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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第3章 酷薄たる陥穽

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第5回

「……これはまた、みごとな宿屋だな……」


 しばし間を開けたあと、萎えた声でゆるゆるとつぶやく。完壁に違うということを知った上での言葉だというのに。


「ええっ!? セオドア、おまえ、ここが宿屋に見えるのか!?」


 などと、いかにも心配顔をして訊き返してくる。

 熱はないか、額に手を伸ばしてくる大袈裟な芝居ぷりだ。


「……っ!」


 違うだろ! このばかっ!


 手をはたき落とし、そう怒鳴り返してやりたいところを、ここは天下の往来昼日中、ということでかろうじてたえる。


 そこは、ほかの町などでよく見かける、一般的に宿と呼ばれるものとは全く違う、かといって今まで通ってきた道に連なるような家屋でもない、一言で表すならば、『館』だった。


 しかも庭つき柵つきの、広大な――と言うにはサキスを見慣れているセオドアの目にはさすがに手狭に思えたが、とにかくこの町規模の家屋にしてはとび抜けて大きいので――敷地、立派な門がまえ。

 たとえエセル以外の者に「ここは宿屋である」と案内されたとしても、決して鵜呑みにしたりはしないだろう。


 持ち主が華美さを好まないのか、きらびやかな装飾は一切ない控えめな造りだが、資材の質はいい。

 どう見ても、これは権力者のかまえた館だろう。


「……エ、セル……!」

「あ、ちゃんと部屋は用意済みだよ。南東向きで陽当たり良好。2階角部屋ベランダ付き。

 築18年だけどまだまだ50年はもつ、しっかりした造りだし。なんといっても3食ついてタダっていうのがいいよねえ」


 にこにこ、にこにこ。

 満面の笑顔で言ってきて……だめだ、こういうとき、こいつには何を言っても無駄だ。


 数々の経験という記憶に基づいて、これ以上言いあうという不毛な面倒事は無難に避けることにしたものの、くらくらきている頭のほうまではどうしようもない。


 こめかみに指を添え、促されるままに門をくぐって館内へ入ると、音を聞きつけて奥から品のいい初老の男が出てきた。


「これはこれはエセルさん、お早いお帰りで。てっきり明日と、皆見当をつけておりました」

「うん、まあ俺もイルでもう1泊するつもりだったんだけどさ」


 その予定がおじゃんになったのはこいつのせいだと、軽く背後を指す。身をずらしたエセルの脇からそちらを覗き、はじめてセオドアの存在に気付いたのか、男はおやと声を上げた。


「さて、こちらのお嬢さまは一体どちらのお方で……?」

「もうぼけがはじまったのかい? クレオ。言ってっただろ、知りあいの退魔師を迎えに行ってくるって」


あきれたような困ったような声で答えると息をつく。


「ええそれは存じあげておりますが……。

 では、こちらがその退魔剣師のお方で?」


 どうやらこのクレオという名の男は、『剣師』という呼称から彼なりに想像を働かせていたらしい。それがはたしてどういったものであったのかは彼以外の者には知りようもないが、こうして目の前に現れたセオドアという現実からは遠く離れたものであったのは確かのようだ。

 遅れて紹介されている間中眉を寄せ、奇妙な顔をしている。


 彼より上背が勝っているため見上げられるのはしかたないが、足のつま先から頭までをちらちら何度も往復させる視線はまるで値踏みされているようで、どうもおちつかなかった。

 この、女にしては大柄な作りときつい顔立ちが相手に好印象を与えるものだとは逆立ちしても思えない。渋い顔をしたままそらしたということは、案の定、合格点はもらえなかったということだろう。


 ひとを外見で判断するのは間違いだ、とは思うものの、自分に限ってはまさか中身で勝負だなどとはとても口にできないからとがめたりはしないが、それでもやはりいい気はしない。


「ところで、サリエルは? いないみたいだけど」


 横からのエセルの質問に、はっとなってクレオの銀灰色の目がそちらへ向いた。


「サリエルさまは、いつもの見回りに出掛けられております。あの、もう少し強化なさるということで……。

 あのとおりのお方ですから、気丈にも何もおっしゃいませんが、あのお方も、今度のことに大分責任を感じてらっしゃるご様子です。決してあのお方のせいではないと、長さまもくり返しおっしゃっているのですが。

 この館の者も、だれも、あのお方を責めてはおられませんのに、やはり気にしていらっしゃるご様子です。

 顔をあわせづらいのか、今朝なども食事をとられず、夜が明けるか明けないかのうちに早々と出て行かれて……。


 エセルさん、どうか、あの方のお力になってさしあげてください。いつのときもご立派で、毅然としてあろうとされるのはご立派ですが、それだけに心配なのです。どうか、お力づけてさしあげてください。あんなにもお気を許された、あなたにしかできないことなんです」


 執事服の上からも一目瞭然。骨に灰色の皮が張りついているだけのような細身で、そのうえ上品に蓄えられた口髭も頭髪も白髪まじりの老齢なクレオの、懇願するも同然の真摯な目は、向けられた者に奇妙な罪悪感めいた感情を抱かせる。


「それは俺じゃなくて、こっちだよ」


 もともとひ弱な老人・子供といった類いにつきものの同情心なのだが、こればかりはさすがのエセルでも避けきれないようで、ずっと聞き手に徹していたセオドアを指して、転換するようなことを口にしてきた。


 それに従って、くるっとクレオが再び自分へ向き直ってきたことに、え? と 一瞬目が点になる。

 場の進行をつかめずにいたセオドアに、クレオは指を組みあわせ、まるで神に祈りでもするように熱くこう告げた。


「退魔剣師さま、たってのお願いでございます。我が命にかえましても、本望であります。どうか、どうかあのお方とお嬢さまを、お救いくださいませ……!」


 ……なんだって?

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