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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第31回

 退魔剣士には、上級と下級がある。


 その一番の違いは魔導杖と感応し、魔断を得られるかどうかだ。

 感応させられるだけの内力を持たなかった者たちは魎鬼、妖鬼と呼ばれる下級魅魎を専門に退魔する下級退魔剣士とされ、破魔の剣を与えられる。


 数が一番多く、『下級』と付いているためか何かと下に見られがちだが、見方を変えれば彼らが一番過酷で、最も勇気のある者たちだといえる。

 上級剣士や剣師のように魔断という心強い相棒もなく、ただ〈気〉が通せるという剣――しかも強度は鉄剣ほどもない――だけで敵の目前に立たなくてはいけないのだから。


 しかもその敵が身長3メートルもある巨人で、ひと薙ぎで牛もなぐり殺せるような膂力と1本1本が剣のような鉄爪や酸の液を持つとあっては、むしろこれ以上過酷な職もそうはないだろう。


 体格差はそのまま伸ばした腕の差となる。自分の間合いよりもはるかに広い間合いを持つ相手に、安全圏から剣をふるったところで致命傷を与えることにはならず、鉄爪にかするのがせいぜいだ。


 化け物の間合いに踏み込む勇気、そして自分の間合いまでさらに踏み込む勇気が、下級退魔剣士には求められるのだ。


 その上、ダーンはこれが初陣だった。2匹の魎鬼を相手にするには過酷に過ぎる。


 王都の下級退魔剣士から、剣の使い方、〈気〉の通し方については教わった。筋がいい、目がいいと褒められもした。だから次の手を読む力に長けていると。

 だが人間相手の打ち込みと、巨人の化け物を相手の実戦とではプレッシャーからして違う。しかも補助なしだ。


 獲物を奪われそうなった獣が上げる怒りの咆哮だけでも、間近で聞けばびりびりと痛いほど鼓膜を震わせ、心臓をわしづかむ。

 人よりはるかに長い腕は、骨がぐずぐずになってほとんどが筋肉だけでつながっているのか、鞭のように柔軟で、人では到底まねできない角度でたたきつけてくる。

 鉄爪の付いた4本の太い鞭を、その間合いから外れずにかわし続け、どうしてもかわせない場合には覚悟して受けるか、はじくしかない。

 カウンターで攻撃を入れようとしたが、4本の変則的な鞭の動きを見切るのは難しく、相手が数度攻撃をしてくる間にこちらは1度返すのがせいぜいだ。


 まるで変調のすさまじいリズムダンスを強いられているようだった。足を止めることもフットワークを緩めることもできず、テンポは上がり続け、相手の動きに即応する俊敏さを求められる。

 ひとたびステップ(足を下ろす場所)を間違えれば。足を止めれば。手の動きの判断を間違えれば。即座にその報いを受けて引き裂かれることになる。


 すでに何度か危うい間違いを冒していた。どうにかかすり傷でとどめていたが。


「……ッ!」


 今もまた、間違えた。

 その報いというように、右ほおに触れた鉄爪の先端が赤い爪跡を刻む。一瞬遅れて走った激痛と噴き出した血が傷の深さをダーンに知らせたが、今はかまっている余裕はなかった。


 すぐ背後で「ひいっひいっ」と男の声がする。うつ伏せで助けを求めていた男だ。

 魎鬼2匹を倒すなど無理だ。彼が逃げられるだけの時間を稼げたら自分も引こうと最初は考えていたのだが、ここへ来て、初めて男の負った傷の深さを知った。

 両足のふくらはぎがえぐられている。あれでは立つのも無理だ。


 魎鬼は低能だがばかではない。どうすれば獲物が逃げられないか、ちゃんと分かっている。


 前方で、荷物を山のように積んだアラバヤード(手押し車)2つのうち、手前の1つが燃えていた。間に立つ魎鬼たちのせいであまり届かないが、それでも月明かりよりはだいぶ役に立つ明かりだ。


 おそらくこれを作っていて、この男は逃げ遅れたのだろう。ダーンの館で火の手が上がっている。石造りの家屋ばかりなので足は遅いが、いずれここに到達するかもしれない、との不安がさせたのだろうが……。


 男も必死に両腕を使い、這って逃げていたが、遅い。

 もうこれ以上下がることはできないと、ダーンは覚悟を決めて足を止める。

 彼のその動きに、魎鬼も彼の決意に気付いたか。

 それをあざ笑うように、2匹の表情が変化した。といっても、腐った肉でどろどろに溶けた顔面では、大して変わっているように見えなかったが。


 4本の腕が同時に振り下ろされた、そのとき。

 手首が一列に並ぶ一瞬を狙ったように投擲された鎖が4本の手首に巻きついた。


 鎖はすぐさま強く引っ張られて、思いも寄らぬ力にバランスを崩した魎鬼は石畳の路面へ重なり合って倒れる。

 その鎖をたどって出所にいるのがレンダーであると知ったダーンは、ほっとした表情を浮かべた。


「レンダーさん」

「気を抜くな。安堵するには早い」


 鎖を片手に移したレンダーは、空いた手で飛びナイフを投げる。飛びナイフは、もつれ合い、我先を競いながら起き上がろうとしていた魎鬼の片方の目を突いた。

 ギャア、と怪鳥のようなダミ声を発した魎鬼は仰向けになって転がる。

 起き上がられる前にと、レンダーとダーンはそれぞれの足で肩を踏みつけて固定し、2匹の首を落とした。


 自身の強酸で溶けていく魎鬼の骸に、ようやく一息ついて互いを見合った。


「レンダーさん、ご無事でなによりです」

「おまえもな。

 けがはそれだけか」


 レンダーが自分のほおに指をあて、縦に線を描く。

 言われて思いだしたようにダーンは自分のほおに手をやり、指についた血を見た。


「ええと。あちこち痛いですが、一番痛いのはここですね」

「痛みが感じられるなら大丈夫だ。手も足もちゃんと動けている」

「そうですね」


 その大ざっぱな見立てに、つい、苦笑が漏れたときだ。


「……終わったの……?」


 路地のほうから聞こえてきた、シェスタのくぐもった声に、ダーンが「終わった」と答えると、涙をためて、両手で口を押さえていたシェスタが闇の中からよろよろと立ち上がって、彼の元へ走ってきた。


「ダーン……! よかった、ダーン!」


 彼女の震える体を抱きとめたダーンは、「もう終わったよ」と耳元で再び繰り返す。そして同じく、路地の隅からこちらをこわごわのぞき見ている2人の小間使いたちに視線を向けたとき。

 ダーンの視界に、ちらちらと燃える火の粉のようなものが入った。


(火……?)


 館からの炎がここまで到達するにはまだ時間がかかりそうだと思っていたが、案外と足が速かったのか。


 風に乗って飛んでくる火の粉を追うように館の方角を振りあおぐ。


 ダーンたちの目に入ったのは、互いに燃えさかる炎の輪に囲まれながら、屋根や壁を足場に併走して闘う白金髪の少女と銀髪の男――セオドアと火威の姿だった。


ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。


破魔の剣1本渡されて出立させられるわけですが、それしか武器を持ってはいけないというわけではなく。

20年近く生き残ってきた剣士らしく、レンダーはさまざまな、それでいて剣をふるうときの邪魔にならない、軽量で小さな投擲武器を自分用にカスタマイズして身につけています。

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