第3回
もう一人の剣士だ、というのは脇に置かれた長剣で察することができた。
どこにも魔断の気配はない。2人とも下級退魔剣士だ。
砂漠のど真ん中に魅妖や魘魅など、中級魅魍が現れる可能性は魍鬼や妖鬼たち下級魅魎が出没するよりはるかに低い。
彼らは力で捩じ伏せることを何より好み、その自尊心の高さから、相手も相応のものを選ぶからである。
町や街といった定置に比べて防御力の欠ける商隊など、こう言ってはなんだが彼らにとってはおもちゃにもならない、無価値な存在だ。
砂漠を徘徊する生き物の中で一番厄介と言われる魍鬼自体、そうそう遭遇することはないのだから、雇用するのはなにも値の張る上級退魔剣士や剣師である必要はないわけだ。
「やあ、きみが新入りさん?」
近付く足音に気付いて立ち上がり、彼のほうから歩み寄ってくる。
レンダーよりひと回り小柄な体型をした痩身の彼は、とても柔和な顔立ちをしており、垂れがちな目を線にして、にこやかに「カディス」と名乗った。
「この子は違う」
背後からレンダーが訂正して、リィアまでの同行者だ、と説明する。
抑揚のない、最小限度の言葉はとても仲間にかける言葉とは思えない淡泊さだ。
ああ、やっぱり口数が少ない人なんだ、とあらためて確認しながら、セオドアも名乗る。
目に入りかけたふわふわの前髪を雑にかき上げながら、カディスは考えこんだ。
「って、あれ? おかしーな。さっきライラがそれらしいことぼやいてたんだけど......」
そのときのことを思い出すような口ぶりでそこまでロにしたあと、何か思い当たったように、ほんの一瞬はっと顔の曇りを晴らす。けれども闇にまぎれた表情の変化にセオドアが気付く前に、あきらかに故意と思われるタイミングで、レンダーが話題を転換した。
「消えかかっているぞ」
「おっといけねっ」
一体先の疑問はどこに突き当たったのか。鈍いセオドアにも分かる、わざとらしい動作で火の元へ戻ると燃料を足す。
火力を強めて新たに燃料を加えるカディスの手招きに誘われるまま、セオドアは焚き火のそばに腰を下ろした。
2人にならうように腰の剣帯から剣をはずして横の砂上に寝かせると、手渡された夜用の毛張りを敷きこんで、肩がけしたマントの下でごそごそふくらはぎのむくみをさする。
「疲れた?」
マントの動きで察したか。苦笑しながら、カディスが配給された塩漬け肉を、鍋に張った水の中へ落とした。
下にはすでにシアの葉を刻んだ束が敷きつめられており、赤い実の入った小袋が浮かんでいる。これは香りつけで、防カビを施されたシアの苦味と肉の臭みをごまかすためだ。
そのほかにも、2~3の香辛料らしい物を、カディスは鍋に放り込む。
火にあぶられた鍋の中の水が沸き立って湯になるころには、空の胃袋を刺激するおいしそうな香りがしてくるのだが、それまでの間、セオドアはカディスに腕をもみほぐしてもらうという、どうにも歯痒い一時をおくらなくてはならなかった。
「うーん、これは張ってるね」
「は、はぁ……」
恐縮しきって返事を返す。その強張りの中には行軍の疲れのみならず、この状況に対する緊張によるものが多大に含まれているのは間違いない。 提案を聞いたとき、とんでもないことだと断ったのだが、強引に腕をとられてしまったのだ。
「やっぱつらいよね、こういうのって。俺も慣れるのに時間かかったから。
特に最初の日なんていきなり日中行軍でさ、あのイマラのせいで下半身の感覚全然なくなっちゃって。ほんと、あのころレンダーによく世話になってたよなぁ」
「なっ」と同意を求められ、
「口を開けば泣き言ばかりで、おまえは、次の目的地までもたないとだれもがうわさしていた」
正面、左膝を抱きこんだレンダーが素っ気なく答えた。
明るい炎に照らされた彼の前髪が、実は紫がかった紺であることに気付いたセオドアは、明暗の作るその不思議な色あいにぼんやりと見入る。
「そーりゃ期待を裏切って申しわけありませんねー、って。
こいつさ、ちゃっかり俺が夜逃げするほうに金賭けてたんだよ? ひどいと思わない?」
突然真正面から顔をのぞき込まれて驚く。
拗ねた内容のわりにはまるきり怒気のない顔で笑っているカディスを見て。あらためてレンダーを見て。セオドアは、
「はあ」
とだけこぼした。
実際、それ以外に何も浮かばなかったのだが。どうもカディスのしていた予想とは反した反応をしてしまったらしい。奇妙な顔をして退いていく。
失敗したかも、と胸の内でひそかに冷汗をかいたが、当のカディスは別段気にしているふうもなく、煮たった鍋に手を伸ばし、それを3等分によそった椀を手渡してきた。
「はい、きみの」
にこやかにスプーンを差し出される。
どうやら気を損ねてはいないようだ。ほっとしつつ手を伸ばして受けとるのとほぼ同時に、わあっと後ろのほうで声が上がった。
熱気による圧迫というか、声の勢いに押されてついつい前のめりになってしまう。
粗末な葉粥といっても大事な食糧1回分だ、砂などにやるのはもったいない。
どうにかこぼさずにすんでほっと胸を撫でおろしたセオドアの横で、膝を立てて荷車で分けた明るい向こう側を覗き見たカディスが、ああと腑におちた声を出した。
「やっぱ、盛りあがってるなぁ。サキスでは予想以上だったって、みんなほくほく顔で言ってたから、宴会になるとは思ってたんだ」
あっちの料理も少しは分けてくれりゃいいのに、と舌打ち入れて座り直す。
声など聞こえなかったとばかりに無反応を徹して食事を続けるレンダーと違って、カディスはどうも割り切れないものがあるらしい。
たとえ雇用され、長くともに旅をしていようと『流れ』は『流れ』であって、しょせん雇われ者の『他人』である。加わりたいのであれば商隊の女を娶り、『家族』にならなくてはいけない。
セオドアは、商隊とはこういうものだと聞いていたし、もともとああいった騒がしい場は苦手だ。
まだ出会ったばかりだが、この男はへたに同意を見せようものなら『客』という立場を目一杯活用し、分け前を要求してこいとでも言いそうだと思い、レンダーにならって聞こえないふりでスプーンを口元へ運ぶ。
カディスはセオドアのした予想どおり、彼女に向き直りはしたけれど、その口から出たのは全く別の台詞だった。
ここまでご読了いただきましてありがとうございました。
カディスは『魔断の剣10 砂海の魅魎姫』の主人公です。あの昔語りは、この道中で彼が話したことになります。
(たぶん、第5回辺りかと思います)
もし未読の方は、そちらもぜひ読んでいただけるとうれしいです。




