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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第10回

「……なぜ彼女はこんなことを……」


 ぽつり、ダーンがつぶやく。


「彼女は退魔師(専門家)です。だれよりも、魅魎の恐ろしさについて知っているのに……」

「……さあな」


 エセルは知っていた。彼女がどうしてこんなことを始めたかは、想像がついた。


 しかしそれをここで口にしても、きっとダーンは理解できず、ますます混乱するだけだろう。


 なにしろ想像のついたエセル本人、理解できないでいるのだから。


 昨夜、彼女はエセルを失いたくないと言った。彼女がそんなことを考えていたことにエセルは驚き、いまだに半信半疑だった。

 あれは真実の言葉か、疑う気持ちがまだある。


 なぜなら、自分たちはそんな関係じゃなかったからだ。


 関係は持っていた。

 夜に彼女の部屋を訪れて、楽しい時間を過ごしたことは何度かある。


 だが、自分は1つ所に数年しかいない、と最初に言ってあったし、彼女も愛とか約束とか、そういった精神的つながりは求めていないようだった。

 彼女は男女関係にあまり興味がないように見えた。今まで独占欲など見せたこともないし、エセルが仕事で数カ月リィアを離れても何とも思っていないようで、「今度来るときは香水(これ)を買ってきて」と気軽に土産を頼まれたくらいだ。

 彼がいようといまいと関係なく、彼女はリィアで充実した日々を送っているように見えていた。


 それに、エセルが初めての相手というわけでもない。

 エセルが町へ来たとき、お互い決まった相手がいなければ夜に部屋を訪ねて楽しむくらいの、軽い関係だった。はずだ。


 そしてエセルはもうずっと前からそろそろリィアへ行くのはやめようと考えていて、今度は南の国へ行ってみるか、と計画を立てていた。


 前に行ったときから100年はたっているから、きっといろいろ変わっているに違いない。いい感じだったらその国に40~50年くらいいてもいいかもしれない、と。


 その矢先の5カ月前、運悪くルビアの魅妖騒動に巻き込まれて肩に重傷を負い、法師による浄化を必要としたためリィアへ行くことにして、傷が癒えるまでの間滞在することになったわけだが……もう彼女とは終わりにすると決めていたから、その間、1度もサリエルの部屋を訪れなかった。傷が癒えてからも、今に至るまでずっとだ。

 それで彼女にも通じたつもりでいた、自分たちの関係は終わったと。


(そもそもそういった関係だったから、失うとか、そういう言葉が出ること自体、おかしな話で……)


 半月前、彼女がこんな事件を起こしたのは、傷ついた自尊心を回復するためと、彼女を信じなかった町民に罰を与えるためだと、すぐに分かった。


 彼女は退魔法師としての仕事にやりがいを持っているように見えていたし、彼女の人生で一番大切にしていることなのは端から見ていてもあきらかだったから、2カ月前の事件には同情したし、まあ、もうじきいなくなるよそ者の自分には関係ない話だ、好きにすればいいと思って何も言わずにいた。



 あれが彼女にとって『賭け』だったとエセルが気付いたのは、「失いたくない」と言った、まさにあの瞬間だった。



 セオドアを呼ぶことを提案したとき。彼女は全身全霊で訴えていた。


『呼ばないで、エセル。お願いだから。その人を呼ばないで。

 私を信用して。私だけでできると。私を信じて』


 あのときは、奇妙だと思っただけだった。

 魔断のいない剣師は、事を企てたサリエルにとっても都合が良い存在だと考えていたからだ。


(そんなにも赦せなかったのか、サリエル。舞台を整えたのはおまえ自身のくせに)


 賭けは、勝ちもすれば負けもする。常に勝てるとは限らない。

 そしてこれは、最初から、彼女には勝てるはずのない賭けだった。


 エセルは5カ月も前から、セオドアを選んでいるのだから。


 欲しいのはセオドアだけ。サリエルなど、選択肢にもない。

 セオドアがこちらへ来ようとしているのが伝わってきて、待っていられずにイルまで迎えに行った。彼女が自分の魔断がエセルだと気付いていないことを知り、浮かれてしまった。


 彼の言葉にいちいち反応するセオドアを見ているのが楽しくて、うれしくて。絶対に彼女を自分のものにすると、あらためて決意した。


 そんな自分をサリエルがどう見ているかなど、一切気にもならず。


 だから彼女はセオドアを貶めることにした。

 退魔師としての彼女の評判を極限まで穢し、大陸中の退魔師から退魔師の面汚しと憎悪される殺人者とした上で死刑にしようとしているのだろう。




 エセルは、自分は捨て子と思い込み、町でかっぱらいをしていた昔から、退魔師のことが好きじゃなかった。人命は尊いとかいう理想論で、ろくに知りもしない他人のために自分の命を賭ける意味が分からなかった。

