第21回
「……分かってる……。
だから、剣師になって、どうとかいうんじゃないんだ。 その者に、無理を言って、迷惑をかけるつもりもない。向こうも、わたしとは会いたくないみたいだし……。
わたしは、ただ、知りたいだけで……」
萎えた声でぼそぼそと、どうにかそれだけを言葉にする。
のどの奥から無理矢理空気をしぼり出すような、悲愴なその姿にはさすがにエセルも笑いを止めて、まじまじと正面から彼女に見入った。
セオドアはすっかりうなだれきり、身を縮めてしまっている。
ますますひどくなるに違いないエセルの嘲りへのおびえと、なにより己の愚かさを恥じる思いがこの場から一刻も早く逃げることを彼女に勧めていたが、それだけはできないと、彼女は必死に堪えていた。
せめて答えを得なくては。
手がかりを得なくて、どうする。恥の上塗りをするだけじゃないか。
だが悲痛な思いで下を見つめ続ける、そんな彼女に、エセルは謝罪や慰めどころかとどめとばかりに、ずん、とさらにおもしとなる一言をかけてきたのである。
「セオドア………おまえ、ますます卑屈になったな」
以前のおまえはここまでじゃなかったぞ、と知ったかぶりして首を振る。
涙がこぼれそうだった。
どうしてこんなにこの男は自分に意地悪をするんだろう? 『おいで』とあった、あの手紙の言葉は厚意からきたものではなかったのか。
魅妖との闘いに巻きこんだ恨みから、やはりあの場に見捨てられて、今とばかりにそのお返しをされているのか。
それともここで再会してから、自分は何か、彼の気に障るようなことをしたのだろうか……。
そりゃあ多少きついことを口にしたりはしたけれど、あれは、エセルだって悪いんじゃないか。
縮んだ胸の、あまりの痛みにぎゅっとこぶしを固め、奥歯を噛みしめることで震えを押さえ込む。
そっと伸びてきた何かに両頬を挟みとられたと思ったときにはもう、彼女はエセルによって面を上げさせられていた。
「もう少し気楽になれよ、おまえ。すっかり猫背になって、萎縮しきってるぞ。気付いてるか? ほら」
先までと全く違う、信じられないくらい優しい声と視線で、力づけるようににっこりほほ笑んだエセルを真正面から見た瞬間。頬が、いつになく熱を帯びた気がした。
それは、触れたエセルの手が温かいからなのか。はたしてそんな単純な理由からなのだろうか……。
窓から差し込むオレンジの強まった斜光を吸い込んで深い輝きを放つあざやかな紅い瞳に、ぼんやりと見入る。
ころころと移り変わりの激しいこの男にありがちの、単なる気まぐれだと分かりきっているのに、なぜかどろどろとしていた胸が、ほんの少し軽くなった気がする。
こんな軽佻浮薄なやつの吐く言葉など、信じたほうがばかをみると、知っているのに……。
それでも信じたくなる不思議さについて考え始めたとき。
突然ぐい、と彼女の服の襟を後ろに引いて、エセルの手のひらをはずさせる者が現れた。
「……エイラス?」
振り仰ぎ、自分の肩を強引に引き寄せた者を見る。そこには、いつの間に近付いていたのかエイラスがいて、首に腕を回して彼女の肩を抱きこんでいた。
何か用事があるのだろうか。ここを出るとか? 自分たちが話しこんでいて呼んでも気付かなかったから、こうして知らせにきたとか。
困惑したまま彼のこの行動をいろいろ解釈しようとする。けれど、その険しい目は気付かずにいたセオドアを非難しているのではなく、前に座したエセルを見据えていた。
当のエセルはエセルで、そんな目で見られても気にした封でもなく、むしろ理解した上で不敵に笑み返したりしていて――余裕っぽい。
なんだろう? どうしてだろう?
エイラスはエセルをますますにらみつけるし、エイラスの後ろに立つライラはセオドアをにらんでいるし……。
この緊迫した場の雰囲気に疑問符を投げ続けるセオドアに、しかしわざわざ教えてあげるような親切心の持ち主はあいにくその場にはいなかったために。
セオドアはほとんど恐慌状態のまま、無表情で固まっていたのだった。
◆◆◆
リィアへ行くことは、どうやら避けられないようだった。
あのあと。店を出たエセルは交換条件のように、「リィアに無事着いたらそれもおいおい教えてやるよ」などと言ってきたのだ。
なんとまぁ厚顔なことか。話を聞き、さながら寒風吹きすさぶ断崖絶壁に身ひとつで立っているも同然のセオドアの危うい状況を理解しながら、彼女の望みをかなえてやることよりも自分の都合を優先しようという冷酷さだ。しかも脅迫めいている。
彼女の求める答えを知っていることを暗に告げ、行かなければ教えないと、言っているも同然だ。
ほかに選択の余地がないのが分かりきっているのなら、いっそ命令すればいいのに、傲慢にも選択権をひけらかす。悪辣な手段。
その結果、どんなに後悔し、罵ろうとも、これはおまえが選んだことだという台詞がこの先待ちかまえているのが容易に読める。
はたして彼女がどんな気持ちで自分の恥をうちあけたと思っているのだろうか。
どれほど彼に誠意を求めたか……。
知らない、などという言葉を口にすることは、到底許されない。
セオドアは、この男を相手に誠実な対応を願った自分がやはりばかだったのだと思いながらも憤懣やるせなく。しばらくの間、満足に口をきくことができなかった。
それどころか、後悔に呼吸すら、難しかったのである。
来るべきじゃなかった。今さら魔断を知って、どうなるというのだろう。
重傷を負った操主である自分をあの場に放置し、会いに来ようともしなかった者だ。突き止めたからといって、はたして組んでくれるかどうかもあやしいし、自分だってそんなやつなど信用がおけない。
信頼もない者同士で組もうなど、自殺行為だ。知ったところで意味はない。




