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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第35回

「疲れただろう。ゆっくり休め」


 エセルは寝台へセオドアを寝かせて上掛けをかけた。

 その言葉を、セオドアは聞いているかどうかも分からない。紙のように白い顔色。胎児のように体を丸めた姿は何かから身を護ろうとしているようだ。そうして、ぼんやりと前を見つめている。

 ほとんどまばたきをしない目に手をあて、そっとまぶたを閉じさせると、そのまま目を開くことはなかった。


 セオドアには休息が必要だ。

 魅魎との闘いは体を酷使する。戦闘中は魔導杖との接続で軽減されている痛みや疲労が、接続が切れた瞬間どっと襲いかかってくる。アドレナリンが切れるのと同じだ。でなくても彼女はその前からずっと心を消耗させてきた。

 そして、サリエル……。


 エセルは、枕元に座って、しばらくセオドアの血の気のない青白い横顔を眺めていたが、彼女の寝息が深くなったのを潮にその場を離れた。


 静かにドアを閉めて部屋を出る。

 階段を下に下りようとしたところで、踊り場にいる百蓮と目が合った。


「彼女、どう?」


 心配そうな百蓮に、エセルは肩を竦めて見せる。

 百蓮は目を伏せ、ふうと息を吐いた。


「彼女にはつらい結末になってしまったわね。

 うちのセシルも、かなり心にきたみたい。彼女を黒幕と思っていたから、魅魎が現れたのを見ても、彼女を害するとは思わなかったんでしょう。

 無理もないことだけど、その判断が間違いだったと、自分の落ち度だって責めているわ」


 百蓮は玄関口へ視線を落とした。

 開かれた戸口が騒がしい。王都からの捜索隊が到着しているのだ。

 そこで町長たちと一緒にセシルが出迎え、王都の退魔師たちに事の次第を説明をしている。

 これまでの出来事については町長に説明を任せ、自身は聞き役に徹し、話が数時間前、町に到着してからのことに入ると彼も話し役となって説明している。


 気丈に、感情を排除して客観的な説明をしている姿は立派だったが、百蓮は彼がひどく消耗して、落ち込んでいることに気付いていた。


 百蓮はセシルから聞いただけだが、あのとき、セシルは数分前に現れた魎鬼に対処していて、サリエルからは少し距離をとっていたという。

 目を離していたわけではない。この機に乗じて逃げる気ではと思い、彼女の動きに気を配っていた。

 そして猛スピードで中級魅魎が突っ込んできて彼女の横に着地したときも、彼女が呼び寄せたのだと思った。結界を出たのは、彼に人質として連れさられたという名目で逃げる算段だったのだと。


 破魔の剣では中級魅魎に太刀打ちできない。濼孋牙を喚ぼうとしたところで中級魅魎を追ってセオドアが現れ――魅魎に向かって彼女の剣が突き込まれた。


「あの中級魅魎の体で隠れて、セオドアには彼女が見えてなかったんじゃないかな」


 あんな所に彼女がいるなんて、思ってもいなかっただろうし、とセシルは言った。

 きっとそうなのだろう。

 そして悲劇は起きた。


「……目撃したセシルは、自分なら止められたはずだ、と自身を責めているの」


 表情を曇らせた百蓮の視線を追い、セシルを見て。エセルはフンと鼻を鳴らした。


「ばかばかしい。

 あれを止められる者がいたとしたら俺だけだ。あのガキにもそう言っとけ」


 手をひらりと振り、エセルは百蓮の前を抜けて階段を下りていく。そしてそのまま、別室でシェスタとの再会を喜び合う夫人やティルフィナの声も耳に入らない様子で部屋の前を素通りし、裏口からどこかへ行ってしまった。




 シェスタを連れて現れたダーンの自白から、この騒動の首謀者としてガザンが逮捕された。自分の館へ戻り、荷物をまとめていたところに王都から来た軍人たちが押し入って、捕縛されたという。

 息子のダーンともども王都へ送られ、そこでシエルドーア王による厳正な裁きを受けることになるだろう。


 ダーンの館から逃げてきた者たちの証言に仮面の者が共犯者として出たが、だれも仮面の下の顔を見ておらず、女性ではないか、という推測以外は分からないままだった。

 惨劇のあった館からはそれらしい死体は出てこなかったため、中級魅魎とともに逃亡したのだろう、ということになった。


 そしてサリエルだが――。


 彼女は、ガザンたちの策略を防げなかったものの、この町の退魔法師として立派に町の者たちを護り、最善を尽くし、町の結界を張り直しに向かったところで運悪く魅魎と遭遇、殉死した者として扱われた。


 彼女が仮面の者と同一人物である、という証拠はどこにもない。


 レンダーもダーンもエセルから聞かされただけで、厳密には彼女が仮面を外したところも、彼女が自分が仮面の者だと認めたところも見ていない。彼女が魅魎を操っている姿も。

 セシルもレンダーから聞かされただけだ。状況証拠は彼女しかないと推察できるものばかりだったが、確たる証拠がない以上「彼女はそれらしい、何か不審な行動をとったことがあったか」と訊かれたら「いいえ」と答えるしかなかった。


