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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第30回

●ダ ー ン


 西棟地下から這い出た魎鬼たちは、館の者たちを一瞬で死の混乱に陥れた。


 館は中央玄関とロビーを挟んで東西にそれぞれ棟があり、中2階の踊り場と渡り廊下でつながっている。1階は主にガザンの雇った、あまり素性のよろしくない用心棒たちの居室兼たまり場となっていて、特に西棟に設けられていた遊戯場が彼らの常駐場所となっていただけに、最初の被害者となったのは彼らだった。


 彼らはそれなりに場数を踏んできたと自負する者たちだった。武器も使える。人を殺すことにためらいもない。それがある意味被害を拡大させたと言える。そういった見当違いの自信がなければ、その場に踏みとどまって対抗しようとしたりせず、ただの使用人たちのように逃げの一手に出たはずだ。


 取るものも取りあえずひたすら逃げる者、大切な物だけでも持ち出そうと自室へかけ込む者、腰を抜かして動けない者、わけが分からないまま魎鬼に立ち向かおうとする者。

 そういった者たちが上げる絶望からの悲鳴、裂帛(れっぱく)の声があちこちから聞こえる中、ダーンはシェスタの元へ行き、彼女の部屋にいて、震えながらも彼女を護ろうとしていた小間使いの女性2人を連れてどうにか館を脱出、夜の町を走っていた。


 向かう先は町長の館しかない。結界が張られたそこだけが、この町で唯一安全な場所だ。


 問題は、そこまでの道中だった。

 この町は朱の広場を中心として放射状に大通りが走っていて、分かりやすい反面開けているため見つかりやすい。1つ道を外れれば、壊滅からの復興後に増設に増設を重ねたせいで細くでこぼことした道が生まれ、奥へ行くほど迷路化してしまっている。壁や渡り廊下などで家屋同士がつながっているものも多く、そのためあちこちに光の届かない暗闇が生まれていた。

 最短で町長の館まで行くには、そういった闇路地をいくつか突っ切らねばならない。


 ただでさえ弱くて細い月明かりの中だ。しかも女性が3人。人喰いの化け物を間近で見るのは相当な恐怖だったろう。しかも喰われたのは自分たちの仕事仲間。

 目に涙をためて、がちがちと奥歯を鳴らすだけで、大声でわめいたり泣き出さないのは立派だが、もういっぱいいっぱいなのは見てとれた。


 それにはシェスタの力もあるだろう。自分も心細いだろうに、2人の小間使いの手をとり、慰め、勇気づけようと声掛けを欠かさずにしてくれている。そのおかげで、ダーンは索敵に集中でき、大いに助かっていた。


 逃げる者を追って、町へあふれ出た魎鬼がどれほどいるか不明だった。

 館の地下へ入ったのは仮面の者に話をつけに行った、あのときだけだったが、大体の部屋の間取りは把握していた。

 一番大きい部屋は中央で、そこは仮面の者と中級魅魎が使っていた。それ以外の3つの部屋を最大全部使っていたとしても、せいぜいが8~10匹というところだろう。しかし全部の部屋に法陣を張っていたと考えるには無理がある。

 町をおおう巨大な法陣に中級魅魎用、そして魎鬼用に3つ。それをずっと張り続けられるほどの力の持ち主であるなら、そもそもこんな僻陬の町に配属させられるはずがない。


 10匹はいない。

 ただし、生気を欲しがるやつらが、大勢の人が集まっている町長の館に引きつけられないはずがない。


 逃げ出した者たちが逃げ込もうとする場所もそこ、魎鬼が向かう場所もそことなれば、鉢合わせする確率は高い。


 町長の館までは、通常ならダーンの足で30分とかからない。だが今は女性連れで、索敵しながら慎重に進まなければならないため、その倍の時間をかけても到着できるような気がしなかった。


 ダーンが考えていたように、進むにつれて通りのあちこちから悲鳴と、獣のうなり声や物が破壊される音が聞こえてきた。その中には、道1本挟んだ向かいの建物の隙間からだったこともあった。


「逃げろ!」

「化け物だ!」

「来るなあああああっ!」

「助けてくれええ!!」

「だれか……」

「たす、け……」


 息も絶え絶えな絶望の呼びかけが聞こえる。見ると、通りに顔から血を流した男が腹ばいになっていた。路地にいるダーンたちに気付き、手を伸ばしている。目が「助けてくれ」と懇願している。

 不可能だ。すぐそばに魎鬼が2匹もいる。今駆けつけても助かるかどうかは五分五分。それより、助けられなかったとき、それはダーンの危機だけでなくシェスタたちの危機となる。騒ぎを聞きつけた魎鬼たちが集まってくる可能性も高く、そうなればだれ1人助からない。


 しかし、ならば、なぜ自分は剣を習い続けた?

 同じ学院の者たちから労働者階級の卑しい人間と嘲笑されようとも剣を手放さなかったのは、いつか、こんな自分でもだれかを救える存在になりたかったからじゃないのか?

 そうしたら、少しはマシな人間になったと思えるかもしれない、と……。


 ずっと、父のガザンには、おまえは夫を裏切った売女の子だと言われてきた。父親は、どこのだれとも分からない素性の卑しい者だと。それと知りながら、自分の息子として育ててやったのだと。


『そんな人非人2人の血が、おまえには流れておる。おまえ自身はそうでないというなら、それを証明し続けなくてはならん』


 子どものころに言われたその言葉が、ダーンの戒めとなっていた。

 今では、ガザンが彼を操るための駒としてそう思い込ませようとしたのだと分かっている。けれど、子どものころに植え付けられた種はすっかりダーンの中に根を張ってしまっていた。

 どうしようもない。


 ダーンは振り返り、シェスタの手をそっと取った。


「シェスタ。ここでじっとして、何があっても声を出さず、動かないように。

 できるね?」

「ダーン……」


 自分を見つめる目と、優しく手の甲を撫でる指に、彼が何を考えているかシェスタにも伝わった。

 行かないで、と言いたかった。だけどぐっとこらえ、その言葉を飲み込んだ。


 だってあなたは、行きたいのでしょう?


「ええ。できるわ」


 シェスタは彼が望む言葉を口にして、偽りの笑みを浮かべた。幼い日のように。

 もちろんダーンにもそれは伝わっている。だから彼は「ありがとう」と言って頬に口づけると、次の瞬間立ち上がり、通りへ走り出た。

 決意の視線はまっすぐ魎鬼を見据え、右手は腰に佩いたカディスの剣の柄をにぎる。

 そうして彼は走った。

 駆け寄ってくる彼の姿に希望を見出して手を伸ばす男の背後、彼を引き裂こうと右腕を振り上げた魎鬼へ向かって。

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