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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第19回

 拍手が消え、かわるようにコツコツと、ヒールが石畳に当たる音がする。


 暗然とした通りの向こうから近づいてきたのは、胸元まで垂れた横三つ編みを揺らしながら歩く若い女性だった。


(アーヒムが目撃したという女か)


 レンダーは驚きも恐れもせずにそちらへ向き直り、彼女を観察した。

 太陽の光のような白金色の髪と白桃の肌。女性にしては長身で、少し痩せ気味な体は、一見少年のように見える。そしてきつめの顔立ち。

 ぱっと見ただけなら、彼女をセオドアと思うだろう。

 だが退魔師は、まず相手の『目』を見る。


 網膜も角膜も判別つかない、地底の果てにあるという常闇を嵌め込んだかのように何も映さない闇の両眼は、魅魎のものだ。


 現れた魅魎はレンダーをねめつけて、興奮したように赤い舌でちろりと唇を舐めた。


「3分の1」


 と、女は言う。


「3人のうちだれが来るか、賭けだったわ。そして現れたのはあなただった。

 あたしって、運がいいのよね。火威さまにも会えたし」


 その声にレンダーは聞き覚えがあった。踊り子のような派手な服装にも。

 警吏署で対峙した、あの魅魎だ。

 あのときは知らなかったが、事件についてダーンやエセルから聞いたことから、彼女が焼死したレマの義娘で現在行方不明となっているシーリンだと分かっていた。


 今朝早く、義母と言い争って家を飛び出したという。おそらくその後、魅魎に捕らわれ魘魅にされたのだろう。


(彼女の主人の名は火威、か)


「なぜセオドアの姿をしている」


 問いに、シーリンは素っ気なく肩を竦めた。


「この姿になれって言われたから。

 おかしいわよね、絶対元のあたしの姿のほうがきれいなのに。

 でも、しかたないわ。あんな女の言うことをきくのは癪だけど、火威さまがそうしろって言うんだもの。

 ねえ、そんなことより」


 ふふっと笑った彼女の周囲に、たいまつのような炎が次々と灯る。


「ずっと退屈だったの。

 さあ、昼間の続きをしましょう」


 その言葉に、レンダーは無言で剣をにぎり直し、切っ先を上げた。





 赤い炎が夜の闇に突如として浮かび上がる。

 炎は()ぜて宙を飛び、大小数十の火の粒が八方に散った。


 その光景は美しいが、その炎を浴びる側となれば、悠長に見惚れたりはできない。しかもその火の1つ1つが、着弾と同時に爆発するのだから。


 砂漠の中にある町や村に住む者は、見る楽しみと日陰を求めて街路や家屋の周囲によく緑を植える。

 リィアの者たちも例に違わず、ちょっとした花壇や鉢植えをあちこちに配していた。

 今、それらは火弾を受けて割れ、燃えながら家屋に火を移し。火弾の貫通した街路樹は炎の柱と化して燃え上がっている。


 それらに周囲を囲まれた中で、レンダーは炎の熱波にちりちりと、露出した肌を焼かれるような痛みを感じながらシーリンと闘っていた。


「いいのか? おまえの生まれ育った町だろう」

「べつにかまわないわ。こんなシケた町がどうなったって、あたしには関係ない」

「そうか」


 剣士が超常能力を使う魅魎と闘う上で、剣の間合いを維持しなくてはいけないのは当然のことだ。さもなくばなぶり殺しにされるだけ。

 しかしここは路上で、先の警吏署の廊下のように移動が制限される場所ではない。それどころか周囲で燃える炎を避けて火弾を()けなくてはいけないレンダーのほうが、今度は移動を制限されている。

 そのことがレンダーの接近をさらに難しくさせていた。


「あはははっ! どうしたの? そんな所にいては、いつまでたってもあたしに触れることもできないわよ」


 迫る火弾をはじいて間合いへ走り込もうとするレンダーをあざ笑って、シーリンは軽々と宙を舞い、彼から距離をとる。その体はまるで空気のように身軽だ。長い手足、しなやかな肉体のバネを使って、まさに踊るように連動した動きでレンダーを寄せ付けない。

