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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第3章 酷薄たる陥穽

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第15回

●宴  席


「この町では飲料水の管理を任されております、ジャルイーです。あなたが、あの名高い幻聖宮に所属しておられる退魔剣師どのですね。お会いできて光栄です」

「私は舗装・整備官の、セイリオンといいます。いらしてくださるとの噂を聞き、一日干秋の思いでお待ちしておりました」

「よくいらっしゃいました。北区民代表のデアークと申します。ご滞在中ぜひ一度私の家へいらしてください。たいしたおもてなしはできませんが、娘の爪弾く竪琴は、我が娘ながら『渡り』の楽師に勝るとも劣らぬ、たいした腕前と称しております」


 色とりどりの花や装飾品ではなやかに飾られた広間で専用のテーブルに並べられた数多くの色あざやかな料理・軽食を好みで皿にとり分け、立食、あるいは壁に並べられた椅子にかけて口にしていた者たち全員がどよめき、注目する中、町長直々による紹介という、なんとも歯がゆい時間を堪え忍んだあと、彼女を待っていたのはさらに苦痛を伴うものだった。


 セオドアの来訪を歓迎する宴なのだから、主賓としてとり巻かれるのはしかたないのだが、あいにくセオドアのほうはこういった場自体に不慣れな上、主役となったことなど1度もない。せいぜいが幻聖宮あげての全員参加の催しに顔見せ程度に参加するだけで、それも3回に1度くらいしか出席しなかった不精者だ。しかも撮後までいたためしがない。


 途切れることなく次々と向かってくる、あきらかに誤解と分かるお世事やお愛想笑いにはたしてどう返せばいいのか見当もつかず、彼女としては沈黙するしかなかった。


 『幻聖宮に所属している退魔師』とか、『(いい意味での)うわさ』など、どうせエセルが好き勝手に吹聴しただけの間違いであると分かっているのに、それを肯定するような言葉や態度など、どう考えてもとれっこないのだ。

 かといって否定するにも、幻聖宮の権威を失墜させずに『この歳で候補生』というのをどう説明すればいいかなんて、皆目わからない。加えてこの町の状況を思いやると、今立場をあかせば不安をあおりかねないこともあり……結果、セオドアとしてはとにかく堪えるしかないわけだ。


 それもこれも、すべてあいつのせいだ。


 飲物を片手に、壁にもたれてニヤニヤしながらこちらを見ている――あの顔は、絶対今セオドアが途方に暮れているのを分かっていて、それを楽しんでいる顔だ――エセルをにらみつけると、目が合って、こちらへ寄ってきた。


「おつかれ」


 途中でテーブルから取ってきた飲物を差し出してくる。ちょうどのどが乾いていたこともあり、受け取ろうと手を持ち上げたところで、腕飾りについていた小さな円盤たちが互いにこすれ合ってシャラシャラと鳴った。

 その様子に、これを買ったエセルが満足そうにほほ笑む。


「やっぱりおまえの桃のような肌には、紅色が似合うな」

「……そうか?」


 何が自分に似合うかなんて、考えたこともなかった。今もよく分からない。

 本当は、体に何か付けるのはあまり好きじゃなかった。それがあるせいで、今のエセルのようにその部位へ注目が集まるからだ。

 背ばかり高くて痩せぎすなこの体に、できるだけ人の目を集めたくなかった。

 だから指輪1つ、嵌めたこともない。


 ただ、エセルも言っていたようにこれはこのときのためにエセルが買ってくれた物だし、付けなくては申し訳ないとの思いから今回付けたわけだが……髪飾りに耳飾り、首飾り、腕飾りと順に見て、うれしそうなエセルに、まあ、付けて良かったかな、と思う。


