第4回
あの言葉。エセルは何かをしているということだろうか?
そしてそれを、サリエルはやめるように懇願していた。
それが何か、サリエルは知っているようだ。知っていて、だからエセルは信用しないほうがいいと言ってくれているのか。
サリエルに訊くべきだろうか。しかしそうすると昨夜盗み聞きしていたことを話さなくてはならなくなる。
セオドアは少しの間逡巡し、結論した。それはできないと。
エセルのことをサリエルに訊くのは間違っている。やはり本人に訊くべきだ。
「あいつのことは、あいつに訊きます」
「彼が本当のことを言うと思うの? 今まで黙っていたことよ。それに、彼はとても口がうまいわ」
「そうですね。また、適当なことを言われて、丸めこまれたり、話をそらされたり、煙にまかれてしまうかもしれません」
サリエルの言葉は正しい。
自分でも容易に想像がついて、つい、くすりと笑いが口をついた。
それはもう、これまで何度もしてきたやりとりだった。
エセルはいつも適当なことを口にして、こっちがいくら真剣さを求めても軽口ではぐらかしてくる。
飄々として、どんなときも軽口をたたいて、こっちの真剣さをからかってきて……。
そのたびにセオドアはいら立ち、「まともな返答をしろ」と叱りつけていた。
もっとまともにひとと向きあえ、きちんと話せ、と。
腹が立つのは、それができる者だと知っているからだ。
だけどそれでも。
それでも、うそだけはつかれたことはなかった。
だから昨夜もあんなに衝撃を受けたのだ。
あいつは、心にもないことだけは、口にしないから……。
「あいつが来たら、あいつに直接訊いて、そしてそれが納得できないことだったら、話し合います」
もう一度、口に出して言葉にして、やはりそれが正しいと思う。
「たぶん、もうすぐ来ると思います」
そう言ったときだ。
「……あの人の言うとおりね」
サリエルの声の調子ががらりと変わった。
彼女を心配して、やきもきとしていた表情も消えて、今まで一度も向けられたことのない、冷めた目でセオドアを真正面に見てくる。
「サリエル?」
唐突な彼女の変化にとまどうセオドアの前、サリエルは、はーっと息を吐き出して、髪をかき上げた。
「いやになるくらいまっすぐ。融通のきかない頑固者。
あなたがどういう日々を送ってきたか、分かる気がするわ。あなた、周りにあまり人がいないでしょう。友人らしい友人もいなくて、ひとから遠巻きにされるばかり」
「そ、れは……」
言い当てられたことに、ずきん、と胸が痛んだ。
「正論を口にし、常に正道を歩もうとする、それをまぶしく感じて惹かれる者もいるでしょうけど、嫌悪する者も多いのよ」
「あの……、サリエル……?」
何を……。
「時間がないと言ったでしょう。
あなたに自発的についてきてほしかったけれど、しかたないわね」
指を鳴らす。それが合図。
何もなかった空間に突如間隙が開き、中から鉛色の肌をした赤い髪の男が現れる。
炎そのもののような彼の姿、そして闇の目に、魅魎だと目を瞠った次の瞬間。
ぐらりと天と地が反転するようなめまいに襲われて、セオドアの意識は途切れた。
◆◆◆
サリエルの言葉どおり、レマ親子が殺された話はすっかり町じゅうに広まっていた。
「やはりよそ者か」
「よそ者が町の仲間を殺したんだ」
「かわいそうに……。あんな小さな子を殺すなんて……」
「かわいい子だったよ。いつも笑顔で、店の窓から無邪気に声をかけてくれて」
「どうやら店の中が空っぽになってたらしい」
「盗みか」
「あたしは口論になって、刺されたって聞いたよ」
「刺したあと、焼いたんだろ。自分の仕業とばれないように」
「ああ、それで焼き殺したのか。なんてむごいことを……これだからよそ者のすることは」
「あの親子が何をしたっていうんだ。そりゃレマは頑固だし、口も悪かったが、それにしても殺すなんて」
「よそ者だからさ」
「本当にその人なのかい?」
「店を飛び出していったのを見たやつがいるって話だよ」
「ひどい話だ。そんなやつは、さっさと首つりにしてしまえばいいんだ」
ざわざわと、臆測が堂々飛び交っている町なかを、エセルは警吏署へ向かっていた。
うわさ話に変な尾ヒレがつくのは当然として、『殺したのはよそ者の退魔師』ということは一貫している。
(それにしても、どういうことだ? セオドアが連れて行かれたのは、ついさっきのことだぞ?)
