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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第4章 寂寞たる思惑

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第17回

 これは愚か者ではない。


 半眼を閉じ、指にこめた力を解くのを見て、その自制心の強さに、ふっと一刹那、仮面の者の目の光がなごむ。


「表に出せないというのは、つくづく不便だね。それでは到底通じやしない。……どちらにもね。

 命を張ってるんだ、つかみ損ねるような愚かなことはするんじゃないよ。そこまでいくと、滑稽だ」


 気まぐれの優しさとばかりにつぶやいて、曖昧な間をあけると背を向けた。

 元いた位置へ退くのを見ながら、ダーンは何か、ひっかかりを覚えたものの、形となるより早くそれは再び無意識下の底へと沈んでいく。


 あきらかに先のは忠告だった。しかも、彼が何をしようとしているのか見抜いた上でのような。


 だが見抜いているのであれば阻止しようとするはずだと、誘しむようにまた前髪を梳き上げる。おそらくこれは、彼の癖なのだろう。


「連れ出せとそそのかしているように聞こえるが」

「おや、そうかい? べつに、そうしても一向にかまわないが。

 そうだな。先の失態とやらの埋めあわせだ。私としてはそんなことをやらかしたつもりはないが、どうやらおまえの気には召さなかったようだしな。

 おまえにその気があるならどこへなりと連れて行くといい、夜明けまであと少し。そのくらいなら目をつぶっておいてやろう。

 好きあった者同士、手に手をとってかけおちか。これはなかなかに情熱的だ。人質に逃げられ、蒼白してあわてふためくあのけだものの姿はさぞ見ものだろうな。想像するだけで愉快だ。

 多忙で気付かなかったとあの男には言ってやる。どうだ、気前がいいだろう?」


 楽しげに、いかにも感謝の言葉がかかるに違いないと思っているような素振りで声は弾んでいる。

 対照的にダーンはますます顔色の冴えを落として、この疲れる会話にいいかげん辟易していることを伝えるように両肩を竦めた。


恐懼感激(きょうくかんげき)した、とでも言えば満足か。

 きさまが連れこんだくせに、勝手を言うやつだ」

「ふふん。あれには十分役に立ってもらった。用済みだ。それこそ、先のようにひまつぶしの慰みものになってもらう以外、使い道がない。

 実際、あの身のほどというものをまるで知ろうとしない貪婪(どんらん)さの相手をするのもうんざりだ。魅魎・人質・術師、これだけの駒をそろえ、優位に立ちながら、まだ何をおびえるのか、あのけだものは。無能なら無能らしく言いなりになっておればいいものを、何かと口を出したがる。


 一代でこれほどの権力・財を成した者だ、まがりなりにも策略家と思えばこそ目をかけてやったというのに、すっかり老いて、いまや役に立つものといえば、倹約人生で蓄えた金と顔だけか。

 私は忙しい。おもりをあの女に押しつけて、色にぼけた腑抜けになってもらうのもひとつの手だな」


 本心か、それともやはり先までと同じで口先だけの挑発か。

 どちらとも判断しづらいほどあっさりと、思いつきをそのまま口にする。隠す気など毛頭ないと言わんばかりのあけっびろげだ。

 ダーンが告げ口をするかどうかすら、問題外であると言っているようだった。


 決して気を許して腹を割って話しているわけではないのは分かりきっている。

 間違いなく、だれが何を言ったところで今のガザンの歯止めになれるわけがないと、確信しているのだ。

 そしてそれは、腹立たしいほど的を大きく射抜いている。


 人は、破滅か栄光かの瀬戸際で猜疑と盲執(もうしゅう)を沸き立たせている間は、決してほかの者に船の舵を譲ろうとはしないものだ。

 たとえ忠告する相手が息子であろうとも貸す耳は持たない――そんなことはダーンも重々承知している。


 ここでした会話の内容を、父やその側近であるシャリドに報告する気など、初めから彼にはない。それこそ無意味。むしろ、自ら足に要らぬ(かせ)をつけるようなものだろう。

 ただ、彼としては本意がどこにあるとも知れない不審人物をいつまでも身近に野放しにしていられなかっただけだ。


 だがこうして1対1で言葉をかわしてみたものの、結局出た結論は、はたして何を考えているのか皆目つかめない、どこまでもうさんくさい者であるということ。不信感がさらに強まっただけだった。

 毒蛇のような危険人物であるというのは、一目見たときから分かりきっていたことだが……。




『かなえてやろうか』


 今から半月と少し前。館内のだれにも知られることなく突如父の寝室に現れたこの者は、まるで胸中を見抜ききっているかのような口ぶりで、開ロ一番そう告げたという。


『人心に安らぎを与えると言われる月夜の静寂ですら、今のおまえの前では剣に等しいようではないか。

 なにも、消せぬ火種を無理矢理に飲みくだし、独り身を焦がして苦しむことはない。おまえの望みは天を落とすことか? それとも地底に下りて生きながら魔の王となることか。人の世の、たかが爵位を手にするなど、それに比べれば困難と呼ぶのもおこがましい。


 この世に生まれ出たとき、おまえの手にしていたものはこの大陸の砂粒ほどの価値しかない、俗な運命だった。だが今のおまえは天に満ちた星ほどに輝かしい運命を手にしている。

 運命の道を作り変えた、それだけの力量を持ちながら、伸ばせば手の届く域にあるものを、なにを諦める必要がある。それとも、あきらめるしかない理由でもあるのか? あるとしても今となればそんなもの、とるに足らないものだ。この私の力でそれを補ってやろう』


 仮面や黒衣で身を隠した姿も、その申し出も、信用するには危険すぎるものだった。なぜ一笑に伏さず安易にその手をとったのか、今もってダーンには理解できない。


 それほどに欲していたのか。

 栄光か、破滅か。二者択一しかない賭けに盲目的に手を伸ばしてしまうほど、貴族への憧れと憎しみは、父を蝕んでいたのか。


 仮面の者はたしかにその大胆不敵な自負に見あった『有力な助力』と呼ぶに足る実力を備えた術師だ。ダーンの知る限りの退魔師、王都の警備にあたっていた先鋭たちでもこれほどの内力を秘めた持ち主はいなかった。


 たとえ禍々(まがまが)しく歪められていようとも力は力であって、どのように扱うかは別問題だ。要は、役に立ちさえすればいいのだ。


 だが喉から手が出るほど待ち望んだ機会と力を得たとしても、それだけであの何かにつけて懐疑的な父が全面の信用を寄せるとは思えない。

 どうしても手に入れたいと望んだとき、さながら仕掛けた罠の上を獲物が通りかかるのを何日も待つ蜘蛛のような執念で、裏へ裏へと手を回すのが常套(じょうとう)ではなかったか。


 あるいは。


 魅魎を操る力を持っていようとしょせん傷つけば流れる赤い血を持つ生身の持ち主。利用できるうちは利用する。邪魔になればいつでも始末できる、とタカをくくっているのかもしれない。


 人1人、どのように死んだところでいくらでも闇に葬れる。ましてや素性も定かでない日陰者を消すなど造作もないことだ。

 最後、全ての罪をなすりつけたうえで始末するつもりなのかもしれない。仮面の者の持つそれとはまた別の、裏のつなぎというものを父は持っているのだから。

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