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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第33回

 一刻も早く倒すしかない。

 覚悟を新たにセオドアは火威へ向かっていく。


 本当は町の外へ誘導したかった。館を出た当初、セオドアは砂防壁へ誘導する素振りを見せたのだが、火威は乗ってこなかったのだ。

 燃え上がる街路樹、瓦礫片へと変わる街路、半壊する家屋。

 町の被害は増える一方だ。


 今また火威が街路樹を引き抜いた。メリメリと音を立てて巨大な槍に仕立て、セオドアへ向かわせる。

 煌炎牙の炎――というより周囲一帯の高熱――で枝葉は一瞬にして燃え上がったが、太くて硬い幹は燃え尽きる前にセオドアへと到達する。


 ――セオドア、距離を取れ! 近すぎる!


 エセルの言葉は正しい。この場合、後方へ跳んでかわすべきだ。

 だが防御の炎を貫いて次々と現れるそれらをセオドアは最小限の動きでかわすほうを選んだ。

 燃え残った枝が腕をかすめ、こめかみをかすめても一歩も退かない。


「……行くぞ」


 多少の傷を負うのは覚悟の上と、セオドアはあえて前に向かって跳んだ。そして飛来する炎の樹を足場に、さらに加速して跳ぶ。

 あえて危地に入る、覚悟の表情を浮かべたその姿に、「ほう」と火威は目を細め、くつりと笑んだ。





 彼らの闘いは、町長の館にいるセシルたちにも見えていた。


 夜闇の中、赤く燃える炎は目立つ。

 宙で渦を巻き、猛々しく伸び上がり。威嚇し、けん制しあいながら互いの隙を狙って攻撃する炎の片方の中心にいるセオドアを見たとき。

 セシルは、あり得ないものを見たときのようにぽっかり口を開けてしまった。


「……セオドア、か……?」


 見間違いじゃないかと思った。だが黒炎を吹き上げる剣を手に、銀髪・鉛肌の魅魎と闘っているのは、まぎれもなく彼女だ。


 飛来する瓦礫や炎の槍を全て紙一重でかわし、なお魅魎へと迫り、剣をふるう。その速さ、攻撃的な動きは幻聖宮で彼と剣をまじえていたときとは比べものにならない。

 まばたきもできず、ひたすら、食い入るように彼女の勇姿を見つめる。


「すばらしいわ」


 その声に、視線をとなりに移すと、百蓮もほれぼれするような表情で見上げていた。

 ただしセシルと違い、彼女が注目しているのはセオドアが手にしている剣のほうだ。


「あんなふうに刀身から炎を噴き上げる魔断を見たのは初めて。流動する炎が彼女の周囲を囲って、防御の壁となってる。その上で、攻撃まで。

 セシル、あなたはまだ分からないかもしれないけど、あれができる火炎系魔断は、おそらく宮には1本として存在しないわ。

 本当に、なんて内力なの。あそこまで純度を高めるなんて、あの魔断は一体どれほどの年月を過ごしてきたのかしら」


 心からの称賛の言葉に、セシルがあらためて宙のセオドアへ視線を移そうとしたとき。遅れて周囲の者たちのざわつく声が入ってきた。


 彼らに「セオドアは魔断のいない退魔師」と説明をしていたことを思いだし、しまった、と思う。

 どういう経緯かは分からないが、今のセオドアは魔断を手にしている。魔断がいないから犯行はできない、という前提が崩れてしまった、とあせったが、よくよく見ると、人々の反応はセシルの考えていたものと違っていた。


 驚き、あっけにとられ、ただただ目を奪われている。


(ああ、そうか。彼らは退魔師と魅魎の闘いを見るのはこれが初めてなんだ)


 セシルも初めてだが、知識が入っている彼と退魔について何も知らない彼らでは、やはり感じるものは違うのだろう。


 中級魅魎が町に存在すると、はっきり彼らに知らせることができた。そして魅魎と闘うセオドアの姿も見せられたことから、案外これで彼女の評価が上がって、完全に彼らの疑念を払拭できるかもしれない――そう考えていたときだ。