まだ1時間とたっていない。それなのに、彼女がしたこととして広まっている。
2人が殺されたことは、通報者が話したかもしれない。
しかし彼女の剣で刺されたということを知っているのは、門守のハリムと門番のムラト、そしてエセル、セオドアだ。
ハリムは「だれにも話すな」と言っていた。ハリム本人が話すはずはないし、ムラトもハリムに逆らって話すとは思えない。
そもそも彼らは今、早朝に飛び出したシーリンの行方を追って忙しいはずだ。うわさ話に興している暇はないだろう。
たとえ話したとしても、ここまで急速に広まるはずがなかった。
だれか、前もってこのうわさを広めているやつがいる。
そしてそれはほぼ間違いなく、あの殺人の真相を知っている者で、仕掛けた側の者だ。
(最初からセオドアに罪をなすりつけ、彼女を殺人者として処刑するつもりだったのか?)
怒りに、ぎり、と奥歯をかみ締める。
セオドアを悪く言い、彼女の死を願う町の者たちに、腹が立ってしかたがなかった。
彼らがセオドアについて何も知らないことなど関係ない。彼女が死んで当然と口にする、それだけで愛想も尽きる。
こんな町、どうなろうと知ったことじゃない。今夜にでも彼女を連れて町を出よう。そのあとは好きなだけ、サリエルと魅魎に蹂躙されるがいいさ。
そう考えたが、すぐに、きっとそうはならないと思う。
彼のこの提案を聞いたならセオドア本人は猛烈に腹を立てて「出て行きたいならおまえだけ行け!」と言うだろう。絶対にてこでも動かないに決まっている。自分の命がかかっているというのに。
この国では犯罪者は、最後の権利として、窓から下に集まった聴衆に向かって弁明を説くことができる。その内容が町民に認められたら死刑を免れることもある。
だがきっと、不器用なセオドアにそれはできない。
間違いなく彼女は、たとえ無実の罪で絞首刑を言い渡されても、背筋を伸ばして面を上げて、縄の吊された台に向かって階段を上っていくのだろう。逃げることなど思いつきもせず。
目に見えるようだ。
その苛烈なほどのまっすぐさが、最高にいら立つと同時にとてつもなく愛しい。
そんなことを考え、怒りに燃えながら進んでいたからだろう。
人混みの中、同じ方向へ歩いているダーンとレンダーの姿を見つけたエセルは、かっと血の上った頭で歩く速度を速め、ダーンの肩をつかんだ。
「おまえ! さっき会ったときはこんなこと、言ってなかっただろう! どういうことだ!」
突然後ろから肩をつかまれ、強引に振り向かされたと思うや怒声を浴びたことにダーンは驚き、とっさに声が出なかった。
「……エセルさん。誤解です」
「何が誤解だ! おまえのところの者がうわさを広めているんだろうが!」
言われて、その可能性についてダーンも考えてみる。
「そう、かもしれません。ですが、なぜこんなことを? これが何の役に立つというんです?」
「それは――」
そのとき。
エセルは、おぞましい何かが背筋をなでたような感触にはっとして、言葉を失った。
その感触には覚えがあった。
魅魎が、すぐ近くにいる。
ばっと警吏署を振り仰ぐ。
(セオドア!)
エセルはダーンをつかんでいた手を解くと、警吏署へ走り込んだ。




