第4回
「大大大好き。どこかへ出かけて、帰ってくるたびにいつもいろんなお土産くれるの。2カ月前はね、髪飾り。緑とか赤とか、いっぱい石のついたきれいなのくれたわ。
その前のときはお人形でしょ? あたしにそっくりだったからって。
その子、ケイトって名前にしたの。あたしの妹分よ。ときどき一緒に寝てるの。それでね、いつもあたしを膝にのせて、お話してくれるの。
あたし、絶対リュビのお嫁さんになる! 決めてるの。もう少し、あと10年くらいしたら、あたしだってシェスタねえさまみたいにきれいになるもの。
ねえさまのまっすぐな青と銀の髪、とってもきれいだし、あたしはこんなくしゃくしゃだから、きっと全然かなわないだろうけど、でもねえさまに負けないくらいあたしもきれいになるの。
みんな、そう言うもの。そしたらリュビのお嫁さんになって、いろんな所に一緒に連れてってもらうのよ。約束したもの。
いつか、あたしがもっと大きくなったら、絶対連れてってくれるって」
喜々として話す少女の顔を見ているうち、突然にがいものがセオドァの中にこみ上げた。
無邪気に未来の夢を語る少女。エセルに対し、一片の疑いも抱いてないに違いない。そんな純粋さを寄せるに値する相手ではないのに。
サリエルという、すでに決まった相手のいるエセルがちゃんとその約束を守るだろうか……それ以前に、覚えているか。それすらセオドアには疑問だ。
たぶん、あいつはその場のノリと勢いで口にしただけなのだろう。行きたい、連れて行ってとせっつかれて、請け負った約束。
『いつかティナも連れてってやるからな』
たわいのない、社交辞令のようなものだ。エセルにしてみれば、相手は小さな少女だからすぐ煩雑な日常にまぎれて忘れてしまうものだとの見当をつけた上での、その場限りの軽いロ約束のつもりなのだろう。
大人中心に巡る社会で成長することに必死な子どもには、周囲で起きる何もかもが目新しく複雑なので、そんな中で1つの言葉をいちいち覚えておけというほうが無茶かもしれない。エセルは間違ってはいない、と思う。
ただ、大事に抱え持っていたところでしょせん幻想にすぎなくて、いくら待っても実現することはないのだということをいつかこの少女も知ると思うと、気がふさいだ。
夢というものは得てして時間と期待を糧としてどんどんふくらんでいく。いざその時が来て、少女に起こる失望を思えば、今告げてやるべきだろうか。そうすれば憎しみは自分のほうに向く。信じた己の愚かさを嘆くより、憎む対象がいたほうが、まだマシなのではないか。
自身と重なり、そんな迷いがちらと生まれたが、ためらった後、やはりできないと結論した。
今日知りあったばかりの自分などが言ったところでまず信じてくれたりはしないだろうし、それに、少女の描いた夢をつぶしてどうする。傷ついた顔を見れば、いい行いをしたと満足するのか?
善人ぶって、結局自分はこのことにかこつけて、エセルを賛ずる存在を笑ってやりたいだけではないか。
いくら最低最悪の気分とはいえ、感情に先走った、後先顧みない行動をとりかけた自分に少なからず滅入る。
少女はそんなセオドアにまるで気付かず、つらつらとエセルとの間にあったたわいのない話をすすめていたのだが、不意にかくんと首を倒してセオドアへと正面を向いた。
「おねえちゃんはそういうひと、いる?」
いきなりの質問に内容が把握できず、一瞬とまどって、それから頷く。
「どんな人?」
思いがけない肯定の返事に少女は途端目を輝かせて、いかにも興味津々といった顔で訊いてくる。セオドアは、自然と蒼駕の姿を思い描いていた。
「とても、すばらしいひとだ。わたしの知るだれよりも誠実で、思慮深い。どのようなときであろうと思いやり深く寛容で、強くて、優しいひとなんだ。
そんなひとだから、大勢のひとに好かれていて、頼りにされていて……本当ならとても、こんなわたしなど、そばに寄る権利すら持ち得ないのに、あのひとはいつもわたしのいたらない部分を補い、常に導きの手を無償で差しのべてくれる。
あのひとに恥じない生き方をしたいと、いつも思う」
その言葉に、難しいことを聞いたようにティナは顔をしかめたものの、セオドアの初めて見せる穏やかで優しげな表情に、あえて文句をはさもうとはしなかった。
「どんなときも、あの青藍の瞳を見返すことのできる人間でありたいと願っている」
「iなんてひとなの?」
訊かれて少し迷った後、セオドアは「もう寝なさい」とやんわりと告げた。
はぐらかしとしてはこれは下手もいいところだったが、意外にも、少女はそれを拒んで強引に訊き出したりしようとせず、おとなしく従って上掛けの下に潜り込むと目を閉じた。
伏せられた金の睫毛が、ちらちらと蝋燭の火に照っていた。ちょこんととがった愛らしい唇の先から、ほどなくして浅い寝息を吐きはじめる。
少女のあどけない寝顔を見つめつつ、セオドアは、やはり逃げることはできないと奥歯を噛みしめた。
どんなときもあのひとに恥じない自分でいたい。たとえそれがどれほど心に苦痛を伴うことであろうと、正しいと思う限り、その道から目をそらし、逃げてはいけないのだ。
エセルの思惑など知らない。そんなもの、どこにあろうが関係ない。だまされていたと知った今はもう、それに従ってやる義理などないんだから。自分は自分の正しいと思うことをすればいい。
明日、シェルドラ王都に連絡をとって退魔師を派遣してもらおう。たしかこの近辺ではシールンの町に転移鏡が配置されていたはずだ。門守に早馬を頼めばおそらく3日ほどで王都の退魔師が到着する。それまでなら代理として私が動いても、さほど文句は出ないだろう。
魔断を持たない剣師に何ができるか、教えてやるさ。
わたしは、退魔師だ。
冷やかさにつきる、固い決意を胸に刻む。けれどもそれはセオドア自身、なぜか胸を衝かれるほど辛く、悲しい決意だった。
もし心に実体があるのなら、ぱっくりと開いた傷ロから流れ落ちて血溜まりとなった血が見えるのではないだろうか。
そう思えてならず、気付かぬうちに胸元を強く握りこむ。
ただ1人、この館において、それを知る者は――――。
灰色の閃光だけが支配した闇の中、寝台の上で片膝を抱き寄せ、窓を伝って流れる雨のしずくを見つめながら、独り、やはり眠れぬ夜をすごしていた……。




