もといた部屋へすべりこむように戻る。

 何かしら意味を求める言葉ではなかった。いわば、相対したダーンという男への評価のようなもの。

 だがそれに望みもしない返答が戻ったのは、次の刹那だった。


「よもや剣士までもが手のうちにいたとはな。どうりできさまがふてぶてしいわけだ」


 小部屋に1本きりの青い蝋燭からのあかりを脆弱と嘲んばかりに一面広がった、力強い躍動にあふれた負の闇が特に濃い、部屋の中央に敷かれてある陣の中央で浮かび上がっているのは鉛の色。

 闇との狭間にあって流動する、威圧げな(あか)い光の加減によっては真珠のような光沢まで見せるその肌の持ち主は、言わずと知れた魅魎・火威(カイ)である。


「だがきさまの用いた言葉には少々語弊(ごへい)があるぞ。ほかの道を切り捨てわざわざ自滅を選ぶ、あれは賢いとは言わん。しかも主と定めた相手があんな、どうしようもない小物ではな。そうしたところで栄誉も何もないことも理解できない、ただの盲いた間抜けだ。

 まあ、健気ではあるがな」


 馬鹿な男だとでも後ろへ続けたそうに素っ気なく首を振った。

 意見することを許したわけでもないのに脇からよけいな口を差し挟まれたことに、細く締まった仮面の者の目が危うい光をともす。


 無言のまま、音もたてず後ろ手に閉めた扉に、訪れる者はないと知りながらも念入りに鍵をかけ、仮面の者は壁の棚に歩を進めた。

 肘の高さまでしかない、轍樹で造られた重厚な飾り棚の上には、中ほどまで赤ワインの入った瓶と、中途までそそがれたグラスがある。

 近付くダーンの気配を察知するまでしていた作業を再開するように、その脇へはずした仮面を置いて瓶に封をすると、仮面の者はグラスに一口口づけた。


 と、次の瞬間、残った中身を火威の横顔へ浴びせかける。

 ぴしゃりと頬を打った冷たい液体に反射的、目を閉じ、あらためて開いたとき。火威の面からは一切の表情が消え失せていた。

 先までの、悦に入ったものとは反対に、剣呑とした負の気がじわじわ立ちのぼっている。


「私としたことが、使いから戻った者に飲物も出さないとは迂闊だったな。そら、存分に堪能しろ。きさまと同じ赤で、しかも極上の品だ。不服はなかろう」


 己の優位さを把握しきっている仮面の者は、そんなはったりに臆することなどないと言わんばかりに(から)になったグラスの口を振って、さらなる怒りを挑発する。


「こうしてわざわざ私が毒味までしてやったんだ。謝辞はどうした? いつからそんな寡黙なひねくれ者になった? 意見を赦したわけでもないのに口を開くほどおしゃべりなくせに」


 くすくすと、意地の悪い笑みをまじえて手持ちのグラスに新しいワインをつぎ足し、火威の、行き場のない怒気を抑えこもうと苦心する様子を酒の肴とばかりに好奇をたたえた目でねめつけながら喉を潤している。

 その姿を横目に、火威は火威でふつふつとある策略を胸の内で組み立てながら、焼け跡地の残り火めいた舌を唇の端に這わせてそこのしめりをとる。


 ゆっくり、少しずつ口に含んでグラスを干したあと、ごとりと音をたててグラスを戻した仮面の者は、すぐ脇の、やはり紫檀でできた椅子を引き寄せて腰かけた。


「それにしても、やけに早いお帰りだ。何かと道草をくいたがるおまえだ、てっきりもう少しかかるとばかり思っていたよ。今度はよそに気を奪われることもなく、寄り道せずにまっすぐ戻ってこれたというわけだ。

 ちゃんと私のした言いつけは全部果たしてきたのかい? まさか、戻った今になって思い出した、なんて不備はないだろうねえ?」


 それは、年端もいかない子どもを茶化すような物言いだった。

 えらいえらいと頭を撫でてやろうか、そう言いたげなそれは、相手が魅魎であることを考慮に入れていれば、とてもまともな神経できける口ではない。彼らは短命種である人のように、外見が実際年齢に比例するなどあり得ないのだから。


 当然相手の神経を逆なで、ささくれさせる効果を狙っての、わざとの厭味である。


 口にした仮面の者自身、そうする自分がおかしくてか、肘あての上に立てた右の二の腕に半面を隠し、闇の中だというのに端目からもはっきり分かるほど肩を震わせて笑っている。

