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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第3章 酷薄たる陥穽

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第19回

 風に揺れる枝葉の音もなく、しん、とした中、通ってきた廊下の向こうから宴席の騒ぎがかすかにもれ聞こえてくる。自分と同じように酔い覚ましにここまで来る者がいるかもしれない。


 そう思った直後、こちらへ歩いてくる足音がかすかに聞こえた。

 今の姿をだれにも見られたくなくて、目についたしげみに身を隠して気配を消すと同時に、足音の主がつい先ほどまでセオドアのいた場所で足を止めた。


 エセルだった。

 宴から出ていくのを見られていたのだろうか。サリエルや友人たちとの会話に集中しているとばかり思っていたのに……。


 なぜ、よりによって、彼が来るのか。

 今一番会いたくないのがエセルだった。

 羞恥とみじめさでいっぱいの、今の自分を見られたくない。


 そっと枝葉の隙間からうかがうと、エセルはきょろきょろ辺りを見回していた。セオドアがここに来ていると確信していて、姿を捜している、そんなふうだ。


「エセル? そこにいるの?」


 あきらめて、早くどこかへ行ってくれと念じていると、その思いが通じたように彼を追ってサリエルが現れた。

 弱々しい月明かりしかない中で目を凝らす彼女に、エセルが振り向く。月に照らされたその面に、エセルと知ったサリエルは廊下から庭に下りて、エセルへと近づいた。


「どうしたの? こんな所で」

「セオドアがいなかったろ。酔い冷ましに出たようだったから、捜しに来たんだ。

 迎えに行かないと、宴席の主賓ということも忘れて、戻ってきそうにないからな、あいつ」


 苦笑するエセルの言葉に、セオドアは赤面しそうになった。

 彼の言葉どおり、忘れきっていたので、抗弁もできない。


「そう……。

 で? 彼女、見つかった?」

「いや。俺も今来たばかりだ」


 答えつつ、エセルの目はセオドアの隠れている辺りのしげみをざっと流し見ている。

 まさかこんなことになるとは。

 隠れるんじゃなかった、と思った。今気付かれたりしたら、姿を隠したことに何の言い訳もできない。

 どうか気付かれませんように……と息を殺して祈るセオドアの祈りが通じたか。


「それで、おまえは?」


 とのエセルの言葉にサリエルが


「あなたに、ちょっと話があって」


 と返し、「向こうで話しましょう」とエセルを連れて行ってくれた。

 2人の気配がなくなったことに、ほーっと詰めていた息を吐き出す。耳を澄ましても、2人が戻ってくる足音は聞こえない。

 だが、エセルのことだ、また捜しに戻ってくるかもしれないと思うといてもたってもいられず、とにかく庭を歩いて、だれも来そうにない奥まで逃げこんで、ようやくセオドアは木の柵に背をもたせかけて全身の緊張を解いた。

 冷気が針のように頬を刺すが、断りきれず口にした微量の酒のため、寒さは感じない。


 いや、案外寒さを感じないのは、この羞恥のせいかもしれない。今にも顔から火が噴き出しそうなほど、彼女は己の弱さを恥じていた。


 数少ない知りあい。

 あまりの厚かましさに全然気がねのいらない相手とはいえ、よもや、自分の中にあんな気持ちがあるとは思ってもみなかった。


 ばかげたことだ。あまりにもばかげたこと。

 大体、考えてみろ。命を狙われ死にそうな目にあった、あれが、互いを理解しあうに十分な時間だったか?

 一体何を知っていると思い込んでいた? あいつがここを居としているのも知らなかったし、それこそ好みも、友人も、恋人がいることも、何ひとつ知らなかった。

 知っていたことといえば如才ない性格と、盗品専門の商人というだけ。


 それはエセルも同じだろう。あいつが知っているのは、セオドアは幻聖宮の退魔剣師候補生であるということ、それだけだ。


 それでよく自分を利用しようとしていると腹を立てられたものだ。

 この関係が利用以外にどういう使い道がある?


 手紙の内容を勝手に解釈して、こっちに都合よく考えていたのは自分のくせに、それを棚上げして、彼の意向が自分の考えに添っていなかったからと怒る。

 えらそうに非難したりして、一体何様のつもりだ?


 ましてや、自分のしていることはどうだ。

 あいつから魔断のことを聞き出すため、それだけのために会おうとしたんじゃないか。


 それを知って、招待主であるあいつが気を曲げるかもしれないなどこれっぽっちも考えず、あっさり口にしたりなどして。思いやりのかけらもない。

 しかも、ここにいる間はあの選択を保留にしておける、なんて。

 これが利用以外の何だというのか。


 自分は、あの手紙をこれ幸いにと恰好の理由にして逃げたにすぎない。

 そして、もしかしたら自分のいない間に蒼駕が円満な解決方法を見つけてどうにかしてくれているかもしれない、という期待も、きっと心のどこかでしていたんだ……。


 あのひとに任せたら大丈夫。あのひとならなんとかしてくれるにきまっている、なんて。身勝手な期待……いや、他人任せの甘えだ。子どものころと同じで、あのひとに安全な道を指示してもらわなくては一歩も前に踏み出せない。

