第12回
もちろんこれにはガザンの命令も、大いに関わっていた。
ガザンは当初、この一連の事件に激怒していた。
普段から、町の要所に自分の息のかかった者、あるいは金で買収した者を忍ばせているガザンは、布問屋の母子が焼き殺された事件についての情報も、警吏署の者から正確に得ていた。
ダーンの館で爆睡から目覚めて報告を受け、これは宮から来た退魔師による犯行だとのうわさをばら撒けと仮面の者に指示されたと聞いたときは、自分に一言の相談もなく勝手をしたと、目の前が真っ赤になるくらい腹を立てた。
もう少しで、あの者を始末しろと命令する寸前だった。
あの者とは一蓮托生だと思っていた。
全く信用はおけなかったが、それでも、事が発覚すればどちらにとっても身の破滅だ。だからばかなことはするまい、と。
だが、本当にそうか?
彼に一言もなく、魅魎を使って町民を惨殺するなど、その最たるものではないか。
(……まあいい。起きてしまったことはしかたない。問題は、これをどう使うかだ)
仮面の者を叱責し、自分の館へ戻る間にガザンは考えた。
退魔師を呼んだのは町長だ。ならば、これも町長の責任にしてしまえばいい。
この計画はうまくいった。
激怒して警吏署から逃走した退魔師を捜して町を走り回っていた男たちに、同じように扮して近づき、話しかけ、それとなく話を振るのだ。
『あの退魔師を呼んだのは町長だ。彼女は昨日着いたばかりでこの町に明るくないのにこんなに捜しても見つからないのは変だ。きっと、館にかくまわれているに違いない』
かくして町の男たちは刃物を手に町長の館の門前に集まって、柵を揺すりながら「ここにいるのは分かっているんだぞ!」「殺人鬼を渡せ!」と口々に叫んでいるのだった。
「おまえたちのせいだ!」
群衆の中にまぎれたガサンの手の者が、男たちの叫びの中に、巧みに町長に責任があるとの言葉を混ぜる。
「おまえたちがあの殺人鬼を呼び込んだんだ!」
「おまえがやらせたんだろう!」
「王都から来たお貴族さまには、俺たちの命などその辺のゴミと一緒なんだろう! なあみんな! そう思うだろう? でなかったら、殺人鬼を呼んだり、かばったりするものか!」
「そうだそうだ!」
その光景を、離れた通りの角からガザンは見ていた。
ここぞという時を見計らい、カンテラが投げ込まれた。玄関の壁に当たって転がる。
それを見たほかの者たちがまねをして、投げ込み始める。1つ、2つ、3つ。
今のところカンテラは門から玄関までのアプローチを飾った乱形石の上に落ちているが、木や草に転がれば、火が燃え移るかもしれない。
その光景に、もうそろそろか、と思ったころ。ついに玄関が開いて、町長が出てきた。
この事態に顔面を紙のように白くさせた町長と執事のクレオが、ゆっくり門へと近づく。
2人だけで、館の男たちが後ろについていないのは、おそらく町民たちを刺激しないようにとの配慮なのだろう。今にも柵が折れそうな様子からして、へたに刺激すれば暴徒と化しかねない。
柵ごしに町長が町民たちに話しかけるのを眺めながら、ガザンはにやつきが止まらなかった。
町長は、殺気だった男たちからぶつけられる暴言に気圧されつつも、穏やかな口調を保って説明し、ぶつけられる言葉の1つ1つに誠実に答えようとしている。
実にあの男らしい、上品なやり方だ。そんなことをしたところで頭に血が上った者たちが彼の言い分を理解し、認めるはずがないというのに。
案の定、男たちに耳を貸す様子はなく、先頭の男がさらに険立ったとげとげしい声を発して門を蹴飛ばした。ガアンと大きな音がして門が一際大きく揺れ、おびえるように一歩後ろに退く町長の姿に、こらえきれないとクククと笑い。
ガザンはもったいぶった足取りで悠々と通りを渡り、彼らの前に姿を現した。
