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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第2章 宿命たる邂逅

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第17回

「なに、って、聞いてなかったの?」


 訊き返される。

 すっかり自分の考えの方に没頭していて、もはや言葉尻さえ捕えていなかったセオドアとしては「聞いてたけど」などというごまかしもできず、ただ罰が悪い思いでうなずいた。


「ま、いいけどね」


 エイラスは軽く肩をしゃくって、それから足を動かすことを促した。

 ここは行商路で、立ち話をする所ではない。


「なにを言ってくれたんだ?」

「うん、べつにたいしたことじゃないんだけどね。

 リィアには何しに行くのかなって……ほら、普通幻聖宮の者って、一人前の退魔師にならないと外部へ出れないらしいじゃない。あのパッとしないリィアと幻聖宮に特別なつながりがあるとも聞かないし」


 振り向きもせず、エイラスはそう答えてきた。


 普通、商隊の者は他人に関心を持たないはずである。

 同行を願い出る者は多い。行きずりの者にいちいち理由を訊いていては身がもたないし、(らち)もない。

 そんな者がわざわざ興味を抱いてきたのだから、多少なりとその裏の意を警戒しなくてはいけないのだが、その手のことにかけては「鈍惑」より「かなり鈍感」のうちに入るセオドアは、このときもまるでその意味に気付いていなかった。


「ひとと会うんだ」


 よかった、呆れられてはいないようだとほっとしつつそう返す。


「ひと? って、男の人?」

「そうだ」


 肯定する返答に、途端、エイラスの顔は眉が寄ってしかめっ面になったのだが、背を向けられているセオドアには知りようもない。


 なぜ沈黙したのだろう?  それともこれでこの話は終わったのだろうか。


 そう疑問に思ったすぐあとで、今度はいつにない低い声で質問が飛んできた。


「いつまで? ……一生?」

「いや。数日だ。できるだけ早く宮へ戻らなくてはいけないから。

 復路を考えると、リィアに滞在するのは2日くらいだろう」


 こればかりはさすがに変な質問だとセオドアも不審に思う。だがその程度の軽い謎など、自分のせいで不機嫌になっているらしい、という問題にあっては、たやすく吹き飛んでしまった。


 幻聖宮という限られた空間で育ち、さらに他人とのコミュニケーションが絶対的に不足しているセオドアは、そういった感情にとことん鈍くなってしまっていた。

 もともと自分にひとを特別ひきつける魅力があるはずないと思いこんでいるのに加えて、あれだけ相手の意を読みとることを苦手としている者である。到底背を向けられての無言の訴えなど理解しきれるはずもない。


 あんなに親切にしてくれたエイラスさえ、怒らせてしまった。とうとう見限られてしまったのだろうか……。


 ほかの者が聞いたなら、間違いなく頭を抱えてしまうほどまったく正反対の懸念に、ぎゅっと冷たくなった指先を握りこむ。

 突然エイラスが振り返った。

 その面は、今まで見せたことがない、切羽詰まった真剣さを帯びている。


「ねえセオドア。僕の隊はシールンへ行く予定なんだ。リィアからもう少し西へ行くけど、イマラで半日たらずのすぐ近くだ。そこにひと月は逗留する。

 サキスまではかかって往復10日だし、僕が、送ってやるよ。隊の3分の1は僕に決定権がある。きみを安全に連れ戻してやる」


 それは、エイラスの初めて見せる一面だった。

 押しの強さはいつものことだが、言葉から柔らかさが消えている。


 視線や声にこめられた気迫の鋭さに気圧されて、セオドアもついつい退いてしまった。

 瞳と声は、ときに言葉より明確に心を伝えるものだ。


 だが、これはもしやとその申し出にこもった深い意味をセオドアが理解するより早く。


「エイラス! よくもひとを置いてったわねっ!」


 息せききって現れたライラが一声叫んで責めるなり、エイラスを強引に自分のほうへと引っ張り寄せた。


「ラ、ライラっ?」


 まるきり存在を忘れていた、予想外の乱入に、エイラスも目を丸くする。

 ライラは朝鳴き鳥さながらにけたたましく、放置して行ったエイラスを意地悪だとなじり、エイラスはそんな彼女をどうにかしてなだめようとするのだが、すっかりおちつきというものから遠のいて、お互い自分の言葉を押しつけあうことで声を張り上げている。

 いつしか騒ぎを敬遠する人たちによって、小さな円の空間が生まれていた。


 横を流れていく人たちは、必ず1度は2人のやりとりに目を止め、耳をすまし。若いカップルらしい、その痴話喧嘩さながらの会話に苦笑して通りすぎていく。


「だーかーらっ、おまえは目当ての物が手に入ったんだろっ」

「だからってどーして置いてかなきゃなんないわけっ。邪魔者扱いして! 冷たいっ、冷たすぎるわエイラスってば!」

「あのね! お言葉を返すけど、おまえが勝手についてきたんだろ! 誘ってもいないのに!」

「でも一緒にいたのよ! 許した時点であたしも同行者でしょ! なのに何よ、この扱い!」


 5回口を開くと、必ずここに戻る。どうどうめぐりだ。


 連れなのだし、一応側についていたものの、一向に進展しない内容に、セオドアは鈍痛を放ち始めたこめかみへと指を添えた。


これでは許可書を手にするのは一体いつになることか。ここをくぐり抜けるのが近道にしても、こうも頻繁に足を止めていてはその意味も成さない。

 それならそれでエイラスたちは明日の朝にすればいいと言うかもしれないが、夕方にはここを出たいと考えているセオドアには、今すぐ必要だ。


 多少非難されるかもしれないけれど、熱中して話す2人など放ってさっさと行ったほうがいいとは思う。しかし、ここまで一緒にきて何の断りもなしで姿を消すのは礼儀に欠けるというものだ。


 こういうのは逆に恨みを一身に負いそうで不得手なのだが、しかたない。


「悪いが、聞いてくれないか」


 頃合を見計らって2人の諍いに口をはさむ。

 エイラスはともかく、思ったとおり、ライラはすごい目つきでにらんでくる。


「わたしは急いでいるんだ。時間がもうない。先に行かせてもらう」


 あまり邪魔をしないよう、簡潔にすませてセオドアは(きびす)を返した。

 背中に集中した視線の強さに、やはり無言で立ち去った方がよかったかもしれない、と悔いり

ながらそのまま走るように歩いていく。


「あ、待って、セオドア」


 間に立ちふさがろうとするライラを強引に脇にどけ、エイラスがあとを追おうとしたときのことだ。



「ひさしぶりだな! セオドア!」



 そんな軽快な呼びかけが、エイラスの言葉をふさぐようにして飛んできた。

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