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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第15回

●破滅のはじまり



「魅魎だ! 魅魎が出た!」


 その声が上がったのは町の西側にある住宅地区で、アーヒムはちょうど店舗兼自宅の戸締まりをして、みんなに加わろうと向かっているところだった。


 正直、行きたくなかった。

 彼らが吊し上げようとしている女性を彼は知っていた。

 詳しく知っているかと言われればそうでもないが、しかしあいさつをして、二言三言言葉をかわした。


 無愛想だな、とは思ったが、幼い子どもを焼き殺すような女性には見えなかったし――とはいえ、じゃあ人を焼き殺すような者はどんなふうに見えるんだと訊かれると困るのだが――彼の料理をおいしそうに食べてくれたし、きれいに完食してくれた。それだけで、アーヒムにとって、いい人ポイントが高い。


 だからレマとエマが殺されたと聞いたときは驚いたし、それをしたのが彼女だと聞いたときは半信半疑だった。


 2人も人を殺したあと、あんなふうに平然と談食できるものだろうか?

 そう思ったが、確証はない。あくまで、自分はそう思った、というだけだ。


 しかし彼女が連れて行かれた警吏署が燃やされて、さらに死傷者が出たことで、町のみんなは激怒していた。彼女の逃亡先として、町長が関わっているに違いない、彼女を呼んだのも町長だ、彼に責任を取らせるんだ、というのはいささか暴論に聞こえたが、同じ商区会の者に「おまえも来い!」と言われて、無視するわけにもいかなかった。


 行かなければ、あとでどううわさされるか知れたものじゃない。

 商売に差し障りが出るのはまずい。


(こういうのは苦手なんだよなあ)


 町長の館へ向かっているのだろう、通りを走っている者たちの姿を窓から見て、とりあえず同じように刃物を取り出したが、つくづくと眺めて、やはりやめようと元に戻した。

 彼にとってそれは料理をするための物で、人を刺したり、脅しに使うような物ではない。


 カンテラだけを手にして、外へ出る。

 すっかり暗くなって、人もまばらだ。ドアに鍵をしていると、「よう、アーヒム」と声をかけられた。腰に吊したカンテラを揺らしながら歩いているのは、3軒向こうで肉団子串の店を営むシャヒールじいさんだった。


「じいさん、あんたも行くのか」

「うちはもうわしか、ばあさんしかおらんからな」


 面倒だがこれもつきあいだと、まるでいつもの会合に向かうかのように言うシャヒールには、ほかの者たちのように殺気立ったところがなくて、アーヒムは安堵した。もしかすると同じように、消極的に参加している者もいるかもしれない。


 特段急ぐこともなく、シャヒールの歩調に合わせて並んで歩く。話題は最近の仕入れ値や肉の質についてだ。まるで何の変哲もない、ただの夜の散歩のように歩いていると、突然「魅魎だ! 魅魎が出た!」という声が聞こえてきた。

 2人同時に足を止め、声のしたほうを見る。


「ありゃ、何だ? 魅魎がどうとか言っとったが」

「はあ」


 声がしたのは西にある無人地区のほうだった。

 ここ数年、町の人口が増えてきているため、拡張されている区域だ。無人と言われているが本当に無人なわけではなく、空き家が多いだけで、ちらほらと入居している者たちがいる。


 そして2カ月前、魎鬼による破壊と、魎鬼を目撃したとの声が出た場所でもある。


 そんなことを思いだしていると、奥の角から人影が同じ通りによろめき出た。

 次々と出てきた3人の人影は、後ろを気にするあまり転びそうになりながらもこちらへ向かって走ってくる。そしてカンテラの明かりから2人に気付くと足を速め、


「おい! あんたらも逃げろ! 魎鬼だ!!」


 すれ違いざまに早口でそう叫んで、2人の横を走り抜けて行った。


(魎鬼?)


 「魅魎だ!」「魎鬼だ!」「逃げろ」と、口々に叫びながら走り去る3人を、振り返ったときだ。


「ひッ……」


 となりのシャヒールが恐怖に引きつった声を発したのを聞いて、急いで目を前に戻した。

 同じ通りに、今度は巨大な人影が5つ立っていた。


 月の光が弱く、距離もあるため、はたしてどんな姿をしているかまでは分からない。だが距離があっても、それが人よりはるかに上背があり、小さな頭と不自然に曲がった不格好な手足をしているのは分かった。


 向かい風が運んできた、腐った肉特有の甘ったるい悪臭に、思わず目を細める。


 アーヒムは、かつてこの町が魅魎によって壊滅されられたあと、王命で移ってきた民の1人だった。幸いにも魅魎を見たことがなく、魎鬼がどんなものか、直接には知らないが、それでもうわさで聞いたことはある。


 やつらは生きながら腐っていくため直視に堪えない醜怪な容貌をしており、遠くからでも鼻がもげそうなほどひどい悪臭を放っている、と。


 5体の巨大な人影は、バランスの悪い体を左右に大きく揺らしながら歩いていた。そして一歩踏み出すたびに、ぼたぼたと、腐った泥のような大小の肉片とウジ虫を路上にこぼしている。

 開きっぱなしの口からは細く鋭い牙が乱ぐい歯のように生えており、それを伝って落ちた唾液が足の甲に穴を空けていたが、痛みは感じていないようだ。


 きっと魎鬼に間違いない。


 先頭を歩く魎鬼の、ほのかに青白く光っているように見える白濁した目と、目が合ったように感じたとき。アーヒムははっと正気づいた。


 初めて目にした異容に、すっかり飲まれていたようだ。


 どのくらい呆けてしまっていたのか。アーヒムと魎鬼たちとの距離は、かなり縮まっていた。

 彼らの動きはのろいが、巨体から伸びた長い足の1歩は大きい。


「おい、じいさん。逃げるぞ」


 シャヒールを見ると、彼はすっかり腰を抜かしていた。

 ぺたりと路上に尻をつけて、わなわな震える手をアーヒムへ伸ばしている。


 アーヒムはその手をつかみ、あせっているため少々乱暴ではあったが、自分の肩へ回して、シャヒールの棒きれのような体を背負った。


 そしてアーヒムはその場を離れる前にもう一度振り返り、魎鬼たちの姿を目に焼き付けようとしたのだが――そのとき、さーっと雲が晴れて強い月光が通りを照らしたことにより、彼らの背後にもう1つ、人影があることに気付いた。


 重なった魎鬼たちの巨体にほとんど隠れて目立たなかったが、その人影は背の高い女で、白金色の髪を横三つ編みにしていた。


(……まさか……?)


 微笑を浮かべたその面が、記憶に新しい、とある女性の姿に重なった気がしたが、確証を得るほど長々と見つめている余裕はなかった。


「しっかりつかまってろよ、じいさん。落ちても知らねえぞ」

「ひいっ、ひいっ」


 そしてアーヒムは、みんなが集まっている町長の館へ向かって走った。

 まさか、本当に彼女なのか? との疑いを強めながら。

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