第27回
●第三の退魔師登場
爆発は、ほとんどの者が想像したとおりに北西の外門で起きていた。
もうもうと立ちこめる砂煙は火薬のにおいを含み、爆発物が使用されたことを物語っている。
砂漠の砂避けのかぶり布とマント、旅装束という味も素っ気もない服装をしていても分かる、類いまれな青銀色の髪と瞳をした絶世の美女が、こほこほと咳き込み、顔にくる煙を手で払いながら、それをした前方の少年に小言を言った。
「ちょっと火薬の量が多すぎたんじゃない?」
「少ないよりマシだろ」
少年は振り向きもせず、肩を竦めて答える。
「ちゃんと目的は果たせたんだから」
「それはそうだけれど……」
美女は、十分距離を取りながら足元まで飛んできている破片を見下ろして、ため息をつく。
「これじゃああとあと修理が大変だわ。きっと私たちの印象最悪ね」
「しかたない、今は火急のときだ。町の者が文句を言ってきたら、少しくらいは耳を貸してやるさ。
それより、視なよ」
自分の設置した爆薬によって破壊された門をくぐり、中へ入った少年は、美女の注意を促す。
「思ったとおりだ。魅魎の気配が濃い。魅魎出没はただのうわさ話だ、なんて、大ぼら吹かしやがって。一体どこの口が言ったんだか」
少年のいら立ちに、美女も「そうね」と同意する。
彼女にも町のあちらこちらで魅魎の気配が感じ取れていた。
「これだけの数、中級のはずがないからきっと魎鬼か妖鬼の類いでしょう」
「これが中級だったら僕は今すぐ回れ右して逃げるよ」
1人でも厄介なのに、数人いるとか。とても自分の手には負えない、との少年に、美女はくすくす笑い「うそばっかり」と答えた。
そして少年のほおを、ぽんぽんと軽くはたく。
「あなたは逃げたりしないでしょう、セシル。私が「あなたには無理。逃げなさい」と言ったところでね」
姉が弟を褒めるような、愛情のこもったその仕草に、少年はきまりが悪そうな顔をして、ふいとそっぽを向く。
「でも、確かにこれだけの数は私たちの手には余るわね。それに、気付いてるわよね? 正面、奥で、一際強い魅魎の気を感じるわ」
「ああ。あれは間違いなく中級だ。とんでもない気を発してやがる」
そうつぶやいた直後、噴き上がる炎らしき明かりが夜空を明るく照らすのが家屋の屋根を越えて見えた。
(だれか闘っている? リィアには剣士も剣師も配属されていないはずだけど……。
まさかセオドアが?)
少年・セシルはちらと浮かんだその考えを、次の瞬間一蹴した。
あり得ない。確かに彼女はリィアへ行くと言っていたが、彼女には魔断がいないのだから、闘えるはずがない。
「それで、どうする? 伝文が届いているなら、たぶんあと2時間もしないで王都からの後続隊も到着するでしょう。中級がいることも確認できたし、彼らと合流してからという手もあるわよ」
美女の提案に、一考するようにセシルは少しの間考え込んだあと、「いや」とその考えを否定した。
「まず町長の元へ行こう。彼と、この町に配属されている法師がまだ生きていたら、その人からも事情を聞く」
おそらく法師はいない、とセシルは考えていた。
町に結界は張られていなかった。それを知ったからこそ、彼は外門が開かれる朝を待たずこんな手荒い手段に出て、町へ侵入することを決めたのだ。
町を結界で護る法師がやられ、中級魅魎が町へ入り、魎鬼たちを放って虐殺させている。町や村といった定置が襲撃されるときの、典型的なパターンだ。
「もし彼女がいるならそこに避難しているはずだから、彼女からも話が聞けるだろう」
「彼女? ああ、セオドアね。
そうね。道中もあなた、まだ彼女が向こうにいたら会えるかもしれないってちょっとうれしがってたものね」
「うれしがってなんかないっ! 勝手な想像をするな、百蓮!
