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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第4章 寂寞たる思惑

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第14回

『この7年間、ずっとかけあった。父の理解を得るのはやはり無理なようだ。

 ただ一人の肉親であるあのひとに反対されるのは気が重いが、そのことでためらって、きみを失いたくない』


 今夜、(あけ)の広場で会おう。


 その文字を目にした喜びは、とても言葉につくせないものだった。

 幼な心より、ただ一人と決めたひと。たとえ7年の歳月が流れ、どれほどの距離で隔てられても、それは変わらなかった。むしろ彼を恋い慕う想いはますますこの身につのるばかり。


 それだけに王都の上級貴族からの求婚は、シェスタをひどく困惑させたものだった。

 男性から求婚されたのはこれが初めてというわけではなかったが、今度に限っては相手が相手だ。


 「私や母さんに変な気がねなどせず、いやと思うなら断りなさい」と父は言ってくれた。「おまえやティナが幸せになることが、私たちにとって何にも勝る一番の願いだし、それに、今の生活で十分満足なんだからね」と。


 心配りはありがたかったが、だからといって本当に気にしないでいられるはずもない。自分の代で家系を貶めてしまったという自責の念が父にあることにシェスタは気付いていた。


 父がここをとても気に入っていて、慎ましやかな生活でいいから穏やかな老後をおくれればいいと、本気で考えているのは分かる。今さら王都に返り咲いたところで何を求めればいいのかさえ見当もつかないだろう。

 シェスタ自身、ダーンに会いに行きたいと何度も心を翔ばせた都とはいえ、場合が違う。他人の妻となった身で、どうしてダーンに会える?


 本当に、このままの状態がつつがなく続くというのであれば、シェスタももう少し気が楽になったのだが。


 生活が、向上しないまでも苦しくなるのは避けたかった。

 相手はとても優しい、いいひとで、20歳年上ということもあってか、包容力や話術、教養は今までの求婚者のだれより優れている。

 無理強いは一切なく、身のふるまいもたおやかな紳士だが、その優しさに限りが見えないのも不安要素のひとつだった。しかもまだ跡継ぎ息子という段階で、家門の実権は両親が握っているという。


 もし断れば、彼はともかく両親の方が下級貴族の分際で上級貴族をないがしろにするのかと責めたててくる可能性はかなり高い。叱りくらいですめばまだいいけれど、最悪、爵位剥奪・私財没収のうえ国外追放というのも十分あり得る。


 自分のせいで厳しくなる父の立場を思うとあまり無碍(むげ)にもできず、結果、ずるずると日ばかりかけてしまった婚約だが、まさかこんな出来事を運んできてくれるとは思いもよらなかった。


 ダーンが帰ってくる。

 あのひとがそばにいてくれたなら、きっと断る勇気も持てる。あのひとはとても賢明な人だから、この窮地をうまく抜けられる術も思いつくかもしれない。


 希望に浮き立つ胸をおさえながら、宴席がたけなわとなるのを待ちかねて、そっと館を抜けた。なのに。

 広場にダーンらしき人影はなく、いたのはあの煉獄の炎そのもののように燃え盛る炎をまとった、恐ろしい男だけだった。


 人ではないとひるんだ自分を視線だけで盲縛し、悠然とその腕に抱きこんで、こうつぶやいた声を今も覚えている。


『たかが人間の小娘一人をさらうなど、つまらん、ケチな役目とばかり思っていたが。予想に反しておまえはなかなかのものだ』


 そのあと、したり声で何かを思いついたような言葉をつぶやかれた気がした。

 他人のことなど微塵も気にかけようとしない傲慢な性質を表すような、熱い、肌がちりちりと焼けこげるような手荒な抱擁(ほうよう)が人ならぬ男のふくみ笑いと重なって、高波のようにシェスタの意識を飲み込む。

 遠のく意識の中、近付く人の足音が2つと驚く声、次いで何か重いものが倒れる音。そういったものを痺れた鼓膜で、はるか遠くの水面からのように感じながら、泥沼の底へ落ちこむように急速に意識を遠ざけていった。


 朝陽のまぶしさに堪えかね目を覚ましたときにはもうこの部屋で、他人の許可なしには何ひとつかなわない捕われの身。ときおり姿を現すガザンの優越を満たしてやるだけの、籠の鳥になりはてた。


 ダーンが自分にこんな仕打ちをするはずない、きっと彼も知らぬうちに事を運ばれた、ガザンの策略だったのだ。


 裏切られたと疑うよりも、そう思った。

 これは、決してあのひとの仕業ではない。あのひとはとても誠実で心の強い人だから。人質をとってゆすろうなどという卑劣な手段は思いつきもしないだろう。


 きっとあとで知ったのだ。そして困惑しているに違いない。

 けれど、父親を裏切れとは言えない。ただ一人の肉親、親。

 己の欲望のため魅魎を町に引きこみ、人々を巻き込んだ罪は重い。――例外はないのだ。


『きみは不注意すぎる』


 7年を経てかけられた言葉。あれは、非難だ。上級貴族との密接化をガザンが知れば妨害に出るのは当然予想がついていただろうに、考えもせず軽率な行動をして、はては彼を追いつめる事態を引き起こしてしまった、浅慮な自分への失望。


 ようやく会えたのに。会いたかったとの言葉はおろか、触れてもくれなかった。


 きらわれてしまったのか。

 ばかで浅はかな女と、もはや見限られてしまったか。


「ダーン……ダーン……」


 お願い。きらわないで。私を、きらってしまわないで……!


 切れるほどに唇を噛みしめても、体の芯から生まれてくる鳴咽を殺しきることはできない。凍えるような寒気が全身をおおいきり、満足に息もできない恐怖に肌がざわめく。


 薄闇の中、さざ波めいた震えを発する白い肩は、しかし皮肉なほどになまめかしかった。

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