第3回
その唐突な登場に驚いたものの、理由は分かっていたのでセオドアは出迎えるように椅子から立った。
「エセルから聞いたんですね」
「エセル? いいえ、彼とは会っていないわ」
「そう、なんですか? ではどうして――」
「私が聞いたのは、うわさよ! 昨日町へ来た退魔師がレマ親子殺しで捕まったって!
一体どうしてそんなことになったの!?」
(もううわさになっているのか……)
ハリムはエセルに「ここで見たことはだれにも言うな」と言っていた。おそらく通報者にも他言しないように言ったはずだが、どうしたって人の口に戸は立てられない。
彼女のしたことを、町の者たち全員が知っている。
そのことにセオドアは目を閉じ、ぐっと手を握り締めた。
またもやひどい疲労感が襲ってきて、体が鉛のように重い。
そんなセオドアの変調に気付いたサリエルが、急ぎ彼女の元へ駆け寄って、心配そうに下から顔をのぞき込む。
「セオドア、顔色が悪いわ。そうなってもおかしくないけれど」
「……すみません、座ってもいいでしょうか」
「もちろんよ」
サリエルの手を借りて椅子に戻ると、セオドアは深々と重い息を吐き出した。
「それで、どこまで話を聞かれましたか」
「ええと。そうね……2人があなたに刺し殺されて、焼き殺されていたと」
「わたしが刺したわけではありませんし、2人を殺してもいません」
「当たり前だわ! あなたがそんなことをするはずないでしょう! そんなこと、昨日出会ったばかりの私でも分かることよ!」
その言葉が胸に沁みて。
また涙がこぼれそうになって、セオドアはじんわりと熱くなった目許に指をあてた。
その指にサリエルが触れて、下ろさせる。
「泣いていたのね。かわいそうに」
そっと頭を抱き寄せ、胸に包み込むと、サリエルは小さな子どもにするように頭を撫でた。
いたわりのこもったその手の動き、彼女のぬくもりに、セオドアはほっと安堵する。
だがすぐにサリエルは彼女を押しやって、肩をつかみ、顔を覗き込んできた。
「セオドア、あなたの今の気持ちを思えば、好きなだけ泣かせてあげたいし、慰めてもあげたいの。
でも今、ここでは無理。時間がないのよ。あなた、今すぐ逃げなくちゃ。さあ早く!」
サリエルは腕を引っ張り、強引に立たせてドアまで彼女を連れて行こうとしたが、セオドアのほうが大きいため、うまくいかなかった。
「……えっ?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったと、目をしぱたかせるだけのセオドアに、彼女が現状を理解できていないことを知って、サリエルは説明した。
「あなた、宮でずっと育って、そこから出たことがないのよね。世間を知らないから思い至らないのも無理ないかもしれないけれど、この町では、あなたは彼らの仲間でない、『よそ者』なのよ」
「でも……わたしは殺していません。あれは、魅魎の仕業です。わたしの……剣が使用されたのは間違いありませんが、2人が殺された時刻、わたしは、館にいてあなたやティナ、エセルと話したり、あなたと門へ向かっていて……」
「ええそうね。でも、それで納得してくれる人がどれだけいるかってことなの」
いらいらと、手を振り頭を振って、サリエルは円を描くようにせかせかと歩き回る。
切羽詰まっているのがありありと分かるその動きが、セオドアをさらに落ち着かない気持ちにさせた。
「あなたは退魔剣師で、魔断を持っている。この町にはこれまで上級退魔剣士も退魔剣師も配属されたことはなくて、魔断を実際に見たことがない人ばかりで、それがどんな物か、具体的には知らないの。
わたしが言っていることが分かる?」
「ええと……つまり、わたしが、魔断の剣で彼らを切り殺して、魔断の力で2人を焼き殺したと、そう思われているということですか……?」
そんなばかな!?
