第24回
「あ、はい。リィアへ向かいます。時間があまりないので、これから発ちます」
「2人で?」
「そのほうが早いとエセルが言うので……。
それに、今からではもうどの隊にも同道を求めることはできませんから」
その返答に、レンダーは同意のようにうなずいたが、漏れた息は重かった。細く締まった目も暗い陰りを帯びている。
蒼駕とのこともあり、道中を気遣ってくれているのだろう。これまでの3日間、彼なりに気を配ってくれていたことはセオドアも感じている。
「1度、手あわせを願いたかったのだが」
選別だろう、精砂の入った袋をポケットから取り出し、手渡しながら発した声音は今までと変わらず淡泊だったが、語尾が少し残念そうな響きを残した。
蒼駕の太刀捌きを受け継いだ――もちろん出立して以後、その太刀筋は独自工夫され、磨き抜かれているのだろうが――彼の技は、自分のほうこそ習いを申し出たかった。
体調が崩れてさえいなければ、明け方のカディスとの打ちこみに参加させてもらいたかったほどだ。
傍から見ているだけということに、どれだけ歯がゆい思いをしたか。
「いずれ、また」
「すぐだよ」
心の底から再会を願って答えたセオドアに、すかさずエイラスが口をはさんでくる。
「帰りも僕がサキスまで送るから。そのときレンダーも同行すりゃいいでしょ。
ほんとはリィアまでだって一緒に行きたいんだけどさ」
団体入国許可書という諸事情がそれを許してくれないらしい。歯で親指の爪を弾きながら「あんなやつと2人で行かせるなんて」と、ぶちぶち不満をつぶやくエイラスには悪いが、セオドアはひそかに胸を撫でおろしていた。
てっきりライラとの口論の名残りだとばかり思っていたのだが、先の言葉に表れているように、どうやらエイラスは本気でエセルを嫌っているらしい。
まともに口をきいていないのに、と不思議に思うが、エセルのほうは納得しているようである。
ここへ来る道中で訊いてみたけれど、例によってうまくはぐらかされてしまったから理由は不明のままだ。
まぁ相性というのもあるし、本人同士がそれでいいなら自分が口を出すことじゃないが、リィアまでの道程、険悪な2人の板挟みになるなど冗談じゃない。胃炎の種はエセル1人で十分だ。
「カディスによろしく言ってください」
そう言って会話を終えようとした彼女の首に、ふと重いものが下がった。
何かと視線を落としてみたら、銀を台座として、中央に竜石を嵌め、周囲に翠石と紅玉をふんだんにあしらった、派手な首飾りが胸元に下がっている。
「うーん。やっぱり瞳に比べると明るさが落ちるな」
一体何事と振り返ったセオドアを眺めて、目を眇めたエセルが不満をつぶやいた。
「お客さん、それが、うちの品で最上級のやつですよ……ここ数年私が扱った物でそれ以上の品といえば、アスワーンの姫君に献上した指輪だけです……」
一体どんな交渉をしていたのか、背後から哀願するような疲れた声でダラムが言う。
「大ぼらを吹くなって言ったろ。
まあいいか。これ以上の品はたしかにここにはなさそうだ」
「エ、エセル……?」
不満足そうな独り言を、しっかり男にも聞こえる声で口にしながら今度は耳飾りを付けてくる。やはり斐翠と紅玉の銀細工物だ。下がった銀鎖がこすれあって、しゃらしゃらと葉擦れのような音をたてている。
「うん、これは髪や膚に映える。
おまえって顔立ちやら造作がはっきりしてるから、多少派手目なやつじゃないと品のほうが負けるんだよな」
「エセル!」
まぁいいか、じゃないっ!
やっと現状に思考が追いついたセオドアが、今さらに声を張り上げた。
「お、おまえ……こんな高価な品、どうして……」
いくら贈り物といっても上限というものがあるだろう。これは、高価すぎる。
ここまでしてもらう理由はどこにもなく、これがご機嫌うかがいの品とすれば、袖の隠し玉は相当厄介な要求だ。
昔から言うではないか『タダほど怖いものはない』。
まじまじと見つめるセオドアに、エセルはちらと視線を上へ流しながら、さらにとんでもないこと
を言ったのだった。
「そりゃあ大切なおまえのためだもの」
自分でも驚くほど胸にどきりとくる、熱く、甘い響きが耳元でしたと思うや抱き寄せられた。
両肩を渡った腕。エセルの肩が、頬に触れている。
どうしてこんな展開になるのか。きゃーーっと女たちの色めきたった声が上がる中、何がなんだか分からないまま、どぎまぎしながら腕の隙間から顔を上げた直後。
セオドアは、なぜエセルがこんなことをしたかを知ったわけだ。
視線を追えば明々白々。その先にいるのはエイラスだ。
エセルの軽薄な態度に挑発されたエイラスは声も出ない怒りに顔を赤らめ、目を吊り上げている。
「……いいかげんにしろ! この大ばか者め!」
ひとを、からかうダシにしてっ。
力ずくで腕から抜け出すと、すぐさまぼかりと殴りつけた。
「ひどい! ちょっとしたちゃめっ気じゃないかぁ」
「それにひとを巻きこむな!」
いい迷惑だ!
痛いと訴えるように、殴られた頭を押さえたままのエセルをきつくにらみつけ、ふい、と顔をそらして憤慨していることを示しながら、セオドアは、今だ静めることのできない、囁かれた一瞬で痛いほど熱を帯びた全身と、そして大きく波立ったままの心臓にひどく動揺していた。
このときほど外界に対して固く閉ざされた己の面に感謝したことはない。
まだ、それの意味する正しい答えを、彼女は見出せていなかったので……。




