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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第1章 終焉たる開幕

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第2回

 セオドアは苛立っていた。


 右腕のけがに包帯を巻く、それすらうまくできないほど苛立っていたのだった。


「ああもおっ!」


 怒りとあせりをぐちぐちゃに混ぜ合わせた言葉を吐き出して、数度目の失敗を引きほどく。

 あのあと。一度は百蓮の言葉に従って医療室へ行こうとはしたものの、やはりこのくさった気分のまま、ひとに会う気にはなれず、結局最初の考え通り自分の部屋へと戻ってきてしまったのだった。


 この、胸をしめつけられるような苦い痛みが何なのか、は、自分でもよく分かっていた。


 この時期――実際には不規則に開かれているが、大きなものでは年に4回ほど開かれる――感応式のあるこの時期には、必ずといっていいほど自分で自分が抑えられなくなる。

 妙に気持ちが落ち着かなくて、余裕というものがなくなり、集中力が格段に落ちてしまう。


 うまく制御できないのだ。

 今日のこのけがだって、本当なら楽にかわせたはずだった。それができず、このざまだ。


(これには、セシルのほうが驚いてたな。かわすだろうと踏んで、思いきり突き込んできたんだから……)


 悪いことをした、と苦い思いで手の中の包帯へ視線を落とす。

 驚いて、そして困惑していた。セシル。抜けて戻って行く自分を、罰の悪そうな目で見て……あんな思いをさせてしまって。


 己のいたらなさを責めるように、こつん、と額を叩くと、何度やってもうまくいかない包帯を諦めて床へ放り出し、重いため息を吐き出す。そうして、ほとほと困りきったという目で机上に置いてある、魔導杖へと見入った。


 深い――到底何物にもたとえることのできない、濃く、あざやかな青を中央に渦巻かせ、輪郭部にいくにつれ翠がかかって透明度を強めた剣柄は、彼女の与えた絹の寝床で窓を透かせて入ってくる陽の光に静かに輝いている。


 角度によってさまざまな光をきらめかせて弾く、その気品に満ちた美しい姿を目にした者には不釣合いなほど、完全にらしくないため息をもう1つ、セオドアはほうっとついた。


 魔導杖と呼ばれるあれは、己の刃を持たない剣柄である。


 あれを得られることができたと知ったときは、セオドアもこれ以上ない喜びに胸を熱くした。それまで一度ならず憎んだことさえある神に深く謝罪し、心底から感謝の思いを捧げたものだ。


 魔導杖を得ることができるのは、すなわち神より退魔師として生きるように運命づけられた、確たる証拠なのだから。


 退魔時、その内に刀身たる魔断を収め、魅魎を断つことができる唯一のものであるとされる魔導杖は、望めばだれにでも持てるという物ではない。魔導杖自身が己の持ち主となる者を選ぶからだ。

 そして感応すれば、それはその者の存命期間中、ただ1人の主としてその者のためだけに存在し、他の一切からの命令を拒絶する。


 退魔師であること。

 それは両親も、家も、帰る故郷さえないセオドアにとって、この世界における唯一の存在理由――生きる支えだった。


 己の魔導杖選択もできず養育期間を通常の2年もオーバーし、数千年に及ぶ幻聖宮の輝かしい歴史に前代未聞の大黒星、傷を作ってしまった落ちこぼれの自分などにはたして退魔師としての才が本当にあるのだろうか?

 そんな恐ろしい疑問を抱き、眠れない夜を過ごしたのは1度や2度じゃない。


 人々を魅魎の脅威より護るのだという誇りに満ちあふれ、感応した魔導杖を手に、魔断と手を取り合って宮から出立していく同期生たちを、自分はただ見送るばかりで……。

 出立もできず、不様にこのままただのごく潰しと化すのがいやで……何より、いつもこんな自分を庇い、慰めてくれる、養い親の蒼駕(そうが)を悲しませ、彼に失望されるのが怖くて怖くてたまらなかった。


 だがその魔導杖もようやく5カ月前、ミスティア国のルビアの町で手に入れることができ、あれほど疑っていた退魔師としての才はやはりあって、自分にもようやく輝かしい前途が開けたのだと、本当に、心の底から思っていたのに……。


 どうして自分なんかに、よりにもよってこんな厄介な魔導杖をあてがったりしたんだろう。


「神さまは、意地悪だ」


 ぽつり、言葉を落として膝を抱える。


 あれほど欲しておきながら、いざこうして手に入れてしまえばその感謝の思いも忘れ、質に文句をつけるなど図々しい、厚顔無恥めと言われるかもしれなかったが、しかしセオドアの場合、それもしかたのないことだった。


 それはひとえにこの魔導杖が他の魔導杖とまるで違う、竜心珠(りゅうしんじゅ)製であったからにほかならない。


 まったく信じがたいことだった。

 竜心珠は昔、フォリアス国より産出された、今はもう数に限りのある特種な鉱物で、加工師が研磨すればそれはまるで自らがそう望んでいるかのように必ず真球となる。そして、その内に凝縮された恐るべき力は、相応の力を持つ退魔師が用いれば上級魅魎である魅魔や魎鬼帝すら封じることができるとされる、聖なる封魔具。


 それが、剣柄の形を取っているのだ。


 それは、何より神が必要としてこの世に生み出したも同然のこと。

 それを証明するように、竜心珠の魔導杖から選ばれたかつての主たちは、そのことごとくが優れた退魔能力者として輝かしい功績とともにその名を歴史書に残している。

 そして彼らは全員碧翠色の独特の瞳をしていたことから『碧翠眼の退魔師』との称号で呼ばれるようになっていた。


 それを聞かされたとき、セオドアはすっかり面食らってしまった。


 そんなすごい物が、一体どうしてこんな自分なんかと感応したんだろう?

 いいところなんか1つもない。性格は自分でもいやになるくらい内向的だし、外見だって、どんな欲目で見ても到底きれいとは言いがたい。

 もっとはっきり言えば、お世辞にも「女らしい」とは言えない造りだし、頭の中だって十人並みで、手先もどちらかといえば不器用なほうだ。取り得どころか何ひとつ、だれよりも抜きん出ていると胸を張れるところなどない。

 ほんとに、人としても落ちこぼれで……。


 ぐっ、と奥歯を噛みしめる。


 本音を言えば、苦痛だった。

 竜心珠の魔導杖と感応した、ただそれだけで、だれもが自分を特別視してくるのだ。


 あんな者にこんなすばらしい物が与えられるなんて分不相応だ、と殺意さながら睨みつけるように見る、それは堪えられた。

 それは自分も思っていることで、明確な事実に向かって反論などできるはずはないし、もっと優秀な者に与えられていたなら今ごろたくさんの魅魎を断って、恐れられ、牽制されて、救われる命が数多くあっただろうに、あれでは机の肥やしだとの怒りを考えれば、口にしたくなる厭味も当然のことだろう。


 もう一方の視線が、問題だった。

 多大な期待を隠そうともせずに寄せてくる、あの眼差し。


 神に選ばれ、あれほどの剣柄を与えられたのだ。きっと世界を救うほどの大偉業を成し遂げる者になるに違いない、というはた迷惑な期待は一番厄介なものだ。つきつめれば確かな根拠はないくせに、過去の持ち主がそうだったから、などと、妙な思いこみで盲信している。


 大体、そんな大した者であるなら最初から2年もオーバーするはずはないし、いつまでもここでこんなお荷物になっているわけがないだろうに。


 心の底からそう思う。


 もはや思いだすのもいやな出来事。

 それは、セオドアがまだ床に伏せっているときに起きた。

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