 そうして感謝されたところで、その感謝に、自分が大けがを負ったり手足を失ったり、最悪死ぬほどのリスクと見合う価直はない。


 自分は自分、ひとはひと。死にたくなければ本人がそうならないように頑張ればいい。俺の知ったことじゃない。


 そもそも理想論を口にする者は好きじゃない。そうやって声高に語るやつらの大半が偽善者だから。


 その筆頭が退魔師だ。そうして魔断(ひと)を巻き込み、命の危険にさらしていることに気付いていない。命は尊い、護らなくては、そのために神からこの力を授かって生まれたのだからと誇りながら、魔断のことは顧みず、平然と使い捨てる。



 彼らにとって尊いのは、同じ種族()の命だけ。



 そして、それを当然と受け入れている魔断たちは、人にとって都合良く飼い慣らされていることに気付けていない、ただの阿呆な犬だ。


 ずっとそう考えて生きてきた。

 そんな自分が、よりによって一番蔑んでいる退魔師そのものといった考え方をするセオドアに、こんなにも執着することになるなんて、皮肉としか言いようがなかったが……。

 きっと6カ月前までの自分が今の自分を予言されても絶対に信じなかっただろう。滑稽だ、大うそ話だと笑い飛ばしていたに違いない。

 だが時は戻せず、事実はエセル自身にも覆せないし、不思議と、覆したいとも思わなかった。

 セオドアと出会えない未来はいらない。



 委細気にせず本音を言わせてもらうとするなら、セオドアが退魔師としての信を失って退魔師になれなくなることは、むしろ好都合だ。


 退魔師などやめてしまえ。そうしたところで全然困らないだけの財は蓄えてある。

 人々の責める視線や非難の言葉が気になるなら、その声の届かない場所までさらっていこう。

 彼女を責める者などいない、エセルしか知らない、2人だけの場所に閉じ込める。人の身では到底到達不可能な場所を、何カ所か知っている。自然の彩りが美しく、1年を通じて穏やかな場所だ。そこで彼女を徹底的に甘やかし、あらゆる手練手管を使ってエセルのことしか考えられないようにして、2人だけで暮らそう。


(――と言ってもあいつは絶対喜ばないし、二度と顔も見たくないと俺を罵って、命がけで脱出しようとするんだろうなあ)


 絶対にこちらの思ったとおりには動いてくれない。大抵の女たちが喜ぶことをしても、彼女は怒りだす。一筋縄ではいかないのがセオドアだ。

 そしてそんな彼女がエセルを惹きつけずにはいられないのも、事実なのだった。




 そんな想像をしている間にも、テーブルではレンダーとダーンの議論が続いている。


「……その女性が連れ去られた場所は、おそらくわたしの館です。

 仮面の者の手下はそう多くない。館には常時十数名の腕を頼りに雇われたごろつきがいますが、彼らはそもそもが父に雇われた者たちですし、仮面の者も信用はしていないでしょう。

 法師と仮面の者との二重生活をしていたのであれば、彼らを使って別の場所を構えている時間があったとは思えませんし、退魔剣師である女性の見張り役とするなら、やはり魅魎しかないかと。

 わたしの館の地下は、魅魎のための法陣と術符が何重にも渡ってかけられています。これ以上の場はない」


 ダーンの言葉には説得力があった。

 しかしこの3人で、セオドアが捕らえられているかもしれないダーンの館へ乗り込んでも、成功するとは思えない。


「やはり上級退魔剣士か剣師がいる。中級魅魎に消滅の圧力をかけられるのは魔断と、その操主しかない」

「ですが、エセルさんの言うとおりです。その方法は時間がかかりすぎて、彼らが到着するころには、この町は魅魎によって廃墟になっているかもしれません」

「では他に何か策はあるのか? 中級魅魎を倒すには、魔断が必要不可欠だ」


 押し黙る。

 重い沈黙が部屋に満ちた中。くすりと笑うエセルの声がして、2人の視線がエセルへと向かう。


 エセルは、想像の中でまで彼に腹を立てて怒るセオドアの姿に思わず笑ってしまっただけで、2人の会話を笑ったわけではないのだが。


 視線を向けてきた2人に肩を竦めて見せ、そしてずっと隠してきたことを――それまで気付かれまいとひた隠しにしてきたことを思えば、彼自身驚くくらいあっさりと――告げた。



「魔断はいる。俺がセオドアの魔断だ」

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