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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
序  章

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第2回

『オマエガ私ヲソウ呼ブノデアレバ、ソウダロウ』


 声とも音ともつかない、浮き上がる泡のように耳に不快な返答が、今だ満足な形状もとれない闇から発せられる。


「魅魔か?」

『オマエガ私ヲソウ呼ブノデアレバ、ソワダロウ』


 闇の返しに、仮面の者は鼻白んだようだった。

 どう呼んでも『それ』が『それ』であることにかわりはないと言いたいのだろう。もともとああいった名称は、人間側が勝手につけた基準だ。


 確かに正論だが、しかし。

 これでは、押し問答だ。

 仮面の下で小さく舌打ちをする。


 まあいい。ああして口がよく回るところをみると、少なくとも妖鬼や魎鬼のような下級魅魎ではない。


 陣内、さらに威圧感を強めながらだんだんと人の形を取り始めた闇に向かい、仮面の者は先とは意味合いを変えて問い直した。


「では闇よ。私に従い、その名を告げよ」

何故(なにゆえ)ニ?』


 クッと喉を鳴らして、闇は目らしきものを開く。

 純粋な刃を思わせる、細く鋭いその奥から、赤い、真紅の双眸が仮面の者を見据える。

 まるで血のように赤いその目に、仮面の者はまたもや息を飲んだようだった。そして、驚きとも苛立ちともとれる、複雑な震えを発しながら拳を固める。

 闇は続けた。


『何故コノ私ガオマエゴトキ輩二従ワネバナランノダ。タカガ数十年シカモタヌ脆弱ナ命シカ持テズ、地上ヲ這イズルノミノ下賎ナ人間ナドノ分際デ、コノ私二命令シヨウナドトオコガマシイ。私ハ――』


「黙れ!」


 言い終わるのを待たずして、語気も荒々しく仮面の者は怒声を放ち、手にした杖で床を突いた。

 ふつふつとその内に沸き上がっていく怒気を感じて、闇も言葉を切る。


 その怒りが自分に向けてであれば、闇も口を閉ざしはしなかっただろう。

 だが、仮面の者の中で沈澱してゆくその感情は、まさに己自身に対してであると感じるとともに、それがなぜかも悟れたために、面白い、と闇は口角を上げ、ほくそ笑んでいた。


「黙れ黙れ! おまえに、この私が勝てぬとでも思っているのか! 拒みきれず召喚され、そうして縛陣に捕われているその身で、私がおまえの上に立つ者ではないと笑えるのか!

 それはそのままおまえ自身を嘲笑うことになるのだぞ!」


 この、仮面の者の吐き出した言葉には何も返せず、闇はしぶしぶといった表情で(もうほとんど人型をとれていたために、感情を読み取るのはたやすかった)


火威(カイ)


 とだけ答える。


「火威、か。では、少なくとも炎を操るではあるわけだ……」


 まるでそれだけが唯一の慰みであるかのように、仮面の者は独りつぶやいた。

 だが今は、不平不満を愚痴っているときではない。


「では火威よ。おまえにはさっそくしてもらうことがある」

『ふん。それをきく義理はないな』


 ようやく整いきった顔で、口を使い、発音も正しく火威が答える。

 まだ声自体は割れており、とても耳に障りのいいものではなかったのだが、容姿が整うにつれ、それもすぐとれてしまうだろうというのは容易に想像できた。


 ぐじゅぐじゅと流動する音をたてて、胸の前で組んでいるように腕が形造られるが、その肌はいまだ泥の色をしている。


『たしかに私はおまえに捕われた。それは認めよう。たとえ人であろうとそれなりの道具を用い、手順を踏み、そしてこちらも虚を突かれれば捕われることがあるのは知っている。

 よもやこの私がそうなるとは思ってもみなかったが……それにより、名も告げてやった。おまえのような卑小な輩にわが名を口にされるのは不愉快だがな。おまえの言い分はいちいちもっともだ。

 だが、だからといってなぜ従わねばならん? いくらおまえが相応の力を持つ術師としても、私が従属せねばならぬ理由とはならない』


 なんともふてぶてしい物言いを、実に慣れた口調で告げると、火威は頭を小刻みに振るった。

 途端、ふわりと滑らかな曲線を描いた銀色の髪が現れ、鼻先まで落ちる。


 赤眼、銀髪、鉛色の肌という威容を誇る魅魎は、さも楽しげにくつりと嗤って、挑発的に仮面の者を見返した。



「従え」



 火威に勝るとも劣らぬ冷酷さを孕んだ声で命じると、仮面の者は杖で陣の端を打った。

 コーン……という固い音が静寂を割り、震動波となって陣内を駆けめぐる。音は見えざる針金と化し、火威を盲縛するやぎりぎりと締め付けた。


『ぐあっ!?』


 異様な角度で手足を縛られたまま、立っておれずに膝をつく。


『くっ……おのれ……たかだか人ごときが、私にこのような恥ずかしめを……』


 肩で息をしながら、牙を覗かせて(うな)る。そうしてじっと自分を見下ろす嘲けた冷たい仮面をあらん限りの殺気でもって睨みつけた。

 ただの人であるならば、受け止めることさえかなわぬほど殺意を熱く煮えたぎらせて。


「従うのだ。その縛陣からおまえが逃れる術はない。私が解けば陣は失われるが、そうなれば次はこの町に施されている法師の守護結界という呪縛がおまえを縛るだろう。今以上の加重が加わるのだ、抜けるのは容易であるまい。そして、瞬く間に剣士が来るぞ」

『そうなればおまえもただではすまんぞ、術師。人の身でありながら、人の敵である私をこの地へと引き入れたのだからな』


 魅魎と相対した人間にあるまじき尊大な態度に、憎々しげに火威が返す。だがその威しに対し、不敵に、仮面の者は笑い声を発した。


「私のことなどどうでもいいことだ。

 おまえに、はたしてこの場で私とともにであれ、消滅する気があるのか? 己が持つ力を存分にふるうこともできず、不様に断たれ、散るのを良しとするか。

 それを知れば、全ての魅魎がこぞっておまえを嘲笑するだろうな。自身言っていた『たかが人』ごときにおめおめ召喚され、そうやって縛陣に捕われたばかりかろくな反撃もできず不様に断たれたなどと、魅魎・火威の名も――」


 それ以上続けることを、火威は良しとはしなかった。

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