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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第34回

 炎の遣い手同士の不毛とも思える闘いも、終着に向かっていた。


 自らが傷つくことを承知の上で、燃える瓦礫片たちの中へ飛び込んだセオドアが、攻撃をかいくぐり、その切っ先を火威へ届かせる。

 振り切られる剣。

 黒炎噴き出す刀身は後方へ身を退く直前の火威の左肩を割り、そこに埋め込まれていた緋珠(依り代)を捉えた。


 緋珠が真っ二つに割れた瞬間、パリンという小さな音が、空間を震わせるような不思議な音色で響き、緋珠は空気に溶けるように消える。


 その音を感じ取れたのは、セオドア、紅刺、レンダー、ダーン、百蓮、そしてサリエルとセシルといった、退魔師だけである。

 耳で聴くというよりも、皮膚で感じ取った、そんな感覚だった。


「まず1つ」


 ――気を抜くなよ。まだ3つ残ってる。


「分かってる」


 剣持つ手をにぎり直し、セオドアは宙の火威を見つめる。

 距離を取った先で緋珠の消滅を感じ取った火威は、緋珠の消えた左肩に手をあてていた。

 だがそれだけだ。自分の命そのものである依り代を失った魘魅にしては、さほど衝撃を受けているようには見えない。


 実際、緋珠の消滅は火威にとって織り込み済みのリスクだった。

 まさか緋珠を失うとは。信じがたい――とは思わない。この強敵ならば、戦闘中に緋珠を失う可能性も考えに入っていた。


 十全の状態であったなら、考えもしなかったリスクだが……。


 術師に囚われてから半月あまり。魎鬼たちにシーリンにと、彼女の求めに応じて火威は力を分け与えてきた。先ほど法陣を破るためにも相当な力を失った。

 1つ1つは微々たるものとはいえ、失うばかりだ。中でも術師に奪われた緋珠。あれを失ったことが大きい。


 これだけの強敵を相手にしながら、そんな状態で闘わねばならないとは。


「……常に万全の状態で望めるわけではない。とはいえ、まったく業腹なことだ」


 いまいましげに目を眇め。火威は、炎の壁を張った。

 炎が2人の間を別つようにそそり立ち、セオドアの視界を塞ぐ。

 だが彼女も今さらこんなものに気圧されることはない。くぐった先での攻撃を予想し、戦闘態勢を維持したまま、煌炎牙の炎に護られて炎の壁を突破する。


 しかし想定していたような攻撃は来なかった。

 火威は戦闘を放棄したように彼女に背を向け、離脱しようとしている。


 依り代を失ったから?

 勝てないと考え、逃走に移ったのか?


(違う!)


 セオドアはその可能性を一蹴した。

 なぜなら、彼が向かっている一直線上には、町長の館があったからだ。

 あそこには町の者たちが大勢避難している。――魅魎の求める生気がある!



(彼らを殺して生気を喰らい、力をつける気だ!)



 だから町の外で闘おうとの誘導に乗ってこなかったのか、と歯がみする。


 館はサリエルの張った結界に護られている。とはいえ、サリエルこそがこの魅魎を呼び込んだ張本人だ。

 火威の接近に合わせて結界を解く可能性は十分ある。


(……サリエル)


 胸に浮かんだ彼女の姿に、セオドアは奥歯をかみ締める。


 退魔法師になったことが誇らしかったと言った彼女。

 この町の人々を護ることが誇りだと言った彼女。


 そんな彼女が、結界を解くなんてことがあるだろうか?


 自分以外の全員が死ねば、すべてなかったことにできる、なんて。

 まさかと。そこまで狂ってはいないと思いたかった。


 けれども、彼女のしたことで、すでに町の者に被害が出ている……。


「…………」


 セオドアは、速度を速めた。

 屋根を、壁を、木々を足場とし、全力で跳んで火威を追う。

 そんな彼女に向かって火威はハスタ・フランメアを放つ。ハスタ・フランメアによる爆発で炎の防壁を削ぎ、次々と生み出した炎の壁をくぐらせることで、セオドアが追いつくのを阻もうとする。


 あと少しだ。

 もう少しであの背中に剣が届く。


 結界が消えるところなど見たくない。

 あそこにはティナがいる。彼女たちがこいつに喰われるところなんて見たくない。


 その一心で、視界を塞ぐ邪魔な炎の壁をくぐり続けたセオドアの目には、一歩先を行く火威しか映っていなかった。


 全身全霊をこめた跳躍で、最後の炎の壁を突き抜ける。

 すぐ先の路上に火威が見えた。

 こちらを振り返り、また炎の壁を張って、距離をとろうとしている。



「させるものか!!」



 彼に向け、セオドアはまっすぐ剣を突き込んだ。

 狙ったのは腹部。そこに埋まった緋珠が一番大きく、一番力を持っているからだ。


 狙いたがわず火威の体に剣が突き刺さる。確かな手応え。ついにやったと思った、その瞬間――――。


 火威の体は霞のように消えさり、代わりのようにそこにいたのは、サリエルだった。


 彼女の剣に腹部を貫かれたサリエルが、その激痛に身を硬直させて立っている。

 サリエルの目と、セオドアの目が、互いを映し合う。


「これでおまえの望みはすべてかなえた。

 緋珠は返してもらうぞ、術師」


 サリエルの耳元で満足げにククと嗤い。

 彼女のポーチからすり取った緋珠を手に、火威は宙に間隙を開いて消えたが、その姿も、声も、もはや2人には届いていなかった。


 信じられないと見つめるセオドアの前、サリエルはごぼりと大量の血を吐く。


「サリ…………な、ぜ……?」


 ここに?


 その言葉。彼女の表情に、サリエルは俯いて隠した顔で、心の底から満足げにほくそ笑む。



 あなたにとって、永遠に忘れられない傷となって。抜けない楔となって。あなたの中に居続けてあげるわ――セオドア。



 ぼやけた視界の中、自分の腹部を貫いている煌炎牙が映る。

 震える両手は、剣を抜こうとしたのか、それとも愛しい男を抱き締めようとしたのか――次の瞬間、サリエルの体から、ふっと力が抜けた。

 ぐらりと横に傾いだ体を、剣から人に変じたエセルが受け止める。


 長剣に腹部を貫かれたのだ。ほぼ即死だったろう。

 死んだサリエルの閉じられた目ににじんだ涙を、エセルは目を眇めて見つめる。


 そんな2人の前で。

 セオドアの手から、竜心珠の魔導杖がこぼれ落ちて石畳を転がった。


「……そんな……。こんな、こと、って…………」


 激しく震える両手を見下ろす。

 その手は、剣を伝って流れてきた血で赤く染まっている。


 サリエルの血。



「あっ……、ああっ。

 …………ああああああああああああああああ――――――――っ!!!」



 セオドアは絶叫した。

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