第11回
●さらなる悪夢
幻聖宮から退魔剣師がやってきた。
その報は、目に見えない鎖に縛られていたリィアの町の住民を一様に安堵させた。
これで不安に思わずにすむ。もしかして魅魎に出くわすんじゃないかと胸をどきどきさせながらドアを開けたり、道を歩いたり、角を曲がったりしなくてすむ、と。
町の中で魅魎を見たと言った者は1人だけで、目撃されたのもその1度だけ。2週間前、シェスタがさらわれた夜だけだ。
退魔法師のサリエルも、魅魎が現れた痕跡はないと言った。
2カ月前、王都の退魔師に叱責されたこともあり、サリエルの言うことに、面と向かって異議を唱える者はいなかった。
彼女が言うのだから、きっと魅魎はいなかったのだ。おそらくそいつは酔っぱらっていて、何かを見間違えたか、夢でも見たのだろう。ただの与太話だ。
みんな、そう思い込もうとした。それで平穏を保とうとした。
実際、それ以後魅魎を見たという者はいないのがその証拠じゃないか、と。
では、さらわれたというシェスタはどこにいる?
それ以後、だれも彼女を見ていない。
町長の館の者たちにそれとなく尋ねても、みんな口をつぐむか、他の町へ遊びに行っているとか、王都にある婚約者の家へ行っているとか、かみ合わない話をする。
そのことを不審に思っても、表立って騒ぎ立てることはできない。シェスタの両親である町長夫婦が何も言わないのに、自分たちが騒ぐわけにはいかないだろう。勝手な妄想をして、ありもしないことで騒ぐなと言われるのがおちだ。
だが疑問はつきまとった。
本当は、町のどこかに魅魎がいて、シェスタは本当にさらわれていて、その魅魎に殺されているのではないかと。
『あの法師は、法師として役に立たなかったことを知られたくなくて、自分の身かわいさに嘘をついているだけだ』
それは2カ月前にばらまかれた、悪質なうわさだった。最初にだれが言ったかはだれも知らない。
『めったなことを言うもんじゃない』
と言う者もいた。
実際サリエルの言葉のほうが正しかったとあとで証明されて、みんな忘れていた。
しかし魅魎目撃の話が出て、またもやその疑問が鎌首を持ち上げた。
もしかして、王都の退魔師の言葉こそ間違っていたんじゃないか?
本当は、魅魎はずっとこの町にいて、次の獲物を狙っているんじゃないか?
それは目に見えない毒として町に広まり、じわじわと人々の心を汚染していた。
表向きは何でもないように毎日を過ごしながら、見えない影につきまとわれているかのように背側を気にする日々。
不安を口にしても、2カ月前と同じと言われるだけだ。
気のせいと言われるだけ。
だから口には出せない。
そんな中、魅魎を退治することができる退魔剣師がやってきたということが、みんなをほっとさせた。
退魔師を養成する宮から来られた退魔師さまだから、きっと、魅魎を見つけ出して退治してくださる。
ああ、これでようやく安心して町を歩けるようになる、と。
だがその退魔師によって殺されたのは、罪もない親子だった。
◆◆◆
町長の館前は騒動になっていた。
柵門の前に、多くの町民が押し寄せている。
その手に握られているのは鎌や包丁、ナイフといった刃物だ。
それらを振りかざし、つかんだ柵を揺すり、
「出てこい! この外道め!!」
「よくも俺たちの仲間をやりやがったな!」
「おまえも火あぶりにしてやる!」
と男たちは声高に叫ぶ。
その過激な言葉に触発されて、ほかの者たちも次々と物騒なことを口にしては、それを「そうだそうだ」と周りがあおり立てる。
夫を亡くしながらも2人の子どもを養うために懸命に頑張っていた未亡人と、幼い子どもを無惨にも焼き殺し、計画が発覚すれば警吏署を全焼させ、5人の命を奪った悪辣非道な犯罪者。
それを、町長たちは庇っている!
なぜなら彼らも『よそ者』だからだ。
「さっさと出てこねえと、この館ごと燃やしてやるぞ!!」
男の投げ込んだカンテラが、ガン、と館の壁に当たって、玄関前に転がった。




