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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第2章 宿命たる邂逅

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第18回

 その聞き覚えのある声にはっとなって足を止め、通りすぎたばかりのそちらを向く。

 穏やかな波となって流れる人々の向こう側。2つほど店を越えたその先の歩路。ちらと紅の影が見えた気がして目をこらし、通りすぎる人の隙間を縫うように視線を飛ばす。


 運良くそう間を空けずに人壁が途切れたとき。そこには、建物の屋根をかすめて当たる強い陽を斜に受けた紅玉の瞳が、あざやかな光を弾いていた。


 後ろの壁に身を凭せかけ、自分を見る、その姿は。


 どうして、ここに?


 そんなはずはない、ということに気をとられて、自分が歩み寄っていることにも気付かない。

 人に肩をぶつけ、つま先を敷いた布にひっかけ、文句を言われながらもまっすぐ路を渡っていく。

 そんなセオドアの腑抜けたままの表情に苦笑するように、エセルもまた、歩を進めてきた。


「どうした。俺を、見忘れた?」


 柔らかな物言いながらの意地の悪い言葉は、違うということを十二分に知りながらのおどけぶりだった。実にこの男らしい。


「エセル、か?」


 こうして手を伸ばせば届く域にまで近付いて、言葉をかわしながら、まだ信じられない思いでその名を口にする。


 透明度の高い深紅の瞳、漆黒と見間違いそうなほど暗い紅の髪。

 記憶の中の彼よりもさらに見目良い、気品すらうかがえるあでやかな麗姿は見惚れるほどだ。目を奪われる。

 どれほど距離をおこうとも、これほどの容姿を持つ者を、そう簡単に見誤るわけがない。


 しかし、なぜここにいるのか……手紙がリィアへ届いたのは、早くて今朝のはず。魅魍のように空を転移でもしない限り、絶対不可能なことだ。


 もしかして別人? と見つめ続けるセオドアに、エセルはことさら大袈裟な仕草で肩を竦めて見せた。


「この顔でおまえを呼び止める者がほかにいたら、ぜひ教えてほしいな。俺も会ってみたいから。

 ほら、ひょっとして生き別れの兄弟ってこともあるかもしれないし」


 などという、ふざけた返答をにこにこ笑って返してくるやつ。間違いなく、エセルだ。

 ようやく認識した途端、胸に暖かいものがこみ上げた。


「本当に、久しぶりだ」


 安堵めいた、胸を軽くするほっとした気持ちにのどをつまらせつつも返したなら。エセルの手が、乗ると思った肩を通りこして背側へと回った。

 そのままぐいっと引っぱられて、おや? と思ったときにはもうエセルの胸へと抱きこまれている。


「ほんと、懐かしいなぁこの痩せっぽちの体。どうして幻聖宮でいい物食べて安定した生活送ってる女が、この歳でこんなにペッタンなんだろう」


 18歳っていったら、もうちょっとこう、出るとこ出てだな、なんて。

 しみじみ言うなっ、そんなこと!

 ひとが、せっかく再会を喜ぶ気になっていたっていうのに、なんでこいつはこんな失礼極まりない台詞を吐くんだ!


 大体ここをどこだと思っている!? これが天下の往来ですることか!


「はなせ、ばか!!」


 もがいて引きはがす。強引に抱きこんだわりに抗いもせず従ったエセルに指をつきつけ、二度とこんなことはするなときつく言い聞かせようとした矢先。

 エセルはにっこり笑って言ってきた。


「うん、前に会ったときのままだな。安心した」


 その言葉と眼差しに、ぐっと言葉を詰まらせる。


 これは、卑怯というものだ。自分の身を気遣って、かけた憎まれ口だなんて。気を損ねても言い返せないじゃないか。

 もっとも、言い返したところで自分がこの者の口に勝るとは到底思えないが……。


「あれ? どこか痛いとこでもあるのか? ここ、眉が寄ってるぞ。

 こういう顔するときって大体内臓方面なんだよな。慣れない旅で胃でも壊した? ならちょうどいい薬があるよ。仕入れたばかり、赤丸印のリュスイだ。飲めばどんな病気でもたちどころに治るというのがウリの、高級内服薬。本当なら原価プラス3割値だけど、セオドアなら特別、顧客奉仕値で売ってやろう。

 大まけにまけて、2割引でどう?」


 せめてとばかりに不機嫌な睨みを入れるセオドアに、またもや平然と軽口をたたく。

 察しのいいエセルのことだ、彼女の伝えたい意味はとうに悟れているだろうに、どうあっても本気でとりあう気はないらしい。


 そもそもこの男の本気というものからしてセオドアは目にしたことがあっただろうか?

 指の一振りで相手を絶命させることのできる存在を前にしながら悪態をつける命知らずの大馬鹿者だ。死ぬ瞬間まで本気の台詞など口にしそうにない。


 いや、その最中でも披露してくれるかどうか――意地でも軽口をたたきそうだ。


 だめだ、こいつとはとことんこういったことでは折りあいが悪い。


 そう結論してがっくり落としたセオドアの肩越しに向こうをのぞいて、エセルはふと表情を曇らせた。


「セオドア、あいつだれ?」

「……あいつ?」


 訊かれて目線を追って振り返り、ああと声を返す。


「エイラスとライラだ。同道させてもらった商隊の隊長の息子と――」


 ライラはどう説明すればいいのだろう? 少し考えて、


「隊の女の子」


 と無難に言う。


「ふぅーん」


 返された生返事には、不思議がる響きがあった。

 それも当然だろう。エセルを見るエイラスの目には、とり方によっては敵意ともとれる、きつい光が浮かんでいる。警戒し、(いぶかし)んでいるようにも見えるが、いずれにしても初対面の相手に向けるものではない。


 先のライラとの口論の名残りだろうか。

 疑問に思っていると、エセルがぽんと肩をたたいてきた。


「ま、とにかくどこかに入ろう。いつまでも立ち話っていうのもなんだからさ」


 さっさと一人、腑におちた顔をしているのが不思議だった。

 だがエセルの提案は至極もっともなものなので、断る理由もない。

 先からのかけあいのせいですっかり場の注目を浴びていることもあり、セオドアは2人について来るように手で合図を送ると、エセルについて歩き、路地奥にある半地下の飲食店へと入ったのだった。

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