第17回
なんでもないとあわてて首を振って答え、そして彼女によけいな心配までかけさせてしまったなさけなさに、少なからず滅入ってしまった。
全然なんでもなくないのだ。把握できてないのだから。
でもまさかそれを話してサリエルに悩み相談さながらに問うわけにもいかないので、沈黙したわけだが……今さら言い訳するのも道化じみている。
この、すっかり間の抜けた沈黙を、だれかどうにかしてくれないかと内心冷汗をたらしながら願っているうちに、何をさとってか、口元にあてた手の下でくすりと笑って、サリエルが何事もなかったように再び話しかけてきた。
「先の折はすみませんでした。さぞ驚かれたでしょうね。私としては、てっきりあのひとから前もって事情など、聞いていらっしゃるとばかり思っていたものですから……あのような席に割って入るような、出過ぎたまねをしてしまって。お気を悪くされたでしょうね」
差し出がましいことをしました、と頭を下げてくる彼女に、あせりながらセオドアは首を小刻みにふるった。
「そんなこと……。サリエル……さん、のおかげで、とても、助かりました。あの、よく分からなかったものですから」
もごもごと口を動かす。直後、『とても』じゃなく『ずっと』と言うべきだったかと、思った。
ああいう場合、悲嘆にくれる関係者の心中を察し、なるべくつらくないよう無駄なく、詳しい事情を聞けるように誘導しなくてはいけないのだが、それに適した話法をとれていたとはとても思えない。むしろ己の考えにばかり気をとられて沈黙して、相手をまごつかせる時間ばかりかけて……気を乱した町長や婦人に、思いやりの言葉ひとつかけられなかった。
最善の方法も分からなかった彼女にとって、自分の知りたいことを把握している相手からの説明と意見はありがたいものだ。
それをうまく伝えることができないことにもどかしさを感じている彼女をしげしげと見つめていたサリエルは、セオドアが自分から注意の目をそらしたほんの一瞬、これまでにない強い光をその瞳中に走らせた。
完全に感情を消した、敵意とも殺意ともつかないそれは、探りというのかもしれない。
一片の思いやりも欠けた、検分の光。
セオドアが目を戻したときにはもう、光は痕跡すら残さずきれいに消滅してしまっていて、視線をあわせた彼女は何もなかったようににっこりほほ笑んだ。
「サリエル」
そう呼んで、と自分を指さす。
「私もあなたのことセオドアって呼ぶから。だから『さん』付けはやめてちょうだい」
「え。でも……」
あきらかに年上でしかもすばらしい力を持つ熟練の法師を自分などが呼び捨てにしていいものか、ためらうセオドアに、サリエルは強い口調で押し切った。
「いいわね? そう呼ぶの。あなたに『さん』付けで呼ばれるなんて、照れちゃうわ。なんか、意識しちゃって。
それに、距離を感じちゃうじゃない。畏まってひとと距離を置くのって、私いやなの。一度顔あわせて挨拶しただけの人っていう、いきずりの相手ならともかく、あなたとはそんな関係になりたくないも
の。
だから、あなたもどうぞサリエルって呼んで。さもないと私、あなたのことセオドアさんって呼んじゃうわよ」
と、そこまで口にして、彼女は何か思い出したようにあっと声を上げ、口元に手をそえた。直後、きゃらきゃら笑い出す。
「そういえばすっかりあいさつするのを忘れてたわね。私たち2人とも、あのひとを通じてお互いの話を聞かされてるから、名前も肩書も知ってるし、今さらみたいな気もするけど。でも、こういうことはやっぱりちゃんとしなくちゃ。大切なけじめだもの。
私は8年前、シエルドーア国王により使命を賜りこの町の結界守護の任についた退魔法師で、サリエルといいます。よろしくね」
「……セオドア、です」
宮に所属していると言うのは正確ではないし、候補生と言うには場が場だし……と、それ以上口にすることをためらっていると、それを察してか、サリエルがにこやかに話題を変えてくれた。
「ねえセオドア。実を言うと私、あなたをずっと以前より知っていたのよ? あのひとから聞かされる前から」
「だから結界強化から戻った直後、明日到着と思われていたあなたたちがもう着いていることを聞いて、我慢しきれずついその足であの場に向かってしまったのよ」と恥ずかしそうにつけ足した。
「はあ」
先から彼女が言っている『あのひと』というのは、エセルのことだろう。
だが、知っている?