「でも……でも、わたしには、そうする動機がありません……。この町へ来たのは初めてで、彼らを知らなかったわたしが、どうして……」
「そうね、私たちにはあきらかね。ハリムもきっとそう考えて、早朝家を飛び出したっていうシーリンが何か知っている可能性があると思って、今彼女を捜しているんでしょう。
問題は、そう考えられる人がこの町にどれだけいるかってことなの。
あなたは宮で十分な教育を受けて育ったわ。でもね、世の中にはそういった教育をまともに受けられなかった人が多いのよ。そういった人たちは物事を論理立てて考えたり客観的に物事を見ることが苦手で、簡単に結論を出したり、もっともらしい話をひとからされたら信じてしまうの」
そして何かあれば、『よそ者』のしたことだと、すぐに思い込んでしまう。
リィアにはすでにその素地があった。
美貌の娘シェスタの謎の失踪、町の中で魅魎を目撃したといううわさ。
彼女は魅魎にさらわれたのではないか、この町は魅魎の脅威にさらされているかもしれない、という不安感が人々の日々の心理的ストレスになっているのは間違いない。
2カ月前の魎鬼出没の話もある。王都から派遣されてきた退魔師はそれを否定したが、『よそ者』の言うことなど信用できるものか。どうせ田舎の町のことと、自分たちには関係ないと、適当なことを言ったのだろう。
物騒なことをあえて口にする者はいなかったが、みんな、心の中では似たり寄ったりなことを抱えていた。
そこに、『よそ者』のセオドアがやって来た。
魅魎の脅威にさらされているかもしれないという彼らの心理的抑圧、ストレスを緩和しようという町長たちの考えによるもので、宴会を通じて広まった退魔剣師という肩書きは、事実、彼らのストレスを完全にではないまでも、ある程度中和させるに足るものだった。
しかし、ひとたび殺人が起きれば、それは覆ってしまう。
『よそ者』が、自分たちの仲間を殺した。
「よそ者が町の者を殺したって、外では大騒ぎよ! ここへやって来て、あなたの死刑を望むのは間違いないわ! ううん、それどころか、あなたをここから引きずり出して、私刑するかも!?
あの2人は、ずっと何代もこの町で暮らしてきた人たちで、祖父母の代からの知り合いも大勢いるから……」
「そう……ですか……」
セオドアは、話の意味があまりよく理解できずにいた。
動機も、現場の不審点にも着目せず、よそ者だからという理由で相手を非難し、罰しようとする――本当にそんなことがあるのだろうか? と思ったが、しかしここで長く暮らすサリエルの言うことだから、本当のことかもしれない、と思い直した。
だが、そうでない人たちもいる。十分な教育を受けて育った町長やサリエルなどは彼女の言い分をきちんと聞いてくれて、理解してくれるだろう。ティルフィナやサリエル、エセルが証言してくれれば、彼女が殺していないことは分かるし、剣は部屋に置かれていて、だれでも手に取れる状態だったのだから。
セオドアは、重いため息を吐き出した。
ひどく疲れていた。そのせいで、あまり頭が働かないというか……考えることが億劫に感じられた。すべてが現実味のない他人事のようだった。
「だから、ひとまず逃げましょう。安全な所で、町長やみんなと話して対策を――」
「いいえ、わたしは残ります」
セオドアは手を上げてサリエルの言葉を制止すると、静かに告げた。
彼らが自分の死を望むなら、それでもいい。それだけの罪を犯しているのは事実だから。
ただ、せめて話を聞いてほしかった。
「ここに残って、彼らが来たなら、彼らと話します。
もしよかったら、あなたもいてくれませんか。あなたが後ろにいてくれると心強いです。よそ者のわたしの言葉など信用できないというのなら、あなたとエセルの話なら、きっと――」
「どうしてそんなにあの人を信用できるの?」
「え?」
「これは、あの人が仕組んだことかもしれないのよ」
エセルが!?
サリエルの示したその可能性に驚くセオドアの頭中で、昨夜、ドアの影から盗み見たシーンがよみがえった。
『なら……なら!
お願いよ、エセル。もうやめて……!』
エセルに向かい、そう懇願するサリエルの姿が……。




