第24回
セオドアは法陣の描かれた部屋の一番奥にいて、左腕を鎖で壁につながれて倒れていた。
腕を止めた金属輪の内側には革が巻かれていて、多少暴れてもけがをしないようにされている。それが配慮なのか、それとも何か思惑があってかは不明だ。
横向きになった顔の近くに白い仮面が落ちていた。飾りけのない、目を出すための穴が空いているだけの、安物の仮面だった。
これの意味するものは何だろう? エセルは数秒の間考える。
仮面の者についてはダーンから報告を受けていて、サリエルだとの見当はついていた。それがここに落ちているということは、やはりセオドアに罪をなすりつけるつもりだったということか。
事が終結したあと、魎鬼が現れた館の地下からセオドアの死体が見つかる。そばに落ちていた仮面から――生き残った者たちは仮面の者について供述しているだろうから――セオドアが主犯とみなされ、魎鬼の管理に何らかの不手際があってあんなことになり、そして彼女自身も魎鬼に殺されたに違いない、という筋書きか。
だがそれなら、魎鬼のいた部屋へ放り込むだろう。法陣の中へ匿っているのは不自然だ。
(魎鬼の部屋へ入れたら数秒で跡形もなく食い散らかされて、発見されることもなくなるからそれを避けて、処置を火威に任せた、という見方もできるか)
それとも、何かほかに考えがあってのことか……。
火威はこれまでずっとサリエルの言うことに従ってきた。従順とは言い難かっただろうが、それでも彼女の命令には逆らわなかったはずだ。
火威の法陣も時限式で、時間差で解放される。すると、一番近くにいるのが退魔師のセオドアだ。まぶしい、光り輝く生気をたたえた彼女は魅魎にとって極上の獲物に映るのは間違いない。事実、昼間彼の提案を蹴ったとき、それらしいことを火威は口にしていた。
人の言いなりになってきたこれまでの鬱屈を晴らし、失った力を取り戻すには十分な報酬、とも考えられる。
エセルへの腹いせに、救出に来た彼の目の前でセオドアを火威に喰わせるつもりだった?
それが一番あり得ることだ。
まさか、それを火威自身が放棄するとは思いもしなかっただろう。
「セオドア」
エセルは急ぎ床にひざをつくと持っていた荷物を床に置き、空いた手でセオドアを抱き上げた。開いたままだった荷物の口から竜心珠の魔導杖がこぼれ出ていても気にしなかった。
彼には、彼女が生きていて、どこも傷を負っていないか確認することが最優先だった。
セオドアは眠りながら泣いていた。
閉じられたまぶたからこぼれた涙がエセルのひざを濡らす。
「セオドア、起きろ。目を覚ませ」
肩を揺すろうとした、そのときだ。
「……このまま、死なせてくれ……」
セオドアが苦しそうにつぶやいた。
声も弱々しい。
こんなセオドアを見るのは初めてだった。
眠りながら泣いていたことといい、彼女がどんな悪夢を見ていたかが分かって、エセルは眉をしかめる。
「わたしは……罪人だ。わたしが殺した……」
「違う! おまえのせいじゃない!」
カッときて、エセルは叫んだ。
「あれをしたのは魅魎だ! おまえじゃない!」
「あの子を殺したのはわたしの剣だ。わたしが管理を怠ったせいだ。
愚かな、わたしのせいで……」
それに、宮まで巻き込んで……。
セオドアは声を詰まらせた。
自分には、泣く資格もない――彼女がそう考えているのはあきらかだ。
そう思っているのに、涙が止まらない。
エセルが自分を見ているのを感じ取っているのだろう、こんな姿を見られたくないと思い、両手を目に押しつけて隠そうとしていたが、その端から涙はあふれ出た。
「違う! おまえじゃない!」
エセルはもう一度、言いきった。
手をつかみ、顔の上から外させる。
「剣は武器だ! 人を殺せる! だがそれをどう扱うかは、その剣を手にした者次第だ! それが何に、どう使われるかは扱う者にこそ責任がある!
剣の持ち主がおまえだからといって、おまえがそいつの責任を肩代わりするいわれなんかない!」
でなかったら、そもそもその武器を創った者に全責任がいってしまうじゃないか!
「あの子を殺したやつは、おまえを犯人に仕立て上げたかっただけだ! そんなこと、俺に言われなくても分かってるだろう!
おまえは管理と言ったが、たとえだれでもその武器が手に取れる状態にあったとしても、そこには手に取らない、これで人を殺さないという選択肢がある!
いいか? 自由な選択肢がある時点で、殺人はおまえの責任じゃないんだ!」
部屋に放置していた時点で、管理責任はあったかもしれない。しかしそこから先の、殺人までの責任を負う必要なんかない。
どうしてそんなことも分からないんだといらつきながらも、とことん真面目なセオドアらしい、とも思う。
「むしろおまえは怒っていい! いや怒れ! 何もしていないのに、殺人者の汚名を着せられたんだぞ! その上、脱走犯と言われて! こんな所へ閉じ込められて!
俺なら1分と我慢しないぞ! 今すぐこんなことをしでかしてくれたやつの元へ行ってぶん殴ってやる!」
そしてみんなの面前に突き出して、洗いざらい吐かせて、ついでによくも疑ってくれたなと全員に説教だ!
気炎を吐くエセルに、ついにくすくす笑いがセオドアの口から漏れた。
「有無を言わさずか。目に見えるようだな。おまえらしい……」
そしてゆっくりと目が開いた。
濡れそぼったまつげの中、涙にきらきらと輝く碧翠の瞳が真正面からエセルを映す。
ああきれいだと、エセルは見とれながら彼女の頬に指をすべらせて、目尻に残っていた最後の涙をぬぐう。
だがその瞳は同時に、背後の火威におそるべき真実をさとらせていた。
セオドアの瞳を目にして、驚きに見開かれた火威の目が、ついでエセルの脇から見えている、荷袋からこぼれた竜心珠の魔導杖へと流れる。
「きさま。
そうか。その気に、気付けなかったとは迂闊な……。
きさまだったか、ジンユウ」
椅子から立ち上がった火威の気が、爆発的にふくれ上がる。
突然の強烈な殺意に気付いて急ぎそちらを見た2人の前。
爆発した炎が部屋ごと法陣を吹き飛ばして、なお2人へと迫っていた。