会ったことはないはずだが……これだけの存在感を持つ女性だ、目にしただけでも記憶に残らないはずはないと、きょとんとする。
しかし続けてサリエルの語った理由が、セオドアをまた暗奮な気持ちへと引きこんだ。
「伝説の、竜心珠の魔導杖と感応されたとか。
もう朽ちてしまっているとばかり思われていた、この広大な大陸でただひとつの貴重な魔導杖が発見されただけに終わらず、400年ぶりに『碧翠眼の退魔師』まで出現したなんて。私たち、出立した退魔師の間では今一番興味深い話題なのよ」
途端、忘れていたことを思い出して、ずうーんと気が沈む。
棚に片した封魔具や着替えと違い、まだ荷袋の底に追いやったままの魔導杖の姿が瞼の裏に鮮明に浮かんだのは、すでに視床に焼きついてしまっているからに違いない。
なにせこの5カ月、毎日毎日にらみ続けてきた代物だ。
「もう、ですか……」
ぼそり、答えた。
起伏の足りない言葉は言葉なりに伝えるものがあるのだろう。しかも、苦しくもこのときセオドアの思いとそれは、ぴたりとあてはまったものだった。
一方でサリエルは、伝説として名高い品と感応し、手に入れながら己の内力を誇るわけでもない、その味気ない反応が全く予想外というような表情を浮かべ、目をぱちぱちとまばたきしたものの、かといって話題を変える気はなさそうである。
「ええ。あの宮を出て、それぞれ町や村へ配属されたとはいえ、年に数度の会合が開かれているもの」
ほがらかに笑って会話をつなげる。
「それに、他国に所属した同期の退魔師たちとは書状での交際も頻繁にあるわ。
情報を常に収集し、分析するのも私たちには必要でしょう?」
それからひと通り、彼女は400年ぶりに伝説の退魔師が誕生したとの情報にどれほどほかの退魔師たちが驚愕し、歓喜し、熱中したか、適度に笑いをまじえて語ってくれた。
「強力な力を備えた魔断と感応し、その器となるに足る魔導杖を得ることは即ち、どれだけ優れた内力を持つ退魔師であるかの証明ともなるでしょう?
それが、魔導杖自体紛失した以上、もう現れることはないのではと懸念されていた碧翠眼の退魔師ともなれば、同じ退魔師として尊崇の念を持たずにいられるわけはないわ。
みんな、口々に言ってたわ。ぜひあなたを一目見てみたいって。
補充組というのを聞いて、自国へ所属が決まればいいのにと言う人もたくさんいるのよ。でも宮が手放すはずがないってすぐ結論したみたいだけど。
そんなあなたにこうして会うことができ、間近で言葉をかわせた私は幸運なのかしら?」
「そんな……」
あまりの誉め句につなげる言葉が思いあたらず、語尾がかすれて消えてしまう。
多分、彼女は今のセオドアの、身の置きどころがないでいる気持ちを察して自信をつけようとしてくれているのだろうとは思うのだが、それに見あう実力も経験もない彼女としては、聞くにつれ、みじめさとあせりが増大してゆくのだ。
根拠のない期待などという、厄介なものは持たれないにこしたことはないというのは周智の事実であるというのに、どうしてだれもかれも、よりによってこんな自分に持とうとするのか。
やはり年々退魔師の質と数が劣り、それに反比例して魅魎の力が増大しているということなのだろうか……だが今は考えにふけって己を憐れんでいる場合ではない。
四苦八苦しながらようやくみつけた
「魔導杖と感応しただけです」
という言葉を返す。
候補生と言うも同然のその言葉に、ロにした直後、しまったとは思ったものの、騒ぎにまぎれてだれの耳にも入っていないようだし、やはり説明が面倒で、こみ入った事情を話す気にはなれなかった。
それに、情報を得ているというのであれば、その中には自分がこの歳でいまだ魔断を持てていないおちこぼれだということも、絶対に付随しているだろう。
「竜心珠の、でしょう? すばらしいことだわ。球体にしかならないとされる竜心珠がそれ以外の形をしているというだけでも驚きなのに、魔導杖なんて。
その内に蓄積された力の凄まじさは他と比するところではないと、書に記されてもいて……事実、過去の保持者たちも、みんな優れた使い手の者ばかり。
竜心珠の魔導杖を得ることは、あの宮に集められて退魔師を目指す者であれば、だれもが一度は夢見るそうよ」
もっとも、私は法師ですから、すぐその夢も醒めましたけれど。
告げる声が、かすかに羨む響きを残しているような気がしたが、その面に浮かんだやわらかな微笑が、それはセオドアの思い違いであると打ち消した。
ここまで読了いただきまして、ありがとうございます。
サリエルの発言の裏の意味というか、悪意に気付けていないのが、さすが世間知らずだなと、30年ぶりに読み返していて思いました。
(どう見ても、これ「エセルは自分のもの」っていう主張でしょう……そして嫌味 (ーωー;))




