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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第1章 終焉たる開幕

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第4回

「きみは、大抵のほかの者たちよりずっと相手を思いやっている。それはそれでいいことだけど、でも考えすぎてる。そのことまで表に出そうとしないし。

 たしかにその者の授業には支障をきたすかもしれないけど、それよりもずっと大切なものを、きみとその者は得られたかもしれないんだよ? その者はきみを知ることでこれまでの誤解を解けただろうし、きみは友人が持てただろう。

 それは、授業より大切なことじゃないかい?」


 優しくさとしてくる、白悧のその言葉は正しいことのように聞こえた。しかし、かつて魅妖との闘いで生死の狭間をさまよったセオドアとしては、自分の不注意で作った傷にわざわざつきあわせて授業をさぼらせるのがいいこととは思えない。


 自分たちが習っているのはただの勉強じゃない、超常能力を持つ魅魎を相手に生きるか死ぬかの闘いを繰り広げ、その上で生き残るためのものだ。もしかすると、今日習ったことによって彼らは将来自分の身を助けることができるかもしれない。


 それを思うと、やはりそれはできないことだと、セオドアは結論した。


 自分はすでに室内カリキュラムは終わらせてしまっている。医療室へ行くのは1人でもできるし、到着すれば治療するのは医療師だ。大体、ついて来てもらうだけで打ち解けられるほど容易な問題なら、今こうなってはいないだろうし。


 第一、誤解も何も、彼等の口にする大半が真実なのだ。自分のほうがおかしい。


 どうやら自分は少し標準からずれているらしい、と気付いて以来、努力はしてみた。

 人が嫌いなわけじゃない、好きで独りでいるわけじゃないんだから。声をかけてもらえれば嬉しいし、厚意をかけられるのも嫌いじゃない。


 でも、そうして努力して得た結果はさんざんたるものだった。

 彼らと比べ、決定的に、自分は何かが欠けてしまっているのだ。


 悲しいけれど、それが現実だった。そして、いまだそれを克服できてはいないのだと。

 これが性分だから、しかたない。


 そりゃあ、しかたないですませていいことじゃないとは思うけれど、でもこれ以上どうすればいいかなんて、見当もつかない。少し淋しいけど……おかしい自分にわざわざ合わさせるのは、向こうに気の毒というものだ。


 と、そこでふと思い出して、セオドアは顔を上げた。


「あの……、わたしに何か、ご用があったのでは……」

「ああ忘れるところだった」


 巻き止めていた手を止め、胸元から封書を取り出すと横に置く。


「きみ宛てに届いた手紙。

 それから蒼駕のやつが、ついでにきみを呼んできてくれって――」


(蒼駕が!?)


 封書へ向きかけた注意がその名に引き戻された。

 目を丸くし、反射的、背筋が伸びる。身を立たせるやいなや部屋を飛び出して行きかけたセオドアの手首が、はっしとつかまれた。


「待った! まだ手当てはすんじゃいないよ」


 白悧が強引に引き戻す。


「あの、でも……」

「いいから!

 それともなに? あいつはきみが満足にけがの治療をする時間すら許してくれないようなやつなわけ? そう思ってるの?」

「そんな……!」


 そんなひとであるはずがない。それは自分が一番よく知っている!


「でしょ。ならもう少し我慢して、おとなしくしていなさい。そうすればそれだけ早く済むんだから」


 向けてくる目に含まれた感情を巧みに読んで、白悧は解けかけた包帯の緩みをとって、再び巻き直し始めた。


「大体、場所も分からずにどこへ行くつもりだったの」


 との言葉には、うっとつまってしまう。

 そういえばそれすら知らず、自分はかけつけようとしていたのだ。


「どこですか?」

「執務室」


 その何気に返された場所の名にセオドアは先以上に驚き、飛び上がるように立ち上がっていた。

 宮母さまのお呼び出しだ!