 当然された火威のほうもそれと気付かないわけはなく、途端、柳のような眉をひそめて不快気に腕を組んだ。


「ああほら、いい歳をしていつまでもそんなふうに拗ねていないで。早く首尾を報告してごらん。間違いはないか、私が確認してあげよう」

「あの程度の事を私が仕損じるとでも言うつもりか! きさま!」


 もはや我慢ならないと憎々しげに叫び返す姿を目にしたことで仮面の者もひとまずは満足したのか、火威より目をそらし、横にしていた椅子の背もたれへもたれかかる。


「それは重畳」


 ぎしり。

 きしみ音に重ねてそうつぶやいたきり、先を継こうとしない。身をずらして膝を組み、悠然とかまえているだけだ。

 そうしているだけで自分を無視できずにいる相手の内を、ますます苛立ちでまみれさせることができるのを知る者ならではの、いやらしい態度だった。


「……きさまの望みはなんだ」


 沈黙の歯痒さに堪えかねた火威が、居心地悪そうに身をゆすって切り出す。


「この町の崩壊か、皆殺しか。それともあの女退魔師の死か。

 言ってみろ。こんなまわりくどい手を使わずとも、ほんの一瞬でかなえてやる」


 殺戮への衝動にぎらぎらと燃えたぎった目を向けてくる。

 おまえの望みをかなえてやる、そう口にしながら、あれが何より奪いたがっているのはここにある自分の命だと知る仮面の者は、まるで的はずれな知ったかぶりを耳にしたときのように、引いた顎の下で静かに失笑を漏らした。


「一瞬で皆殺し、か……。それを為し得るだけの力の保持者とはいえ、またてらいもなく言ってくれるものだな」

「では言い直してやろうか? この真夜中時、二度と朝を迎える必要のない眠りにつかせてやろう、と。それともこういうのはどうだ? 明日の訪れをうとむ者は多い、これ以上嘆かずともすむように私が永遠をくれてやる。

 どう見目良くつくろおうとしたところで、結果は変わらん」


 眉間にしわを寄せ、いかにも難しそうな顔を作って吐き捨てる。

 対し、仮面の者は袖に埋めた口元で無愛想につぶやいた。


「これだから魅魎というやつは芸がない」

「なんだと!?」


 隣室どころかこの地下一切が無音の闇の小部屋。つぶやきとはいえ、一言一句聞き漏らすことなく耳に入れた火威は、途端憤然と声を上げる。


「思い違いもたいがいにしておけ。いいかげん、少ない可愛げがますますなくなる。

 楽しむのはおまえでなく、私だ。罠は、それと気付かれぬよう配するから面白いのだ。手の内はだれにも知られぬから、価値が増すのさ」


 なぜそんなことも気付けないのか。完全に小馬鹿にしたロ調でつけ加える。

 火威が、その言葉にはいまひとつ納得がいかないと視線を他方へ飛ばす姿を見て、ほうっと失望の息をついた。


 火威がこれまでの時間をどう過ごしてきたか、目に見えるようだった。


 この者には、殺戮という行為そのものへの遊び心がないのだ。たかが餌と見くびりきって、手段をこうじる気にもなれないのだろう。


 まあ、たしかに自身が現れたこと、それだけにおびえ、混乱したまま逃げ惑う(アリ)をいくら靴底で踏みにじったところで満足感など沸くはずがない。

 そんな存在のために心をくだき、わざわざ労力を尽くそうとすること自体、ばかばかしいという思いも分からなくはないが……。


 正面から相手にするのであれば相応の能力保持者を選ぶ、中級魅魎らしい見方ではあるが、結局それ以外の視点で物事を見られない、言うなれば極端に視野の狭い者だ。子どもとも言える。


 もうひとつ、あきらめの境地でため息をつく。


「つくづく甲斐というものがないな、きさまとの会話は。

 何百年生きようが無意味だ。どうせ無駄に時間ばかり食いつぶしてきたんだろう、探求心がない以上、新たな発見があるか。不精者め。楽しみたいならそれ相応の努力をしろ」

「なに!?」

「その様子では、本当に私の言いつけを守ったかどうかも疑問の余地があるな。

 まさか、力を出し惜しんだりしてないだろうな? どうせおまえにしてみれば、満たされた(かめ)の中のほんのひとしずく足らずなんだろうが。

 出ししぶり、手を抜いたりなどして、私の不興を買ってもいい程度の値打ちでしかないのか? これは」


 ごそごそと、懐から出して見せたのは、紅い色をした球体だった。

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