第10回
●商隊の秘密
八方に散った畜獣を捕まえるのは、そう難しいことではなかった。
魎鬼の襲撃に恐慌状態となり、いったんは逃げ出したものの、やはり家畜で、大半はひとりでに戻ってきた。イマラは巨体なのですぐ見つかるし、人に慣れているためセオドアたちが近寄っても逃げようとはしない。養鶏たちにはさすがに手をやかされたりもしたが、隊の周囲では男衆も手を貸してくれたし。
最後の、キンシュイと呼ばれる白金の子鹿を木枠へ押しこんで、セオドアの任務はとりあえず完了した。
「ごくろうさん。あとは俺たちでやるから向こうで休んでな」
すれ違いざま、ぽんと肩をたたいた男が縄を手に走っていく。
その行方を見やりながら、ほうっと安堵の息をついて額の汗をぬぐう。寒さなど、走り回るうちにとうにどこかへ吹き飛んで、気付けば背中に上着が張りつくほど汗だくになっていた。
養鶏たちを捕まえるのに邪魔と、途中で手袋をはずしたせいか、肘の辺りまでひっかき傷だらけだ。せっかく蒼駕にもらった新品の上着の袖も、ぼろぼろになってしまっていて……。
たくし上げ、うっすらと血のにじんだみみず腫れを見ていたときだ。
「おつかれさま」
ひょいっと脇からエイラスが顔を覗かせた。
差し出された白湯は、女たちによって皆の手に渡っている物だ。
ぼそぼそと礼を言って温かな湯気をたてるそれを受けとり、セオドアは身近な荷車の車輪に背をもたせかけるようにして座りこんだ。
いつまでもいていい場所とは思えないが、くたくたで、しばらくは動きたくない。
「すごかったみたいだね、6匹も出たんだって? 魎鬼」
前にしゃがみこみ、頬杖をついたエイラスが、にこやかな笑顔で話しかけてくる。
「めずらしいこともあるもんだね。あいつらが群れることって滅多にないのに。
そりゃ、今までもあったけど、せいぜい2~3匹どまりだったし。そのときランドルーあ、前にいた剣士なんだけど、そいつが死んじゃってさ。雇用したばかりだったから、大損したってみんなしてぼやいたりしたんだ」
心身ともに疲れはて、気のふさいでいる今、この者の話し相手をさせられるのは、正直なところ遠慮したかった。いくら相槌も不要とはいえ、口を動かしはじめたが最後、何か起きない限り閉じようとしないのはすでに確認済みだ。しかもその内容がもう考えたくもないことだとあっては、ますます気が滅入る。
だが、まさか面と向かってそう言うわけにもいかず、セ才ドアは黙して白湯を口にふくむ。ひりついたのどを流れ落ちるそれは、ざくざくに傷ついた肌を薬湯に浸けるような痛みを伴ったが、胃袋のほうは大いに満足しているようだった。
「きっと、僕たちが騒ぎすぎたせいだね」
などとめずらしく殊勝な物言いで口火をきって、エイラスは今度は魎鬼が現れる前の宴会の様子をつらつらとしゃべり始めた。
「きみも来ればよかうたのに」とかいうそれに、もはやセオドアは耳を貸してもいない。後ろのほうでは新たな木枠を作ったり荷車を直したりと、まだ働いている男たちがいるというのに、それを手伝おうとは思わないのだろうかとぼんやり思った。
本気で気付いてないのか、それとも無視しているのか。判断に困った。行って作業を手伝ってやれと促すべきかとも思えたが、それがこの商隊において彼の請け負う役割ではないのかもしれないと思うと、なにやら説明という話のネタを与えるようで……。
まったくもって、こういうときにもこの仮面のような顔は厄介だった。もうすっかり疲れきっていて、ひとを相手にするのはわずらわしいのだと、せめて表情に出せたならそれを汲んで、自主的に向こうへ行ってもらえるかもしれないのに、一体何が不服だというのか、頭から送られる伝令を無視して面は十数年の間頑固に意地を張りとおし、いまだ改善されてくれようとしない。
まだ1日目だ。リィアまであと5日はかかる。その間世話になる以上、へたなことは口にできないと思うと、自分の場合、ロをきかないことが一番の良策となる。
「……ね?」
突然語尾が問いに変わったことに、あわてて意識を向けた。
「何?」
どう話が進んだのか、エイラスは、立ち上がろうとしている。
「んっ? ああ。ほら、こめかみのところとか、手が傷だらけだから、傷薬もらってきてあげるって」
「いや、薬なら――」
手持ちの品があるから。そう言おうとしたのだけれど、やはり他人の言葉は耳に入らないのか、エイラスはセオドアがまだ話している途中だというのにさっさと向こうへ駆け出してしまった。
どうにもあわただしい。
でもこれで少しの間おちつける、と抱いた膝に重い額をこすりつけたセオドアの上に、ふと影がおちた。
早くもエイラスが戻ってきたのかと不審に思う。けれど、顔を上げた先で彼女を見下ろしていた男はエイラスでなく、カディスだった。
これくらい、いつものことだから。そう書って慣れた手つきで畜獣を回収していた彼と違い、不器用者の代表のような自分は追うのに必死で、いつの間にかはぐれてしまっていた申しわけなさがくる。だが当のカディスはそんなこと気にもとめていないといった顔で、いたずらっ子さながらの光を弾く青い目を妙めて笑うと、すっと屈伸して身をしゃがませた。
「きみ、うとそうだから、忠告。
あのボーヤには気をつけた方がいいよ」
それはどういう意味だ?
分からない、と見返してくるセオドアに、カディスはちょっと困ったような顔をしたものの、どう言おうか、結構楽しそうに苦笑した。
「隊ってね、ほとんどが親族でしょ? 隊の者として生まれたらまず脱けることは許されない。しかも定置を持たない彼らは、どうやって新しい血を入れると思う?」
茶化す声で出た質問形式のそれに、習った中にそれらしいことがあったなと片鱗が浮かんだ。




