第14回
「ねーってばーっ」
どんどん、どんどん。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
急ぎタオルでたたき拭きながら、セオドアは戸口に向けてそう返答をした。廊下の者は理解できたのか、それ以上ドアを叩いてこようとはしなくなる。
居場所を知らせておいたのは失敗だったかもしれない、とかぶった下着の中であらためて噛みしめた。
さらしを巻いている暇はなさそうだ。紐を引き結んで前を閉じると、セオドアはあらかじめ用意しておいた着替えを手早くまとってドアに近付いた。
ろくに拭きとれていない髪がぽたぽた水滴をこぼして肩や背を濡らすが、かまっていられない。
いくらあせっていたとはいえ、律義に返事など返さず居留守を決めこみ無視するべきだったかもしれないとの悔いが淡くあったりもするけれど、返した今ではあとの祭りだ。もう考えるのもわずらわしい。
ドアを引き開ける。そこにいたのはまぎれもなく、エイラスだった。
「やあセオドァ。ちょっと早かったみたいだね」
にっこり笑って、告げてくる。別れたときと服装が違い、こざっぱりしているということは、彼も身支度を整えてきたようだ。
そういえば隊に戻ったとき姿を見なかったな、と思い起こしながら用件を訊いてみる。
「んっ? 出発は明日の昼でしょ。まだ明るいし、これから一緒に町を回らないかと思って誘いにきたんだ。
どうせ回るなら連れがいたほうが楽しいし。ほら、幻聖宮から出たことないって言ってたでしょ」
「……あいにくだが、用事があって……」
まさかこれから別の隊を探しに行くとは言いづらい。
もう昼を回って大分たつ。今からだと見つかるかどうかも分からないのに、わざわざ機嫌を損ねさせることもないだろう、とセォドアは無難にそれ以上口にすることをやめた。
「うん、許可書の受けとりでしょ。もうできてるころだろうから僕もつきあうよ」
そういえばそれもあったな。
しきりと鼻先へ下がる邪魔な前髪をかき上げて胸中でつぶやく。
「それに、おなか空いてない? 休憩のとき、ろくに口にしてなかったの、知ってるよ」
ああ目ざとい。食事は別々にとっていたのに、どうして知れたんだろう?
カディスかレンダーがしゃべりでもしたのか……あまりあり得そうにない、しかも意味のない考えをしたところで役立つことはないと、早々にそれ以上想像するのはやめてしまう。
重くなり始めたこめかみ。
にこにこ笑って自分を見ているエイラスは、どうあっても引く気はなさそうである。
その軽い口調や屈託のない物言いと違って、かなり押しの強い性格をしているエイラスに、これ以上逆らい続ける気力は、彼に負い目らしきものを感じている今のセォドアにはなかった。
最後のひとつ。これでだめなときは潔くあきらめよう、そんな思いで口を開いたのだが。
「あ、それからついでに下で訊いてきたんだけど、ここって食事つかないんだって」
まるで言われることが何か、承知しきっていたように、エイラスが先に答えを返してきたのだった。
◆◆◆
用意周到な者は、何をするにしてもその望みを達成する確率が高い。
それは運などといった不確かなものではなく、その者がした努力に相応する当然の結果なのだが、どうして自分にはそれすら思いあてられないのかと、石畳を歩きながらセオドアは少なからず滅入っていた。
どうせ運がないのなら、そういった小手先がきけばいいのだ。そうすれば今までの出来事だって、利は得られずとも差し引きゼロくらいにまでは持ちこめたかもしれないのに、と。
だがそれはあくまで願望であり、隣の芝生だった。
大体においてそういったやからは陰で毛ぎらいされるか変なところで気がきくと皮肉られるか、どちらかしかないのだ。しかも、厄介な妬みすら買いやすい。
このエイラスのように邪気のない笑顔と達者な口でひょひょいとかわせる器用者ならともかく、どうせ妬まれるならまだそれが分からない鈍さの方がセォドアにとっては救われるというものだろう。
「あ、そこ曲がって」
黙々と前に進んでいると背後からエイラスの指示がかかる。言葉に従い右の小路に入ったなら、かなり広めの下りの階段があった。
ひとつひとつはほんの数段しかまとまってないが、足を休める平らな場所があり、全部で6つほどになる。
特に派手な呼びこみも看板もない、質素な店が両側に連なり、閑談の声があちこちから聞こえる中を、セオドアはまっすぐ降りていった。
はっきり言って、これはおかしい。エイラスは一緒にと誘っていた。普通、連れ立って歩くとすれば隣あわせになるものではないだろうか。なのにセオドアは1人で、エイラスはその後ろを歩いている。
確かに「一緒」に回ってはいるが、これでは会話するにもセオドアはその都度振り返らなくてはならないし、歩きづらいだろう。づらいだろうがしかし。
間にもう1人存在する者がいれば、十分起こり得る状態でもある。
「ねえねえエイラス。あたし、あれほしい!」
などという、少女のはしゃぐ声が真後ろでする。察するに、店先に置かれた品のどれかに目をとめたのだろう。
足を止め、振り返ったなら、少女がエイラスの腕を強引に引っ張って店に入るところだった。