「手当てが先!」


 血相を変えてドアへ向かおうとしたセオドアを、白悧はまたもやその一言で強引に引き戻したのだった。



◆◆◆



 ちゃんと身繕いしていった方がいいよ、という白悧のもっともなすすめに従い、血で汚れた服を脱いで着替えたりしたためか、ずいぶん遅くなってしまったと、ためらいがちにセオドアは執務室の扉を叩いた。

 一呼吸おいて名を告げるとすぐさま女性の声で入室の許可を告げる返事が返り、それに従って扉を開ける。


 中には、正面に位置する執務机の向こうに幻聖宮宮母・アルフレートの座する姿があり、その前に蒼駕が立って、入ってきた自分を振り返っていた。

 彼の姿に、張りつめていた緊張がほっと緩まる。


「どうかしたの?」


 深みのある青藍色の瞳が真横から入る陽の光に輝く様に、久しぶりということもあってつい見とれてしまっていたセオドアを、アルフレートのおちついた声が現実に気付かせた。


「いつまでもそんな所で立っていないで、さあ入ってきてちょうだい」

「は、はい。すみません」


 かしこまり、急ぎ後ろ手で扉を閉めると、セオドアは彼女の正面へと進み出た。

 現れたセオドアに場を譲って、すでに蒼駕は壁際へと退いている。


 自分の前に立ったセオドアの姿を、慈愛にあふれた(はしばみ)の瞳でしばしの間見つめたのち。にこやかに、アルフレートは話しかけた。


「久しぶりですね、セオドア。元気にしていますか?」

「は、はい。宮母さまも、お変わりなく……」


 慣れない、というよりも、先に見せた失態のためますます強まった緊張に固くなった動作で、とにかく頭を下げる。

 そんなセオドアを好ましいものとして見つめ、頷きながら、アルフレートは机上で軽く指を組みあわせた。


「本当に、こうして顔をあわせるのはどれくらいぶりかしら。私としてはもう少し早くこうした場をもうけたかったのだけれど、ここ最近あわただしいことが続いてしまって……。

 あなたのことは、担当の教え長からよく聞いています。そう、彼は、封師としてはもう教えることは何もないと言っていましたよ。筆記も剣技も、あなたに勝る者はいないとか。

 がんばっていますね」

「……ありがとう、ございます。宮母さま」


 優雅な仕草で小首を傾け、ほほ笑んでいる彼女のあたたかな眼差しと優しい誉め句に、セオドアはカラカラののどに声を詰まらせながら礼を口にした。


 せめてそれくらいがんばらなくては、蒼駕やこの幻聖宮に在籍することを許してくれているアルフレートの面目がたたないと、した事の結果だった。


 8年以上剣を握っていれば、6年に満たない者より扱いがうまくもなるだろう。毎年同じカリキュラムを受けているのだから成績も良いに決まっている、誉められたことではない、と言う者がいることを知っているセオドアとしては、その意見のほうが正しく思えて、どうしても後ろめたさに素直に返事が返せない。


 表情が芳しくないセオドアに、アルフレートは彼女の中でわだかまっている、トゲのついた茨のような思いを悟って眉を寄せると、脇の蒼駕と視線を合わせた。


 この子はこんなにも傷つきやすい心を持った、優しい子なのに。どうしてみんな気付いてあげようとしないのかしら? 言葉としなければ分からないなんて、それは自身の読解力のなさを白状しているも同然じゃないの、と不機嫌そうに彼女は表情で語っている。

 アルフレートがまだ初々しい訓練生だったころから知っている蒼駕は、彼女の意を正しく読み取り、同意とも少し違う、苦笑を返して、セオドアを淋しげな目で見つめた。


 この、自分の運命というものにすっかり怯えきっている、愛しい養い子を。

 そんな蒼駕にアルフレートは、そっとため息をつく。


「その上で、実はそこに控えている蒼駕とも話していたのですけれどね、セオドア」


 唐突に、アルフレートの発する声が引きしまった。

 その声に含まれた緊迫感に、セオドアは、またしても自身の考えに没入していたことに気付いてはっとなる。


 いけない、今は宮母さまの前だった。

 また失礼をしてしまったと反省する一方で、いつの間にかアルフレートの自分を見る瞳はこの宮を取り仕切る者としての威厳に輝き、相応の態度で聞くことを望んでいるのを悟って、セオドアも顎を引く。


 これは、やはりただ事ではなさそうだ。


 他国との政務やこの宮の采配に多忙な日々を送る宮母が、一介の候補生である自分などにわざわざその貴重な時間を割くこと自体おかしいと思いながら来ただけに、ずうんと重いものがのしかかってきたような気がする。


「なんでしょうか」


 きっと、いいことではないだろう。

 その先を聞くことに内心で覚悟を決めながら、セオドアは訊き返した。

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