第34回
炎の遣い手同士の不毛とも思える闘いも、終着に向かっていた。
自らが傷つくことを承知の上で、燃える瓦礫片たちの中へ飛び込んだセオドアが、攻撃をかいくぐり、その切っ先を火威へ届かせる。
振り切られる剣。
黒炎噴き出す刀身は後方へ身を退く直前の火威の左肩を割り、そこに埋め込まれていた緋珠を捉えた。
緋珠が真っ二つに割れた瞬間、パリンという小さな音が、空間を震わせるような不思議な音色で響き、緋珠は空気に溶けるように消える。
その音を感じ取れたのは、セオドア、紅刺、レンダー、ダーン、百蓮、そしてサリエルとセシルといった、退魔師だけである。
耳で聴くというよりも、皮膚で感じ取った、そんな感覚だった。
「まず1つ」
――気を抜くなよ。まだ3つ残ってる。
「分かってる」
剣持つ手をにぎり直し、セオドアは宙の火威を見つめる。
距離を取った先で緋珠の消滅を感じ取った火威は、緋珠の消えた左肩に手をあてていた。
だがそれだけだ。自分の命そのものである依り代を失った魘魅にしては、さほど衝撃を受けているようには見えない。
実際、緋珠の消滅は火威にとって織り込み済みのリスクだった。
まさか緋珠を失うとは。信じがたい――とは思わない。この強敵ならば、戦闘中に緋珠を失う可能性も考えに入っていた。
十全の状態であったなら、考えもしなかったリスクだが……。
術師に囚われてから半月あまり。魎鬼たちにシーリンにと、彼女の求めに応じて火威は力を分け与えてきた。先ほど法陣を破るためにも相当な力を失った。
1つ1つは微々たるものとはいえ、失うばかりだ。中でも術師に奪われた緋珠。あれを失ったことが大きい。
これだけの強敵を相手にしながら、そんな状態で闘わねばならないとは。
「……常に万全の状態で望めるわけではない。とはいえ、まったく業腹なことだ」
いまいましげに目を眇め。火威は、炎の壁を張った。
炎が2人の間を別つようにそそり立ち、セオドアの視界を塞ぐ。
だが彼女も今さらこんなものに気圧されることはない。くぐった先での攻撃を予想し、戦闘態勢を維持したまま、煌炎牙の炎に護られて炎の壁を突破する。
しかし想定していたような攻撃は来なかった。
火威は戦闘を放棄したように彼女に背を向け、離脱しようとしている。
依り代を失ったから?
勝てないと考え、逃走に移ったのか?
(違う!)
セオドアはその可能性を一蹴した。
なぜなら、彼が向かっている一直線上には、町長の館があったからだ。
あそこには町の者たちが大勢避難している。――魅魎の求める生気がある!
(彼らを殺して生気を喰らい、力をつける気だ!)
だから町の外で闘おうとの誘導に乗ってこなかったのか、と歯がみする。
館はサリエルの張った結界に護られている。とはいえ、サリエルこそがこの魅魎を呼び込んだ張本人だ。
火威の接近に合わせて結界を解く可能性は十分ある。
(……サリエル)
胸に浮かんだ彼女の姿に、セオドアは奥歯をかみ締める。
退魔法師になったことが誇らしかったと言った彼女。
この町の人々を護ることが誇りだと言った彼女。
そんな彼女が、結界を解くなんてことがあるだろうか?
自分以外の全員が死ねば、すべてなかったことにできる、なんて。
まさかと。そこまで狂ってはいないと思いたかった。
けれども、彼女のしたことで、すでに町の者に被害が出ている……。
「…………」
セオドアは、速度を速めた。
屋根を、壁を、木々を足場とし、全力で跳んで火威を追う。
そんな彼女に向かって火威はハスタ・フランメアを放つ。ハスタ・フランメアによる爆発で炎の防壁を削ぎ、次々と生み出した炎の壁をくぐらせることで、セオドアが追いつくのを阻もうとする。
あと少しだ。
もう少しであの背中に剣が届く。
結界が消えるところなど見たくない。
あそこにはティナがいる。彼女たちがこいつに喰われるところなんて見たくない。
その一心で、視界を塞ぐ邪魔な炎の壁をくぐり続けたセオドアの目には、一歩先を行く火威しか映っていなかった。
全身全霊をこめた跳躍で、最後の炎の壁を突き抜ける。
すぐ先の路上に火威が見えた。
こちらを振り返り、また炎の壁を張って、距離をとろうとしている。
「させるものか!!」
彼に向け、セオドアはまっすぐ剣を突き込んだ。
狙ったのは腹部。そこに埋まった緋珠が一番大きく、一番力を持っているからだ。
狙いたがわず火威の体に剣が突き刺さる。確かな手応え。ついにやったと思った、その瞬間――――。
火威の体は霞のように消えさり、代わりのようにそこにいたのは、サリエルだった。
彼女の剣に腹部を貫かれたサリエルが、その激痛に身を硬直させて立っている。
サリエルの目と、セオドアの目が、互いを映し合う。
「これでおまえの望みはすべてかなえた。
緋珠は返してもらうぞ、術師」
サリエルの耳元で満足げにククと嗤い。
彼女のポーチからすり取った緋珠を手に、火威は宙に間隙を開いて消えたが、その姿も、声も、もはや2人には届いていなかった。
信じられないと見つめるセオドアの前、サリエルはごぼりと大量の血を吐く。
「サリ…………な、ぜ……?」
ここに?
その言葉。彼女の表情に、サリエルは俯いて隠した顔で、心の底から満足げにほくそ笑む。
あなたにとって、永遠に忘れられない傷となって。抜けない楔となって。あなたの中に居続けてあげるわ――セオドア。
ぼやけた視界の中、自分の腹部を貫いている煌炎牙が映る。
震える両手は、剣を抜こうとしたのか、それとも愛しい男を抱き締めようとしたのか――次の瞬間、サリエルの体から、ふっと力が抜けた。
ぐらりと横に傾いだ体を、剣から人に変じたエセルが受け止める。
長剣に腹部を貫かれたのだ。ほぼ即死だったろう。
死んだサリエルの閉じられた目ににじんだ涙を、エセルは目を眇めて見つめる。
そんな2人の前で。
セオドアの手から、竜心珠の魔導杖がこぼれ落ちて石畳を転がった。
「……そんな……。こんな、こと、って…………」
激しく震える両手を見下ろす。
その手は、剣を伝って流れてきた血で赤く染まっている。
サリエルの血。
「あっ……、ああっ。
…………ああああああああああああああああ――――――――っ!!!」
セオドアは絶叫した。




