第14回
「エセ――」
「ましてや!」
セオドアの声を強引にふさいだせいか、大きくなった声は、さらにささくれた響きをしているのが分かって、セオドアもおとなしく口を閉じる。
そんな彼女を罰が悪そうな目をして見ると、エセルは謝罪するように右肩をすくめて口端を上げて見せ、サイドテーブルに浅く腰かけた。
「……ましてや、一貫性がないんだ。この点に関して。矛盾がある。
とりあえず目撃されたのが向こうの誤算だったと考えてみる。すると、これは魅魎の仕業であると知られたくなかったということになる。
魅魎を操るリスクの多さは自明の理だから当然と言えば当然だが……まあこのあたりは個人の価値観やこだわりにもよるだろうな。俺ならまず手を出さないね。割に合わない。
だが、やつは目撃者を消さなかった」
思い出せ、と言わんばかりに空のコップを持った指で差してくる。
「そうか、そうだな」
応接室での話を思い出してうなずく。
セオドアも、実をいえば放置されただけで無事だったと聞いたときは不思議に思ったりもしたのだが、すぐ想像がついたので、まだ話は続いていたこともあり、早々にこだわることをやめた疑問だった。
魅魎は確かに人の生気を主食としているが、いつもいつも飢えているというわけではない。それどころか餌として狩られた命より、暇つぶしの玩具として扱われた命のほうが数ではるかに勝るのだ。
自尊心の高い中級魅魎が、場も相手もかまわず手当り次第に人間を襲うなど、そんな節操なしの下級魅魎のごとき真似をするはずもなく、だからおそらくその場に捨ておかれただけですんだのだろう。
そう結論したが、あらためて考えてみると、おかしなことだ。殺さず、連れ去りもしないでその場に放置していったということは、他者に知らせる気があったにほかならないのだから。
妙なことだと考え込むセオドアに、エセルは先から弄んでいたコップを窓から入る斜陽に透かせて水滴が輝くさまを見ながら続けた。
「で、今度は反対に、向こうは俺たちに知ってもらいたかったと推察してみる。1人か大勢かといった小さな問題はこの際無視して、その理由だ。すると、退魔師を呼んでもらいたがっていることになる」
「なぜだ?」
あっさりとした声で核心に触れられ、思わず身をのり出す。エセルは身を前のめりにして答えた。
「可能性は2つ考えられる。1つは、向こうが必ずしも一枚岩じゃないということ。ガザンと邪法師で目的が違っている、あるいは主導権の綱引きをしているのかもしれない」
「そんなことがあり得るのか? 失敗すれば一蓮托生なのに」
「だからこそだ。それをよく知っている邪法師側からすれば、ガザンは思慮の浅い粗忽者に見えるかもしれないし、ガザンからすれば金を出しているのは自分で、雇われ者のくせにという意識があるだろう。
あるいは、ガザンは秘密裏にしたかったのに、邪法師は自己顕示欲を押さえられなかったのかもしれない」
たしかに、どちらの場合もあり得そうだ、とセオドアは納得する。
「2つ目は?」
「狂言だな」
「狂言?」
思いもよらなかった発言。
そのとき、まるで頃合を見計らいでもしたように、ドアがとんとんと叩かれた。
2人同時にそちらを向いた直後、先の侍女らしき者の声がした。
「剣師さま。遅くなり、大変申しわけありませんでした。ただいま宴席の支度が整いましてございます」
(……は?)
宴席、という言葉に目を見開いて絶句するセオドアの反応を読んでいたように、
「分かった。すぐ行く」
とエセルがセオドアを見ながら苦笑まじりに即返する。
「……え? あ。は、はい。……よろしくお願いします」
中からエセルの声がしたことにとまどったのか、一瞬声が揺れたものの、ぺこり、一礼する気配がして、履物が床をするような足音が遠ざかっていった。
やや間をあけ、ようやくセオドアの顔がエセルへと移る。
「えん、せき……?」
自分の聞き間違いだと、否定を求めて声が震えている。
そんな彼女の姿にエセルはくつりと笑い、コップを元の位置へ戻して、意気揚々と身を立たせた。
「うん。こういう状況だし、準備のための時間もそんなになかったからあんまり派手にはできなかったけどな。
ま、30人は来てるよ」
さ、30人!?
「なんで!?」
「おまえが来たからだよ」
なに言ってる、とエセルは少しあきれ顔だ。
「買い揃えたやつ、面倒がらずにひとそろい、ちゃんとつけろよ。せっかく俺が選んだんだからな」
ひとから言ってもらわなければ今の格好のままで出席しかねない、彼女というものをよくよくつかんでいるエセルは、出て行く間際にしっかり念押しまでしてきた。
早く来いよ、そう言って後ろ手に手を振って部屋を抜けるエセルを呆然と見送る。
「………………え……?」
話に全くついていけず、硬直していたセオドアがそんな間の抜けたセリフをつぶやいたのは、かなり……大分、時間を経てからだった。