 肝心のエセルはどこへ行ったのか。町のどこを捜してもおらず、町のだれも行き先を知らなかった。「この騒動でこの町は危険だと考えて出て行ったのかもしれない」と言う者が現れ、「あいつはいつの間にかいなくなって、いつの間にかふらりと戻ってきてるんだ」と複数人が証言したこともあり、調書の作成は断念された。


 そもそもが、退魔師はそんなことをしない、という暗黙の了承がある。

 退魔師同士で話し合えば、仮面の者はサリエルで、彼女が魅魎を召喚したのだろう、との意見を多数が支持するだろうが、退魔法師にそんなことができるということが世間に広まれば「退魔法師が結界を張ってくれているから安心」という大前提が崩れて、人々は不安な日々を送ることになり、身近な退魔法師への疑心暗鬼、風評被害が生まれてしまう。

 それは良いことではない、ということから、これまで退魔師が起こした事件の大半のように、真実は秘することとなった。




「……真実を話したところで、この町の人たちは絶対信じないよ」


 死んだサリエルの周りに持ち寄った花を供えている人々の姿を見ながら、セシルがぽつりと言った。

 嘆いている者たちの中には、彼女にけがを治療してもらったと話す人が何人もいる。彼らは、魎鬼におびえる自分たちに、彼女がどれほど献身的に尽くしてくれたか、どれほど安心させようとしてくれたかを、口々に唱えていた。


 命を賭して自分たちを護ってくれた、すばらしい女性。


 彼女の死を悼み、嘆く人々。彼らの中で、彼女は聖人化されるだろう。そんな彼女を悪く言う者は、彼らの怒りと反感を買うだけ。

 それは、これからこの町で退魔師として暮らすセシルにとってもマイナスにしかならない。口をつぐむのが正解だ。


「セシル」

「それに、みんなの言葉を聞いてるとね、そんなすばらしい女性だったんだな、って思うんだ。退魔師としても非の打ち所がない。事実、僕が見たのもそんな彼女の姿ばかりだった。

 だからこうしていると、彼女が魅魎を喚び込んだという、そっちのほうが信じがたく思えてくるんだ。

 実は仮面の者という邪法師が別にいて、そいつは混乱に乗じて姿をくらまし、うまく逃げおおせたんだって」


 セシルは空を仰いだ。

 東の空が白々としてきており、もうすぐ長い夜が明ける。


「彼女がなぜあんなことをしたのか。知りたくないな。知って、もし理解できてしまったら、そっちのほうが怖い気がする。

 そんな狂気は知らないままでいい」


 僕は、退魔師でいたいから。


「そうね。たぶん、あなたはいい退魔師になるでしょう」

「たぶん? なんか頼りないな」

「あなた次第のことが、私に断言できるはずないでしょ。

 私はただ、私の操主にはそうなってほしいと期待するだけよ」

「ふーん。

 じゃあご期待に添えるように、頑張るとするよ。

 とりあえず、町に出た被害の査定と補償についての話し合いかな」


 そうしてサリエルに背を向けて、セシルは百蓮とともに立ち去った。




 エセルがそこを訪れたのは、かなり陽が昇ってからだった。


 すでに彼女との別れを惜しむ人々の姿もなく、ひっそりと台座の上で花々に埋もれているサリエルの手元に、買ってきた香水を置く。

 そして町長の館へ戻り、セオドアを眠らせた部屋へ向かった。


「セオドア。起きてるか? 一緒に食事――」


 ノックをしてドアを開けたエセルは驚愕に言葉を止める。

 部屋の中に、セオドアの姿はなかった。

 机上に置かれた竜心珠の魔導杖はそのままで、寝台の足元に置いてあった荷袋だけがなくなっている。


「あいつ、一体どこへ……!?」



◆◆◆



 そのころ、砂漠を行くとある商隊の荷車の隅にひっそりと、両膝を抱えて座ったセオドアの姿があった。


「びっくりしたよ。イマラもなしに、あんなとこ歩いてるなんて。迎えに行くって約束したから見つけられたけど、行路を外れかけてたから、もしあのまま歩いてたら大変なことになってたかもしれないよ」


 御者台に座ったエイラスが笑顔で話しかける。そこで返答を待つように間を開けたが、セオドアは無言だった。砂防フードを目深にかぶり、表情は見えない。話を聞いているかもあやしい。


「リィアであいつと何かあったの?」


 との質問に、びくっと肩を震わせるのを見て、エイラスは触れてはいけないことだとさとった。


「……ま、いいか。こうして無事合流できたんだし。

 でも、ほんとにいいの? 宮に戻らなくて。そりゃ、僕としてはこのまま隊の一員になってくれたほうが、ずっといいけど」

「…………」


 その質問にも無言のセオドアに、エイラスは肩を竦め、もう何も口にしなかった。




 うす暗い荷車の中、セオドアは抱き込んだ足に指を食い込ませ。もう何も考えたくないというように、膝に額を押しつけた。

ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。


36年前、この『人妖の罠』について構想を練っていたとき。これが最終回でした。

ここで「終わり」となって、この続きはまた別の話、という。


続きの話を魔断シリーズ13とするか、迷ったのですが。

もうエピローグという形でくっつけてしまおうと思いました。


というわけで。「第6章 永劫たる絶望」は今回で終了し、次回からエピローグです。

よろしくお願いいたします。

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