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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第2章 宿命たる邂逅

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第7回

 途中、拾いあげた火を片手に荷車の端へ指かけて回りこんだ先。はたしてセオドアの予想どおり、そこには手当り次第に畜獣を貪り喰らう魎鬼がいた。


 くくりつけておいた車ごと檻を破壊され、一面錯雑(さくざつ)とした木片は赤い血に染まり、一面累々と死骸が重なりあっている。

 足をもぎとられ、腹部をそっくりえぐられたイマラの死体も中にはあったが、1頭だけで、残りは砂漠に逃げたらしく、足跡が八方に散っていた。


 慣れる日は永遠に訪れることのなさそうな、生温かな血臭がたちこめていた。

 肉片からたちのぼる湯気にはやくも胸がつまって、こみあがった嘔吐感に眉をひそめる。


 吐けば楽になるのは分かっていたが、同時に体力もそっくり失われてしまうだろう。無防備な姿をさらすわけにもいかないと、ぐっとこらえて手近な砂上に火を投げ出した。


 足場を確保し、かまえをとる。

 腐っても野獣。己へと向けられた殺意に反応して振り返る。そして、畜獣たちとは比べものにならない、セオドアの内につまった極上の生気を感じとると、魎鬼は即座にそれまで貪っていた獣の死骸を投げ捨てた。


 完全に獲物としての対象が自分に固定されたのを、その喜悦に満ち満ちた表情でセオドアもさとる。

 忌々しいことに、こいつは、感情が読めるだけの表情を持っていた。


 体は先に相対した魎鬼より小さかったが、肉付きははるかにこちらのほうがいい。

 かぎ爪は両手の5本とも健在だし、顔も、まぁ獣か人間かと問われれば人に見えないことはないと答える程度には整っている。なおかつ、赤い光を放つ眼球は、驚くことに瞳孔まで存在していた。


 ここまで成長を遂げるには、一体どれだけの生き物を殺し、その生気を吸ってきたのだろうか。


 それを、たとえ皮肉ででも誉めてやる気には到底なれない。おぞましく、そしてあさましい輩。


「セ……セイ……」


 さらに魍鬼は言葉らしきものまで発して、セオドアを愕然とさせた。


「ク、クエァイ……」


 不並びのまま伸びた牙と裂けた口では思うように発音できないようだ。

 幼児のようにもごもごと口元を歪めているこの化物が今何を言わんとしているか、おのずと理解できてしまったセオドアは、途端顔をしかめた。


「身のほどを知れ、化け物が」


 口の中の渋いものを吐き出すように言い捨て、セオドアは一歩前に踏み出した。

 その爪先が砂に着く、刹那。横の枠を踏台に、歩みは跳躍へと変化する。

 上段から振りおろした剣は案の定、魎鬼の血濡れた爪で防がれた。ぎり、と食いこんだと思った瞬間、セオドアの体は巨大な反発力で宙に放り出された。

 回転し、両足で砂上に着地する。ざんっ、と砂に足が減りこむ重い音がして、衝撃が膝を伝って消えた。


「クク、ク、ククィイタ……ァィ……」


 灯に招き寄せられる蛾のようなひたむきさで、砂上に転がる死骸を踏みつけて、魍鬼はセオドアへと向かって行く。途中、ジュッと白い湯気が立って精砂を踏んだことを教えたが、その焼ける痛みすらどこ吹く風といった様子だ。


 あの目には、さぞ輝かしい光として映っているのだろう。魍鬼の送る、熱い視線の先にあるのは間違いなくセオドアの心臓である。


 欲しい、と全身で告げていた。

 繰り出される爪が、焦茶色をした歯茎から方々へ伸びた牙が、彼女の一挙一投足を追う眼差しが。自分を狂おしいほど欲しているのがセオドアにも伝わってくる。


 今までだれ一人として向けてくれたことのないその一途さに、ますます腹が立った。


 どうしてよりによってこんなやつしか寄ってこないんだ。もっと、好かれたい者はほかにいっぱいいるっていうのに。

 おまえなど、いい迷惑だ。


 ざくり、直線的に振り降ろされた爪を紙一重で躱わし、その下から腹部に向けて切り上げた刀身が、みごと目的物を切り裂いた手応えを伝える。

 弾力のある肉。芯となる骨も固い。いくら相手が魅魍とはいえ、いやな感触だった。


「セイ、セセイ、キ……クイ……」


 不浄の黒い血が腹の傷からぼたぼた塊となって落ちているにもかかわらず、爪の攻撃は激しい。がちがち鳴る牙を伝って垂れる涎が自身の足に穴をあけているというのに、それにも気付かない様はいいかげんうんざりだ。


 へたに抵抗したりせず、さっさと消えてしまえ。どうせ時間の無駄だ。おまえ程度が相手になるか。


「これで最後だ!」


 上段に振りかぶった隙をついて、一気に心臓部を貫く。

 魍鬼は自分を動かしているものがそこに宿っている命であるということすら知らないので、庇おうともしない。

 十分すぎる手応え。だが予想に反して魎鬼の猛攻は止まらなかった。


「うわっ」


 間にあうと放っておいた爪がそのまま振りおろされて、あわてて飛び退く。

 一瞬の差で触れた袖が、下の表皮ごとすぱっと切れた。


「……心臓を砕いたんだぞ? どうして動ける?」


 いささか唖然となるが、痛みにはとことん鈍いこいつらのことだ。生物は下等なものほどしぶといともいう。気付いてないのだろうとすぐ結論した。


 頭を胴体から切り放せば、いかなこいつでも自分の命の終わりを知ることができるだろう。


「クイ、ク……クク、クイタ……」

「世迷い言もいいかげんにしておけ!」


 剣の平を水平に保ち、振り切ろうとする。刹那。

 背後より伸びてきた何かがセオドアの体をわしづかみにした。


 すさまじい力が腹部を圧迫したと思った瞬間にはもう足が地から離れている。

 高々と、天に掲げるかのように持ち上げられた体。


「なっ……?」


 驚愕の眼差しを下に向けると、見えたのは新たな魎鬼の姿だった。


(しまった! もう1匹近くにいたのか!)

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