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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第6回

 2階でエセルとサリエル、火威が対峙していたころ。1階ではレンダーとダーンが、思いがけない相手と遭遇していた。


 署内へ踏み込んで真っ先に気付いたのは、やはり倒れている人たちの姿だった。

 室内に倒れている者、事務机に突っ伏している者もいる。

 ガス漏れか何かがあって意識を失ったようにしか見えないのは、出血が見られず、室内が荒れた様子もないからだろう。魅魎の仕業であるなら、突風が吹き荒れた状態になっていておかしくない。


 レンダーは足元で倒れている男の首筋に指をあてた。


「レンダーさん、彼は……」

「死んではいない」


 かすかな脈動を感じたレンダーは、独り言のようにダーンに返す。

 肌もあたたかい。が、かろうじて、という状態のようだった。横向きになった面は血の気が引いて唇まで青白く、表情は苦しげに歪んでいる。


 この者たちを外へ連れ出せ――そう言おうとしたときだ。


「当然よ」


 女、というにはあまりに子どもじみた、内の不満を隠さない声がした。

 すぐさま声のしたほうを見れば、踊り子のようなきらびやかな衣装をまとった少女が戸口に手をついて立っている。


 赤い瘴気のような炎がちらちらと、少女を縁取っていた。


「全部吸い取りたいのを我慢して、死なない程度にちょっぴり残してあげたんだもの。死なれちゃったりしたら、あたしの我慢が無駄になるじゃない」


 シーリンである。


 ダーンは彼女を知らなかった。ともにリィアの生まれとはいえ、ダーンは7年この町を離れていた上、シーリンとは年が離れている。しかもシーリンはただの布問屋の娘で、町の有力者の息子・ダーンを町の中で見かけたことはあっても、知り合いになる接点はない。


 2人には少女としか見えなかった。年相応の、ちょっと小生意気な強気の少女。

 だが姿を自在に変えられるのが中級魅魎だ。はたして中身も少女であるとは限らない。

 中級魅魎の出現に、油断なく剣の柄に手をあて構えをとろうとするダーンの動きを気配で察して、レンダーは言った。


「おまえは彼らを外へ連れ出せ」


 魅魎を見据えたまま、立ち上がる。


「は? ですが――」

「ここはおまえの町だと言ったのはおまえだ。なら、護ることを優先しろ」


 その言葉にダーンはぐっと顎を引き、反論を飲み込むと床の男に手を伸ばし、腕を自分の肩に回した。

 その姿を見たシーリンが憤る。


「ちょっと! 何するのよ、せっかくあたしが苦労して――」


 指を突きつけ、不満を口にし。炎を放とうとする。

 ざわりとその身を包んだ薄い炎が動いて活性を強め、ダーンに向かっていこうとした、その()()()を読んで、レンダーが仕掛けた。


 一気に距離を詰め、剣を抜くと同時に下から斬り上げる。

 その動きにシーリンは驚き、とっさに後ろへ跳びしざる。

 ほぼ同時に廊下へ出た2人の間を、レンダーの二撃目、白閃が走った。


 切っ先がシーリンの腹を横一文字にかすめ、数滴、赤い血が飛ぶ。

 斬られた――まさかと目を瞠るシーリンを、レンダーのさらなる斬撃が襲った。

 袈裟斬り、斬り上げ、水平斬り。引く手を使っての逆手と、レンダーの動きは止まることなくすべてがつながり、一連の動きと化している。


 中級魅魎を相手にする場合、超常能力を行使する暇を与えない、間合いを詰めてからの連続攻撃が有効だ。


 数手で、レンダーはシーリンが()()ことに気付いた。

 この魅魎はまだ若く、経験が不足している。

 魅魎としての気も小さい。魅妖でなくその配下の魘魅(えんみ)ならば、下級の自分でも倒しようはある。


「ちょっとちょっと! やめてよ!

 やめてったら!」


 レンダーの猛攻にあせり、後退しながらとっさに放った炎はレンダーの顔面を捉えることなく大きく外れて、廊下の反対側で壁を背に座り込む体勢で倒れていた人物へ当たった。


 あれでは助からない。

 肩越しにうかがった一瞬でそう判断をしたレンダーは、再びシーリンへと集中した。


「いいのか? せっかく生かしておいたのだろう?」

「最初はね。でも、もういいの。ほら」


 シーリンが真上を指さした。

 天井と壁の隙間から、炎の舌がちらちらとのぞいている。

 2階が燃えているのだ。


「どうやら第2策に変更になったみたいだから」

「2?」

「そう。ここを燃やすの。中にいる人たちごとね。

 せいせいするわ、いつも、しないことの言い訳か小言ばっかりで、あたしのために何もしてくれなかった人たちだもの。そんな人たちは、みーんなあたしの炎で燃えちゃえばいいの。

 それを邪魔しようとする、あなたもね」


 きゃらきゃらと笑うシーリンの全身から炎が噴き出した。

 熱にあおられてとっさに距離を取ったレンダーの前、炎はまるで生きた獣のようにドアを焼き焦がし、壁を伝って窓から室内に入り、カーテンや机に燃え移る。

 そして、そこに突っ伏している人の服にも……。


 彼らは意識を失っていて、起きても動くことができず、焼け死ぬしかないと分かっていても、助けにいくことはできなかった。

 そんな隙を見せれば、すぐさまシーリンの炎がレンダーへと襲いかかるのは目に見えている。


 目前の敵以外のすべてを頭から消して、かまえをとる。

 そうして、炎に囲まれた中で、互いの攻撃の起こりを探り合う。


 しかしこの対峙には、シーリンのほうに分があった。

 時間が過ぎるごとに、周囲の炎は火勢を増す。


「レンダーさん! あなたも逃げないと、建物が崩れます!」


 後方から、炎のたてる音に負けまいと声を張ったダーンの声が聞こえてくる。

 窓から噴き出した炎でその姿は見えない。


 廊下じゅうに炎が完全に回って、レンダーの退路をたっているのを見て、シーリンは赤い唇を横に引き、薄く笑った。


「あたしの炎に焼かれて、あなたも死んじゃえ」


 あはははっと笑って、間隙へすべり込む。

 間隙が完全に閉じて消え、どこからも魅魎の気配がなくなったのを確認して、レンダーは剣を鞘に戻す。そして長上着(フードマント)の裾を盾にするようにかぶって炎の壁をくぐったあと、炎の燃え移った長上着を捨てて、外に通じる窓から建物の外へ跳んだ。


 入り口へ回ると、そこにはダーンが連れ出した4名の男女が、地面に仰向けにされて並べられていた。

 騒ぎを聞きつけて集まった人だかりの中、ダーンは頬についた煤も払わず、彼らに向かって消防を手配する指示を出している。


 窓という窓から炎を噴き上げる警吏署を見上げては口々に自説を唱えて騒ぐ野次馬たちの中、レンダーはダーンのもとへ歩いていった。

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