「町長どの」
ガザンの声に振り返った町民たちが――やはりガザンの手の者のそれとない誘導で――左右に分かれて彼の通る道を開ける。
「ガザンさん」
今にも蝶番が壊れてこちらに倒れてくるのではと懸念するほど門を揺すっていた男たちの手が止まったことにほっとしつつも、町長にはガザンの登場に安堵している様子はない。
「ここ数日、所用で町を離れておりましたので今さらとなりました。シャリドから事の子細を聞き、これは大変と急ぎお訪ねした次第です。
それにしても、とんだことになりましたなあ。よもや、お招きした退魔師どのがこのような騒ぎを起こされるとは」
「は、あ……」
2人の関係は町の者たちも知っている。きっとガザンなら自分たちの味方になってくれるに違いないと、2人を見守る男たちの後ろを、そのとき、白い長上着を付けた者が早足でよぎった。
目深にかぶったフードで顔を隠したその者は、俯きかげんで柵に沿って角を曲がり、裏門へと急ぐ。
裏門も町の男たちが固めていたが、ガザンの登場を聞きつけた彼らもまた、2人の対決を見逃すまいと表門へ走ったため、フードマントの者が裏門へ着いたころにはだれの姿もなかった。
「私よ。開けて」
この裏道に、自分のほかにだれもいないのを確認して、フードマントの者が裏口へ向かって呼びかける。その声を聞いた館の者が中から飛び出し、急ぎ裏門へ駆け寄って鍵を開けた。
「サリエルさん」
「遅くなってごめんなさい。みんな殺気立ってて、近づけなかったの」
「いいえ。あなたがご無事でよかったです。どこもおけがはありませんか?」
「ええ、大丈夫よ。あなたたちは?」
「皆さん大丈夫です。ご夫妻も、今日は外へ出ていませんでしたから。
さあどうぞ」
「ありがとう」
裏口から中に入ったサリエルが、ほっと息をつきながらフードを下ろすのを見て、夫人の腕の中から抜け出したティルフィナが駆け寄った。
「サリ!」
「ティナ、無事だったのね、よかったわ」
「サリこそ。全然戻ってこないから、心配したわ」
そして抱き上げられたとき、こっそりと、ティナは尋ねた。
「リュビと……あと、おねえちゃんは……?」
「さあ? 分からないわ。ごめんなさい」
「そっ、か……。ううん。知らないならしかたないもの」
ティルフィナの視線が、背後の窓へ流れた。そこからは表門が見える。今はカーテンが引かれているが、おそらくその隙間から、外の様子を眺めていたのだろう。
下唇をかむ、青ざめたほおに指を滑らせ、サリエルはこつんと額を合わせた。
「怖い?」
「……怖くなんか、ないわ。平気よ。門があるし、みんなだっているし。あんな人たちなんか、ここまで来れないもの」
つん、とそっぽを向いたが、強がっているのはあきらかだった。
「そうね。それに、彼らが怒っているのは、あなたやこの館の人たちにじゃないから。大丈夫よ。あなたには指1本触れたりしないわ。
外の人たちはきっと何か、誤解してるのね。すぐにお父さまやクレオたちがその誤解を解いてくれるわ」
「……ほんとに……?」
「ええ。明日にはきっと、元どおりよ。約束するわ」
目を合わせて、じっと見つめたあと。
ティルフィナはサリエルの首に腕を回して、ぎゅっと抱き締めた。
「うん。信じる」
ティルフィナを夫人の腕の中へ戻して。サリエルは、窓に貼りつき、カーテンの隙間から外の様子を見ている者たちからこっそり離れて、階段へ向かった。
忍び足でなるべく音を立てずに2階へ上がり、向かったのは、セオドアの部屋だ。
そっと取っ手を回してドアを開き、中へ一歩踏み入ったところで、サリエルは窓から入ってきたエセルと鉢合わせすることとなった。
「やあサリエル。
きっとここへ来ると思ってたよ」