僕はただ、予定外に出立が早まったけど、それならそれでこっちで手合わせできるかもなって考えてただけだ!」
顔を赤くして早口でまくし立てるセシルに、百蓮と呼ばれた美女はくすくす笑って「はいはい」と応じる。
その姿にセシルは全く面白いところなんかないと、不満げに片ほおをふくらませ。逸れた話を正すように、こほっと空咳をして歩き出した。
「とにかく。町長の館へ向かう。町の地図は頭に入ってるだろ、百蓮。
ま、途中で遭遇した魎鬼を、ついでに何匹か片付けていくのもいいかもな」
今思いついたかのようにそう付け足して。歩きはすぐに走りとなる。
前を行く少年の右手が腰の破魔の剣に添えられているのを見て、「うそばっかりね」とつぶやき、百蓮はまたもくすくす笑ったのだった。
◆◆◆
町長の館へ向かう道中で、セシルたちは魎鬼と闘うレンダーと出会った。
リィアに剣士はいないと知るセシルは、すぐに彼を『流れ』の剣士と見抜く。そして彼の剣が折れているのを見て、すぐさま助勢に入った。
セシルはこれが初陣だったが、1人で手こずる魎鬼でも2人なら難なく対処できる。
秒で片付けて、刀身に付着した酸液を拭いながら互いに名乗り合うと、セシルはレンダーから町の状況について聞いた。
「……つまり、これは町の法師が起こした事件だと?」
聞かされた内容にセシルが最初に示したのは嫌悪だった。
「そんなばかなことがあるものか! 退魔師なんだぞ! 退魔師がその力を悪用して魅魎に町を襲わせるなんてばかな話、聞いたこともない!!」
かみつくように反論してくるセシルを見て、レンダーは、若いな、と思う。
似たような事件を、これまでにもレンダーは耳にしたことがあった。民衆に知られたら大ごとになる、人聞きが悪い、と秘匿され、大きな話になっていないだけだ。
そうならないように、幻聖宮は訓練期間中厳選に厳選を重ねて、それらしい要素を持つ者は排除してきているが、到底排除しきれるものではない。それが人というものだからだ。
「確証はない」
ここで説教をすることでもないと、レンダーは反論を避けた。
どうせ世俗にもまれるうちに、いやでも気付くことになる。
「私は彼女と会ったこともないし、魅魎を操る姿を見たわけでもない。
町に魎鬼が現れたので排除している。それだけだ。
彼女は町長の館にいるとのことだ。彼女から直接聞くといい」
その言葉に、セシルは留飲を下げた。
「分かった。そうするよ。それまで結論は保留だ。
ところで、その剣だと不便だろう。僕のを使うといい」
剣を鞘に収め、剣帯から外して差し出す。
それを見て、レンダーは難色を示すように渋い顔をしたが、
「貸すだけだ。ちゃんとあとで返してくれればいい」
との言葉に、「分かった。使わせてもらおう」と受け取った。
レンダーと別れたあと。セシルは百蓮に向き直った。
その表情はレンダーといたときとは逆に、眉間にしわを寄せたものとなっている。
「今の話、どう思う?」
「そうね。忌憚なく言うなら、あり得ることだと思っているわ。少なくとも、できないことじゃない」
「……そうか」
「あなたがうまく飲み込めないのは、動機が分かっていないからよ」
「たぶん。でも、聞いたところで理解できるとも思えないんだけどね。
ああ、くそっ。なんでこんなこと……」
はーっと重い息を吐き出す。
着任早々に、なかなか面倒くさいことに直面しそうだとの、彼の心を読んだ百蓮は、いたわるような視線で彼を見つめる。
「そうしょげないで。私がそばにいるわ。どんなときも一緒よ」
「……うん。ありがとう。
じゃあ、行くか」
気を入れ替えるように、背筋を伸ばして。セシルは再び町長の館を目指してレンダーとは別の道へ走り出す。
「あ、でも」と百蓮が、思い出したように後ろから付け足した。
「あなた、自分の剣を彼に渡しちゃったけど、私、魎鬼で汚れるのはまっぴらだから。呼ばないでね」
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。
はい、現れたのはセシルと百蓮でした。
こいつらだれ? と思われた方。
ぜひ「第1章 終焉たる開幕」第1回、第11回~第12回辺りを読み返してもらえるとうれしいです。