 自分自身の未来だというのに。


 あまりのなさけなさにいたたまれず、顔をおおった。

 ひどい自己嫌悪にきりきりと胸が痛み、奥歯を噛みしめる。


 そうだ、ひとのことは言えない。自分だってエセルを利用していた。このリィア行きだって、心のどこかでちょうどいいと思っていたんだ。


 みんなの期待が重くて……あの宮にあれ以上いたなら、二度と立ち上がれないほど押しつぶされるような気がして……。


「……っ……」


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 幼いころより胸に思い描き、実現する日を待ち望んできた未来は、決してこんなものじゃなかった。

 退魔師にはなりたかったし、どうせなるのであれば強くありたかったけれど、でもそれは、いつまでも蒼駕とともにありたかったからだ。


「……蒼駕……」


 ただ1人欲したあのひとは、こんな自分と違って、どんなときも正しく、強く、みんなから愛され、だれよりも優しいひと。

 そんなあのひとを傍らに得たいと思う者が到底自分だけであるはずもなく。だから、ただ、あのひとを得られるくらい、強くありさえすればよかったのだ。


 退魔剣師になって、蒼駕と感応し、2人でどこかの国へ所属して、配属された地で人々を守護する任につきながら、少しずつでも宮に送金をして、育てていただいたご恩返しをする。

 幼いころから何度も何度も繰り返し考え続けてきたことだ。でもその中にはあんな、竜心珠の魔導杖も、分不相応な期待も、入っていなかった。

 こんな、みじめな思いも……。


 あまりのていたらくに、涙が、こぼれそうだった。そのことすらくやしい。

 なぜこんなにも自分は中途半端な存在なのだろうか。

 すべてにおいて、今の自分は、半端なのだ。


 こんな自分に初めて関心を持ってくれた人たち――たとえそれが『根拠があやふやな期待』というはた迷惑なものでも、添いたかった。

 訓練することでそれができるものならば、どんなつらい訓練にも堪えただろう。

 努力はしたのだ。可能性があるかもしれないのにやりもしないでただできないなんて弱音を吐くのは大きらいだ。


 何度も、何度も、魔断を呼んだ。


 重傷を負い、起き上がることもままならない身ではルビアへ行き、そこに残っているかもしれない手がかりを探すなど不可能だった。

 感応したのであれば心の一部が通じているはずだと、不確かな心話に一縷(いちる)の望みをかけた。けれど、魔断からの返答らしき反応は一切なかった。


 魔断は自分と関わりを持つことを拒否しているのだ!


 感応した相手に拒絶されているのだと認めるのがどれほどの絶望を伴うか、知る者はおそらくどこにもいないだろう。魔断は己の半身であり、魔断なしでは剣師であることはできない。


 これは残酷な裏切りだった。卑怯すぎる。

 たとえどんな経路を経てであれ、感応したのだ。魔導杖を通じての呼び声に応じてくれた。それが本意に添わないものであったとしても、姿を現し、ちゃんとこれからについて話しあうのが筋というものだろう。

 その上で、どうしてもだめだと言うなら、あきらめもつく。なのにこれでは、あまりに一方的すぎるではないか。


 魔断には見限られ、魔導杖はあっても剣のない剣師と嘲笑を受け、出立もできず、提示されたザーハでの教え長という打開策からすら逃げて、すべて蒼駕に押しつけ、そしていまだ自分の気持ちすら満足に把握できない――一体何をしているんだ、わたしは!!


 これが成人の儀を終え、18にもなった者かと思うととことんなさけなくて……あまりの腹立たしさに、横の木の根元を蹴りつける。

 とんだ八つ当たりだ。また子どもじみたことをしてしまったとますます滅入り、うなだれた先で、ふと白いものが目についた。


 しげみの下の暗がりで、下生えの草にからみつかれている。

 かがんで視界をさえぎる邪魔な雑草をはらうと、どうやら紙の切れ端であることが分かった。


 焼却したあとの燃えかすらしく、周囲が焼けて黒くすすけている。だが周りを見てもそれらしい物を燃やした痕跡はない。おそらくどこか、ほかの場所から風に運ばれてきたのだろう。


 裏返してみたなら文字らしき綴りがうっすらと見えた。目を細め、不足がちな薄明かりに透かしてようやく読む。それは、どうやら手紙の一部のようだった。


 『スタのいう通りだ。考えてみるとおかしい。

  だれもこのことを知らな』


 整った大きめの字で濃くはっきりと書かれていたことも幸いして、それだけの文字が拾える。

 意識せず読み終えた直後、はじめの『スタ』が『シェスタ』であるとのひらめきが脳裏を走り、セオドアは目を瞠った。


「シェスタだって?」


 先までの欝屈を吹き飛ばすほどの、あまりの驚きにロ走る。そのことにセオドア自身自覚しているようには見えず、ただただ息を飲んで一片の紙を凝視するばかりだった。

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