第1回
●発 端
予定どおり翌日の昼、トガの町へと着いた早々に手近の店へ入って遅い昼食をとり、エセルいわく「すでに目星はつけてあった」翠を基調とした盛装衣を受けとると、その足でトガを出た。
ぽんと手渡されたそれは案の定、かなり値の張った衣装だったのだが、もう文句を言う気も起こらない。
いらないとつっぱねたところで素直に従い店に戻してくるとは思えないからだ。
こいつのことだ、値引きどころかさらに値をつり上げてほかの者に売りつけるのだろう、あの口と容姿を最大限に駆使して。そんな、新たな犠牲者を作りかねない行為を許せるか。
くれるというのだからもらっておこう、もしこれで恩を売るような素振りを少しでもしたなら即座に捨てればいいだけだ――そう思うことにして、とりあえずはよしとする。
途中、いくつかの商隊とすれ違い、ときには追い抜きながら行くリィアへ続くルートは、何百人となく往復した歳月を物語るように、踏み固められた道がうっすらとできていた。おそらく今まで通ってきた砂漠と違って、砂礫の量が増えているからだろう。
周囲の風景の色もこころなしか茶褐色を強めている。道の両側には、リィアへ近付くにつれ、岩が増えていった。日陰となった下部にはカサカサの苔がはりつき、ちらほらとだが熱に強い草まで生えている。
地下水が浅いのかも知れない。思えばトガには街路樹まであった。この分だとリィアは緑に恵まれさぞかしはなやかなのだろうな、と予想をたてる。
緑は幻聖宮の回遊庭園にもたっぷりとあったが、あれははなやかというよりむしろ鬱蒼という言葉が近い気がする。
財政難を理由に手入れされることなく放置されたままの庭は、舗装されているはずの小径まで、探さなくては見つからないほど侵食されて、大部分を緑の下に隠してしまっている。
思い思いの方角へ伸びた枝、縦横無尽にからみあった蔓草。
あまりの荒れように思いあまった末、年に3回ほど訓練生全員で庭を大掃除することになったのだが、一度根を張った植物の繁殖能力や目を瞠るほどすさまじく、3年目に入った今も一掃できずにいる。
いや、どちらかというとほとんど成果はあがっていないというべきだろう。1年たてずに元通り、だ。まあ、しないよりはずっとマシだが。
「うん、緑は多いほうだと思うよ。砂漠の国じゃめずらしくね。シエルドーアでもリィアとトガ、サヘルくらいのものじゃないかな、あれだけあるのは」
その夜遅く夕食をとったあと、いつものような固形燃料ではなく、道中で拾い集めた木の枝や苔を用いた焚き火を前に、ようやくぽつぽつとエセルが話し始めた。
「リィアはべつに、特にこれといった特産物も観光名所となる場もなくて地味な町だけど、民思いの善良な町長に治められていて、整備の行き届いたいい町だ。
知ってるか? リィアは20年ほど前に魅妖に襲われて壊滅したんだ。今のリィアは人が滞留して自然にできた町じゃなくて、その後国が復興した町ってわけ。
今いる住民のほとんどは、そのあと王命によってどこかしらの町や村から移住してきた者たちで、町長の職には王都からやってきた貴族がついてる。
これがまた見た目どおりトロくてのんきなひとでね。まだそんなに歳くってるわけでもないのに庭いじりが好きで、そのせいか町じゅうに緑を増やすのにも力を入れていて。区画ごとに木は植えるわ、花壇は作るわ、鉢植えを飾らせるわ……人柄がよくて好かれる性格だし、緑をきらいなやつなんて滅多にいるものじゃないからこの政策も町民には心良く受け入れられてる。あながち貴族も悪くないってね。
もっとも、王名により派遣されてきたとはいえ、王弟子と王子が玉座を奪いあっての権力争いがあったあの時期、これだけ分の悪い僻地へ送られたってことは、派閥問題か何か、政的なことで負けたか陥れられたってことだろうな。