 しゃらしゃらとコイン飾りを鳴らして屋根の上に降り立つと、路上のレンダーを蔑みの目で見下ろした。


「それはおまえもだろう。派手な攻撃をしてはいるが、1発も私に当てられていないではないか」

「あら。あたしはわざと当てないであげてるのよ。すぐに終わらせちゃったら面白くないじゃない。

 あなたにはせいぜい苦しんでもらわなくちゃ」


 どうやら昼間の警吏署でのことがよほど屈辱だったらしい。

 思いだしたのか、ぎり、と歯ぎしりをするシーリンから目を離さず、レンダーは息を整える。


「そんなことをしている暇はあるのか? これだけ派手に暴れていては、人が来るかもしれん。せっかくそうして彼女の姿でいるのに、この様を見られたら計画がだいなしだろう」


 この魅魎にセオドアの姿をさせているのはセオドアの仕業に見せかけるためだ。

 わざわざ説明されずともそんなことはシーリンも百も承知だろう。

 だがこの年若い魘魅は、レンダーが思っていたとおりのことを口にした。


「あの女の考えなんか、知ったことじゃないわ。

 あたしはあたしのやりたいことをするの」


 我欲優先。実に魅魎らしい。

 そんなシーリンが気まぐれに放つ雨のような火弾のことごとくを、レンダーは剣ではじき飛ばした。


 シーリンからの攻撃に彼は冷静に対処していたが、実のところ、彼のしているこれは良策とは言い難い。

 彼の武器は破魔の剣だ。破魔の剣は、内側に気を通す〈道〉を開かれた剣で、組成が変化しているがゆえに通常の鉄剣よりわずかに脆い。

 魎鬼の体を斬るたびにその強い酸を浴びていることもあって、彼の剣はかなり傷んでいた。

 そんな状態で、まともに当たれば硬い樹の幹を貫通する威力の火弾を受け続ければどうなるか。結果は火を見るより明らかだ。


 真正面から飛んできた火弾をはじこうとした直後、衝撃に耐えきれず、ついに剣が音を立てて半ばから割れた。


「……くッ」


 剣を割ったことで威力が弱まり角度の変わった火弾が肩をかすめていく。長上着(フードマント)に燃え移った火を、レンダーは路上を転がることで消した。

 その姿を見て、シーリンがここぞとばかりにあざ笑う。


「そんなふうにあわてて地べたを転がって! 無様ね! 今のあなた、すっごく無様だわ!」


(若い魘魅だ)


 若いから、こういったミスを平然と(おか)す。

 転がった先のレンダーが攻撃態勢を維持していることを、まず警戒しなくてはならないだろうに。


 レンダーは嘲笑に耳を貸さず、彼女がそうしている間に懐から出した3本の小型の飛びナイフを素早く飛ばした。

 飛びナイフはまっすぐシーリンの腹部へと突き刺さる。


 魅魎である彼女には、こんなもの、痛みすら感じないだろう。

 しかし腹部へ刺さった衝撃に、何が起きたかと視線を下へ落とす。


 彼を視界から外した、その一瞬をついて、レンダーは走り、燃える木を足場にして屋根へ跳躍すると、剣を突き込んだ。


「! なによ、こんなもの」


 急ぎ顔を上げたシーリンは、風をはらんで目隠しのように広がった長上着(フードマント)に、一瞬目を瞠る。が、そこから突き出された剣が途中から折れたものであるのを見て、再び口角を上げた。

 こんなもの、簡単に避けられる、と。


 ほんの少し、体を横にずらすだけでいい。

 大きな動作は必要ない。

 そんな、大げさに逃げたりすれば、あわてていると知らせるようなもの。このむかつく男を喜ばせるだけだ。


 だがその思考すらも、レンダーには読めていた。

 割れた剣の先はかぎ状となって、横に身をずらした彼女の首から浮いた首飾りの紐を引っかける。


 横目にそれを見て、あ、とシーリンは思った。


 紐が切れて、飛んだ首飾りに、思わず手を伸ばしていた。


 なぜそうしたのか分からない。

 宙を舞った首飾りをうまくつかめてほっとした瞬間――彼女は、レンダーの剣で胸部を背後から刺し貫かれていた。


 埋められていた緋珠が破砕する。


(なぜ……)


 自分のとっさにとった行動が分からないままに、ただ、首飾りを受け止められたことに安堵して、シーリンは斃れた。

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