 闘いに目を奪われている人々の後ろを通って、柵門へと近づく人影が目に入った。

 頭から布をかぶったサリエルだ。


 彼女を逃してはまずい。

 サリエルを見張るためにいるセシルは、百蓮に合図をしてそれを知らせ、彼女から再び長剣を借りると、さりげなく彼女に声をかけた。


「サリエルさん、結界を張りに行くの?」

「えっ? ええ」


 ムラトと話していたサリエルは、突然声をかけられたことに驚いた様子で、びくっと肩を震わせて振り返った。


「1人だと危ないよ。魎鬼がうろついてるし。

 僕が護衛でついて行こうか」

「ありがとう。でも、2人ともいなくなったら、町の人たちが不安になるんじゃないかしら」


 その言葉に、セシルは軽く両肩を上下させた。


「百蓮が残るから大丈夫。彼女1人でも力があるのはみんな知ってるし。それに、今はあの闘いを見るのに夢中で、たぶん僕がいないのに気付かないんじゃないかな。

 あなたも、だから今行こうとしたんでしょ」

「ええ。

 じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。実は、ちょっと不安だったの」


 サリエルはほっとしたように表情を緩ませ、笑顔になる。そしてあらためてムラトに声をかけると、柵門を開いてもらった。


 とても演技には見えないな、とセシルは考える。

 今のところ、彼女は何もおかしなふるまいはしていない。避難時にけがをした人や、病気の人を治療する手伝いをし、おびえる女性や子どもたちを落ち着かせ、夫人たちと一緒に食べ物や飲物を配ったりしていた。

 退魔法師らしい、立派な行動だ。

 先にレンダーから聞いていなかったら、彼女に疑いの目を向けることはなかっただろう。彼女にここの護りを頼み、百蓮とともに魅魎との闘いへ走っていたはずだ。


(それも、まだ半信半疑なんだよなあ……)


 だが、自分の印象はさておき。この騒動が彼女の策というなら、まだ何か仕掛けようとするはずだ。

 魎鬼と中級魅魎を町へ引き込んだ、それだけが目的であるはずがない。『流れ』たちによって魎鬼が狩られ、退魔剣師によって中級魅魎が退魔されかかっているこの状況は、彼女が望んだものでないはずだ。何も手を打たないわけがない。


(まあ、何かしようとしても、僕が止めるけどね)


 相手は人間の女性。見たところ、武器は腰の短剣1本だ。

 セシルはひととおり格闘術を身に付けているし、百蓮の剣もある。もしもほかにも中級魅魎がいて現れたとしても、濼孋牙を喚べば十分対処できる。


 セシルはそう考えていた。


 しかし今の状況はサリエルにとって、想定の範囲内だった。

 彼女の想定外だったのは2つ。

 1つはセシルが今ここにいること。王都へ戻るアキールに、王へ退魔師派遣を要請してはどうかと持ちかけたのはサリエルだった。2カ月前のことがあるから自分や町長の要望書では動いてくれるか分からないが、貴族であるアキールの要請なら動いてくれるだろう、と。

 そこから計算し、到着は明日以降だと考えていた。まさか宮から直接配属させるとは思わなかった。


 2つめは、警吏署付近にダーンがいたことだ。ダーンが警吏たちを救い、事件の目撃者となってしまった。

 サリエルはガザン一味の力を削ぐためにガザンを巻き込んだ。ガザンをこの騒動の黒幕の1人としたかったからだ。ガザンが仮面の者――セオドア――と組んで、町に魅魎を引き込んだ、というものだ。セオドアの動機が不明だが、死人に口なしだ。あとでだれかが適当な動機を思いついて、それで片がつく。

 だがガザンのほうは、息子のダーンがあんなことをしては矛盾が出てしまう。そのことに町の者たちが気付いて不思議に思う前に、事を終わらせなくてはいけなかった。



 あのときは。



(ばかばかしいわね)


 今となってはそんなこと、どうでもよかった。

 一世一代の賭けをして、自分は負けた。それだけ。

 あとはここがどうなろうと、だれが何をどう考えようと、どうでもいい。


「サリ……」


 小さな呼び声がして、そちらを向くと、柵の向こうにティルフィナが立っていた。


「ティナ。寝ていたんじゃなかったの? いつもなら、もう寝ている時間でしょう?」

「こんなになってるのに、眠れるわけないわ。

 それより、どこか、行くの……?」

「ええ。少しだけね。結界を張り直しに行くの。大丈夫よ。ほら、剣士さまもいらっしゃるわ。魎鬼が出ても彼が退治してくださるから、何も怖いことはないの」

「……そう」


 ぎゅっと柵をにぎり締めた手が震えている。


「ほら、お空を見て。見えるでしょう? ティナのおねえちゃんが魅魎と闘ってくれているわ。

 すぐにあの怖い魅魎を退治して、町を元に戻してくれる。シェスタも無事に戻ってくるわよ」

「……うん。

 サリも。すぐ、戻ってきてね……。姉さまみたいに、いなくなったりしないでね……?」


 今にも泣きだしそうな震え声でささやく幼い少女に、きっとこの少女は少女なりに感じ取っているのだとサリエルは思う。


(かわいいティナ)


 サリエルはそっと小さな手に触れて、笑顔でうそをついた。


「ええ。すぐに戻るわ。心配しないで。

 約束したでしょう? 朝にはすべて元どおりって」


 がらんどうになった自分の中にも、まだ痛むところがあるのだと、思いながら……。

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