ほんと、そういったことにはまるっきり疎そうで、いかにもって感じだし」
言葉を切ると、そのひとのことを思ってか、苦笑する。そんな仕草や、その人物のことを語るときの声の響きは、ほかのときと違ってあたたかい。
朱廻といい、エイラスといい、いつもなにかしら皮肉っていたこの男が、まさかそんなふうに他人のことを話すとは思いもよらなかったセオドアは、少なからずそのことに驚き、そしてその人物に興味と警戒を覚えた。
いわゆる、こいつがいいという人物がはたしてどんな人物か、想像できかねる、という疑問だ。
聞く限りでは、悪人ではなさそうだが……。
そんなセオドアのした懸念を知ってか知らずか、エセルはセオドアの注意を促すように火をかき上げて足を組み替えると、話を続けた。
「貴族とか町長だとかの権威を使用することを恥と考える頭の持ち主なわけだ。そんなひとだから、どうも今ひとつ貫禄不足というか……町の運営も、町の代表者たちとの合議制による多数決優先で、ちっとも権力行使しようとしないし。
おかげで調子にのって何かとつけ上がる連中があとを絶たなくてさ。
まあ、酔って店壊したり街路樹を切り倒すとか、そういった類いのやつらはべつにいいんだ。壁になぐり書いてた悪口にはむかついたけど、貴族であるあのひとや家族に直接害を為せる根性があるわけじゃなし」
「そういう問題じゃないと思うが……」
現実に店を壊されたり木を切られたりしているんだから、被害は必ずどこかに出ている。しかもそれが自分に対する不満からならまだしも他人への面当てにやられては、とんだとばっちりだ。
それで町長を逆恨んだりしなくとも、対処が甘ければ不満が出るだろう。
悪いが、先の話を聞く限りではとても満足な方法――犯人を厳しく処分したり警告を発したり――をとったとは思えない。
それだけの権力を持ちながら上段にふりかざすようなことをしないのは立派だと思うが、上手に活用しなければ、それはそれで管理能力を問われることになる。
権力だとか、そういったものは持つことが罪なのではない。使用方法を誤ることが、罪となるのだ。
「いいんだよ、自分の物なのに壊されるままでいたほうがばかなんだから。いやなら止めればよかったし、不満があるなら自分でどうにかすりゃいいのさ。だれかがどうにかしてくれるなんて期待ばかりして、そのくせ自分は何もしないで不平だけ言うなんて、傲慢だ」
確かにそういう見方もあるかもしれない、と納得せざるを得ない返答をけろりとした顔でして、エセルはそれまでかき回していた枝を火の中へ放りこんだ。
はたして被害者が努力したかしなかったか、できたかできなかったかは状況によるんじゃないか、とも思うが、当時のそれをセオドアも知らないのでうまく言えない。火の中でパチパチはぜる音をたてる枝をしばらく見たのち、エセルはさらに声を低めて言葉を継いだ。
「中に、ザガンという男がいる。もういい歳したジジイだ。こいつがほかのやつらより面倒で、財力を持っているんだ。
キサラって知ってるか? あの最上品質の布さ。もともとそこそこの商人だったんだが、キサラを扱い王室ご用達の店専用の卸になった途端、一気に成り上がった。
特にここ数年高級品嗜好者の増加でキサラの需要は急上昇だ。老舗というわけでもないのにどうやって卸の権利を獲得したのか……やり手と言えなくもないな。
そういう男が保守的な町長と折りあいつくと思うか?」
尋ねる言葉にセオドアは少しの間考えこみ、首を振った。
一代での成り上がり。常に先を読み、決断力も行動力も備えたやり手の者が現状維持を良しとする者と意見があうのはまれだ。しかも人は、歳をとるにつれて短気で償悔班になるというらしいし。
「1年くらい前かな。こういう事があったらしい」
ため息ひとつ、頬杖ついて切り出したエセルの語った出来事は、こういうものだった。




