第4回
服は、ほとんどが薄い、半透明の布でできていた。
胸元と腰~大腿部に使われた布は不透明で隠れているが、申し訳程度であって、特に胸元など、首飾りの輪に布を通してあるだけで、下は胸の膨らみに引っかかっているだけだ。
細身なのに胸の大きなライラはともかく、普通より少し小さいというか、ささやかサイズなセオドアは、ちょっと激しい動きをすればするりとズレて、胸の頂きが見えてしまいそうである。
「うわあ。やっぱり何を着ても映えるわね! セオドアってば身長があるし、足も長いし、引き締まった体をしてるから。思ったとおりだわ」
ライラは手をたたいてはしゃいでいる。
彼女も同じようなデザインの服を着ていたが、セオドアのように恥ずかしがっている様子はない。
おそらく何度も着ているのだろう。胸を隠す布の細さ、鼠蹊溝で紐を止めるズボンなどを見て、下着は着けないのだと聞いたとき、真っ青になったセオドアの前、ライラは裸になって、さっさと着て見せてくれた。その上から三重になったひらひらの腰布を着けるやり方や、飾り布のついた垂れ袖の止め方などを教えてくれる。
すると、ただ布が薄かったり少なかったりしているだけでなく、見えそうで見えないという、ギリギリを攻めたデザインや工夫をしているのだというのが分かった。
そのことに少しほっとしたが、あくまでほんの少しだ。
明日になって、サイズが合わないなど出てきたら大変だからとライラに押し切られて試着したものの、セオドアはやはり、羞恥を捨て切れなかった。
「背を丸めちゃだめ!」
ぱしんっと背中の真ん中をたたかれる。
ライラの手が直接肌に触れた感触に、びくっとしてしまう。
「堂々としてないと、そっちのほうがよっぽどみっともなく映るわよ。
第一セオドアはスタイルいいんだから、恥じることないじゃない。
あたしなんか、ちょっとこの辺が最近ぷよぷよしてきてて、気になってるのよね。ダイエットしなくちゃ」
そう言ってへその横をつまんで横に引っ張っていたが、セオドアから見ると全然そんなふうには見えなかったので、おそらくセオドアの気を楽にさせるために口にしたのだろう。
「ライラは、きれいだ」
「あらありがと。
エイラスもそう思ってくれるといいんだけど、全然そんなふうじゃないのよねえ」
何か思い出した様子で、フン、と鼻息荒く腰に手をあてる。
そしてやおら隅に放り出してあった袋を引っ張り寄せ、中から化粧道具を取りだした。
「せっかくだからお化粧もしましょうよ。あと、髪もね」
化粧など1度もしたことがない、とセオドアが言うと、ライラはびっくりして、いきなり顔に化粧水をぴしゃりとやって、ぺたぺたクリームを塗りつけてきた。
「信じられない! それでどうしてこんな肌を維持できてるの!? そりゃ、少しは荒れてるけど、ここに来てからだとばかり思ってたわ。来る前はきちんと手入れしてるとばかり。
普段はどうしてたの?」
「……砂漠での実習のときに、日焼け止め塗るくらいかな」
「くっ。定置住まいの特権ってわけね。こっちはもー大変なんだからっ。砂ですぐ傷ついちゃうし、照り返しのせいで、何もしてなかったら真っ黒どころか火傷しちゃう。
だからね、砂漠の男はあなたみたいな桃色の肌の女性にすごく弱いのよ。エイラスもそう。――あ、ちょっと動かないで。まばたきしないでね」
クリームでしっとりしたところへおしろい粉をはたこうとして、肌の白さに不要と判断したライラは、次に目元にとりかかる。
「セオドアは目力があるっていうか、目がすごく特徴的で、そのせいで顔つきが険しく見えるから、そこの印象を少し消すようにして、他の部分と協調するようにしたほうがいいわね。
口紅も、桃色がいいかしら」
手元の道具をかき回しながら目当ての色を探しているのを見て、セオドアは眉を寄せ、身を退いた。
「いや、もうこれ以上は……」
「どうして?」
「あまり……その……化粧とか、肌に何か塗るのは、好きじゃないというか……」
親切心でしてくれているのが分かっているだけに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら言う。
「え? でもまだ下地だけよ」
「……すまない」
表面的には無表情・無感情な声なのだが、セオドアが本当に困っているのを感じて、ライラは眉墨と口紅を持った手を下ろした。
「もったいないわね。絶対化粧映えすると思うのに。
あたしがあなたみたいな肌や目や髪の色をしてたら、もうめちゃくちゃお化粧して、服も着飾ってるわ。男たちの目を釘付けにしてやるの。そうしたらきっとエイラスだって、あたしのこと、ほうっとかないと思うのよ」
ほかの男たちを蹴散らして、エイラスが彼女を自分だけのものにしようとする――なんて素晴らしいのと、その光景を妄想して目を輝かせるライラを見て、セオドアは内心苦笑した。
「ライラは、エイラスのことが本当に好きなんだな」
