第1回
リーーンゴーーン…………
リーーンゴーーン…………
長い余韻を残しながら、厳かな教会の鐘が渓谷に鳴り響く。
両側を砂岩壁に挟まれた谷間の町・シャイアの住人たちは、鐘の音が聞こえてきたとたん、先を競うように路上へ出て、祝言を口にする。
「領主さまばんざい!」
「領主さま、おめでとうございます!」
「ご成婚、心よりお祝い申し上げます!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
熱狂的な人々の声は谷間を抜ける風に乗って、奥まった正面の岩壁の上に建つ、領主の館まで届いていた。
若き領主エドモン・ド・モンティエール男爵はベランダに出て、満足げに口ひげをなでながら民たちの祝いの言葉に手を振って応える。
岩壁は高く、下の民たちがどんな顔をしているかまでは分からないが、両手を振ってわあわあと高い声を上げている様子から、彼らが心から喜んでくれているのだというのが伝わってくるようで、エドモンは満足だった。
コツコツとドアをノックする音がして、執事のアルフォンソが商人と数人の召使いを伴って部屋に入ってきた。
肩越しに視線を投げるエドモンに深々と一礼する。
「ご領主さま、本日のご衣装が届きましてございます」
「そうか、間に合ったか」
「はい」と答えたのは商人だった。満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと面を上げるとすぐ後ろに立つ召使いを振り返る。彼がうやうやしく捧げ持っている箱の蓋を開けて中から取り出したのは、レースのウエディングドレスだった。
それを見て、ほう、とエドモンは感心したような声を発し、室内へ戻る。
「いかがでしょうか。最上級のキサラとこの国の伝統的なアルマンレースをふんだんに用いて作られたドレスです。ボディスの飾りボタンはすべて翠玉を使用しております。
今風でありながら伝統的なスタイルは花嫁さまをさらにお美しく際立たせることでしょう。きっと花嫁さまにも気に入っていただけるかと思います」
話している間、商人はとても慎重な手つきでドレスを広げてエドモンに見せる。エドモンは白く輝くドレスのまぶしさに、ほれぼれする表情で何度もうなずいた。
「うむ。いいぞ。大満足だ。おまえの言うとおり、これなら彼女も喜ぶに違いない。
アルフォンソ。さっそくこれを彼女の元へ」
「畏まりましてございます」
アルフォンソが壁に控えていた召使いに手を振ると、召使いはスカートの裾を少し持ち上げ、膝を軽く折って礼をし、前へ出てドレスを受け取った。
そのまま音も立てずに部屋を出ていく。
「そしてこちらがご領主さまのご衣装でございます」
商人は別の箱から男性の用のスーツを取りだした。
こちらも先のウェディングドレスと同じ生地で作られた、白いタキシードだ。前襟や袖、胸ポケットといった所に同じくアルマンレースが使われているが、華やかなウエディングドレスと違い、こちらには格式あるモンティエール男爵家の紋章が意匠としてあしらわれていた。
「飾りピンとカフスには、ご要望どおり花嫁さまのドレスとおそろいのデザインの翠玉を使用いたしました」
「うむ」
1面が鏡となった壁へエドモンが近寄ると、アルフォンソが彼の着ている朝用のスーツを上から順に脱がしにかかる。そして今度は逆の手順で、丁寧にタキシードを着せた。
アルフォンソが退いた時点で商人がパンパンと手を打ち鳴らし、それを合図として一番後ろに控えていたお針子の少女2人が一礼して前に出、袖口や裾など、彼により良くフィットするように細部の微修正を始める。
「申し訳ありません。少々お時間をいただきますこと、ご寛恕くださいませ」
「いや、かまわん。むしろ3日でよくぞここまで仕立ててくれた。礼を言うぞ、商人。
アルフォンソ」
視線の合図を受けて、アルフォンソが壁際のテーブルへ近づき、そこに置かれていた小袋を商人へ手渡す。
ずしりと重い、金の袋だ。
エドモンはさらに、先ほどの自分のスーツの上に置かれていた金緑玉が嵌め込まれた金のブローチを手にとり、小袋の上に重ねた。
「おお、これは……」
「良い仕事をしてくれた、その礼だ。
わたしは良い働きには相応の報奨を与える。出し惜しみはせん」
「あ、ありがとうございます!」
商人はぺこぺこと、何度も頭を下げる。
「ご領主さまと花嫁さまのこれからに、ご多幸がございますことをお祈り申し上げます!」
そして頭を下げたまま、商人はお針子の少女たちと退室していった。
ほどなくして、先にウエディングドレスを持って退室していた女の召使いが戻ってきて、アルフォンソにだけ聞こえる小さな声で報告する。
「ご領主さま。花嫁の準備が整ったということでございます」
「そうか! ではさっそく見に行こう!」
「お待ちください。婚礼の儀式の前に花嫁と花婿が顔を合わせては、縁起が悪いとされております。どうかご自重を――」
「なんだなんだ、アルフォンソ。おまえのような男がそんな迷信を信じるのか?」
「……は」
恐縮するように畏まるアルフォンソを振り返り、はははと笑い。エドモンは大きくドアを開いて廊下へ出た。
「そんなものは迷信だ、迷信! だれとも知らぬ者が口にした世迷い言を信じるなど、弱き者のすることよ」
エドモンは大きい。身長が2メートル近くあり、肩幅広く、足も長い。黒い髪も豊かで艶々としていて、精悍な顔立ちをしている。
年は32。心身ともに充実し、精力あふれる男盛りだ。
権力と富、そして容姿にも恵まれて自信に満ちあふれた彼は、廊下の端へ寄って頭を下げる召使いたちの前を大股で通りすぎ、まっすぐ花嫁の部屋へ行くと、ノックもせずにドアを大きく押し開く。
「準備ができたそうだな! セオドア!
愛しい夫が、美しいおまえを見に来てやったぞ!」
はれやかな声で、中の女性に向かって言う。
部屋の中央にはあのウエディングドレスのほか、銀と真珠、翠玉でできた雨のあとの蜘蛛の巣のように繊細で美しい髪飾りをつけたセオドアがいて、窓から差し込む朝日を受けて輝く美しい碧翠眼で静かに彼を見返していた。
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。
今回からエピローグという名の別物語が始まります(笑)。
何度か書きましたが、魔断の剣シリーズは昔書いた過去作で、『人妖の罠』で終わるのですが、前回の終わり方だと打ち切り感が強いため、次作として考えていたものをエピローグとしてくっつけることにしました。
エピローグとしてかなり内容をそぎ落として書きますので、たぶん、長くても10回もないと思います。
よろしくお願いいたします。