 でも、なんだかそうして見つめられると落ち着かない気分になって。

 渡された飲物を口元へ運ぶ動作で、首飾りの留め金が外れてしまった。


「おっと」


 胸元からすべるように落ちかけたそれを、エセルが受け止めてくれる。

 もし床へ落ちたなら、響いて、さぞかし不面目な注目を浴びてしまったことだろう。


「付け直してやるよ」

「すまない。こういうのは、付け慣れてなくて……」


 恥ずかしさから顔を上げられない。視線を下に向けて言い訳をしていると、後ろへ回ったエセルが首飾りを付け直してくれた。

 下ろしていた髪を避ける際、うなじに触れた指先の熱に、一瞬息が詰まる。


 小さくカチリと留め金が嵌まる音がして「ほらできた」とエセルが言った。


「……ありがとう」


 うなじが熱い。赤くなっている気がして、ますます落ち着かない。

 振り向けずにいると、エセルを呼ぶ女性の声がした。サリエルだった。


「呼んでいるぞ」

「あー、うん」

「行ってやらないのか?」


 一緒にそちらを見たものの、生返事で、動こうとしないエセルに問う。


「彼女の用が何かは察しがついてる。急ぎじゃない。

 それより、さっきから見ていた限り、ここではおまえのほうが大変そうだ。

 もううんざりだって、顔に出ていたぞ。俺が手を貸してやろうか?」


 くすくす思い出し笑いをしながらしてきたその提案について、少し考えてみた。

 たしかに口から生まれてきたと思えるエセルがそばにいてくれて、対応を受け持ってくれると格段に楽になる気はしたが……やはり、それはだめだろう、と思った。


 ここへ呼んだ者として、彼女の面倒を見なくてはと、エセルは責任を感じているに違いない。その意味では、彼に頼るのは悪いことじゃないと思えたが……しかし彼を必要としている――しかもそれは彼の恋人だ――者がいるのに、無視を決め込むのは良くない。


「行ってやれ。わたしは大丈夫だ」

「ほんとに?」

「大丈夫じゃなくても、これはわたしがしなくてはいけないことだ。

 そしておまえがしなくてはいけないことは、彼女のそばにいてやることだ」


 それを聞いてエセルは奇妙な表情を浮かべた。セオドアをじっと見つめる。動かないつもりかと思ったとき、「おまえがそうしろと言うなら」と素っ気なく肩を竦めた。

 そしてセオドアの肩すれすれに頭を下げてきて、耳元でささやく。


「彼女とは、おまえが考えてるようなことじゃないよ」


 おまえは誤解している、と。そう言うも同然なその言葉に目を瞠ったセオドアの前、エセルは「じゃ、行ってくる」と笑って、離れて行った。


 サリエルのほうへ歩いて行くエセルの後ろ姿を見ながら、先の言葉はどういう意味だ? と少し混乱した頭で考える。だがすぐに彼女が1人になるのを待ちかねていた者がさっそく近づいてきたので、セオドアはそれ以上そのことについて考えることはできなかった。


 わけが分からないエセルのことはひとまず脇へ置いておくことにして、彼らの言葉に耳を傾ける。

 傾けはするが、あいさつ以外は無言を貫く。


 これが正しくない応対であることはセオドアも知っている。彼らも最初のうちこそこういった厚意的な態度を見せてくれるが、やがて仮面のようにいささかも崩れないこの面にとり入ろうとしていた気もそがれ、冷めて退いてゆくのは分かりきっていた。


『なんだあの女は、お高くとまりやがって。俺たちのような者とは口もきけないと思っているのか。ひとにない力を持つと思って、いい気になって』


 そんな幻聴がどこかから聞こえてくるようだ、というのは被害妄想だろうか。

 慣れ、とうに諦めたこととはいえ、ため息が出そうになる。……といっても当然ながらそれはセオドアの胸の内でのみ起きる葛藤と憔悴で、他者には一切さとってもらえない、そういう意味では全く意味のない行為なのだが。


「で、では、またの機会に……」


 また1人、彼女の沈黙に言葉を失って、いたたまれない様子でそそくさと離れて行った。

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