さっきからエイラスの名前がよく出ることに、セオドアは気付いていた。
それに、自分がおかしかったとき、ライラが話していたことにも、よくエイラスの名前が出てきていた気がする。――あまり覚えていないが。
ライラも「前に話したでしょ」とは言わず、「そうよ」と肯定する。
「昔から、ずーっとエイラスだけ。でも分かってるの。彼はあたしをそんなふうに想ってくれてない。彼はあたしだけのものにはならないって。
だから、第1夫人の座だけは押さえておきたいのよね。
あなたが現れたときの彼の熱の入れようを見たときは、その座を取られるんじゃないかって警戒してたりもしたけど」
今はそう思っていない、と言うように、ライラは肩を竦めて見せた。
それはそうだろう。もし今もライバルだと考えていたら、こんなふうに世話を焼いたり親密に接してくれたりはしないはずだ。
エイラスのセオドアに対する想いは、始まったときと同じですぐに消えた。ちょっと厄介なことになるとすぐに手放す、浮薄なものだった。そんなものが愛であるわけがない。
一瞬、浮かびかけた面影が、形となる前に押しつぶす。
化粧をあきらめたライラは、今度はセオドアの後ろに回って髪をいじり始めた。
両手で挟んでこすり合わせているのを感じて、何か塗られているのだと察する。
髪も何かされるのはいやだったが、先の化粧を断念させた負い目があってなかなか言い出せずにいると、ライラが再び話し始めた。
「とにかく、今チャンスなのよ」
「……えっ? 何が?」
「第1夫人の座を得ること。
だって、エイラスは成人して隊を得たでしょう? そうしたら次はやっぱり妻を持つことじゃない?」
「……そう、なのか?」
「そうよ。隊のほかの者たちに、隊長が大人であることを示さなきゃ。その目に見える形が、妻と子よ」
そうなのか。
セオドアはいまひとつピンとこなかったが、きっと商隊という特別な場では、それが当たり前のことなのだろう。
「あたしがその座にふさわしいって、認めさせなくちゃいけないのよ。エイラスや、アルフやゲイルやグンターや……とにかく彼の周りにいる男たちに。
そのためにも、シャイアの町での興行を成功させなくちゃ」
「だからお願い。協力してね」と言うライラに、ようやくセオドアもさっきからのことに合点がいった。
この格好は、そのためのものだったのだ。
目的が分かり、納得できると、急に気持ちが楽になった。
ライラには恩がある。とても返しきれるとは思えないが、隊を離れる前に、少しでも返さなくては。
「分かった」
微力ながら力を尽くそう。そう思った。
◆◆◆
一夜明けて。
いざシャイアの町に入ると、昨夜の決意はどこへやら。
踊り子のような格好をして、人寄せのために通りを歩くのだと思うとやはり羞恥が顔を焼いた。
自分だけじゃない、ライラもいるし、ほかの若い女の子たちも同じ格好だと思っても、全然安心できない。
だれも見ないでくれ、との一念で、荷車の横について歩く。
「ほらセオドア。面を上げて。笑顔――は無理でも、とにかく自分を見てる人に手を振ってあげて。
あと、これ」
ライラに花かごを渡される。中に入っているのは、紙で作られた花だ。
「手渡すか、撒いてちょうだい」
見ると、ほかの女の子たちも同じような花かごを手に、子どもたちに紙の花を配って歩いている。
子どもと手をつないだ大人の男は、しゃがんだ女の子の胸の谷間に目が釘付けだった。
セオドアはおとなしく、紙の花を撒くことにする。
「ほら、笑顔笑顔」
そう言って、ライラはくるっと回った。
跳ねるような軽快な足取りで笑顔を振りまき、子どもだけでなく大人にも紙の花を配っている。
みごとにお手本を示してくれているのだが、まねをしようにも肌に突き刺さるような視線が気になって気になってしかたがない。
(……無理だ。わたしにはできない……っ)
早く終わってくれと念じながら、露天を開く場所に到着するまで、セオドアはひたすら無心で歩いたわけだが……。
その視線の意味を、セオドアは取り違えていた。
この露出の多い、挑発的な服装をした女性に対する興味本位の軽薄な視線だと思いこみ、できる限り無視していたのだ。
興味の視線ではあっただろう。セオドアが思っていたようなものではなかっただけで。
視線の主は、商隊が町へ入ってきて早々に、獲物を定めた。
紙でできた花を下唇にあて、笑むと、後ろに控えていた初老の男を呼び、何事かを命じる。
それから数時間とたてず、所定の位置で店を出し、商品を並べ始めた忙しいところへ、封書が届けられた。
エイラスが開くと、そこには商隊の到着を歓迎する意の文章と、そして隊長のエイラスと隊の宣伝として歩いていた2人の女性――それは服装の表現からして、ライラとセオドアで間違いなかった――を夕食に招きたい、との招待の言葉が書かれていた。
手紙の末尾にあった署名は、エドモン・ド・モンティエール男爵。
この付近一帯を統治する、若き領主の名前だった。




