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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第6章 永劫たる絶望

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第2回

 他方、ガザンの館を訪ねたレンダーは、ガザンの一人息子のダーンと面会を果たしていた。


 午前中でセオドアと通された応接室で、自己紹介のあと、向かい合わせに座る。レンダーが渡したカディスの剣を丁重に受け取ったダーンは、懐かしむようにためつすがめつそれを眺めた。


「あの方は、何か言っておられましたか」

「7年前、王都で知り合った少年に教え長まがいのことをしていたと。その少年と別れる際、再会できたらこの剣をやると約束していたと聞いている」

「そうですか……」


 話を聞きながら、ダーンは魔除けの銀細工の意匠が施された緑の鞘に指を滑らせた。


「そのとおりで間違いありません。私はあの方と7年前に出会い、退魔剣士としての才を認められ、手ほどきを受けました。と言っても、あの方が契約を満了して王都を去るまでの4カ月ほどでしたので、基礎を習っただけですが。

 縁があればまた会うこともある、と話されて、そしてそれが実現したならこれをおまえにやる、と言われました」


 結局、その約束は果たされなかった。ダーンはその後7年間、王都で学び、カディスは『流れ』となって、個人客や商隊の雇われ退魔師として大陸を巡っていた。


「再会を果たせず、亡くなられたのは残念ですが……私を忘れず覚えていてくださったことはうれしく思います。

 それに、知っておられますか? シェーラ・シエーナ姫とのお話を」

「聞いたことはある」

「そうですか。

 昔「向こうで待ってくれている人がいると思えば死ぬのもそんなに悪くないと思える」というようなことを言っていました。今ごろ、天上で彼女と再会できていると、いいと思います」


 自分にはきっと、その資格すらないだろうけれど……。

 ダーンは昨夜のシェスタを思いだして、ずきんと痛んだ胸に、そっと半眼を閉じた。


「剣は続けていたのだな」

「あ、はい。あの方から紹介された下級退魔剣士の方に、ときどき教わっていました」


 ふとそらした視線と自嘲の笑みが、そのころの彼の日々をレンダーに垣間見せた。

 王都での生活は、ダーンにとっていいことばかりではなかったのだろう。平民のダーンが、親の金で貴族の養子となり、貴族の子女に混じって王都で学問を学ぶというのがどういうことか、やはり平民出のレンダーには厳密には分からず、想像にとどまるが、身分社会のシエルドーアにおいて簡単ではなかっただろうことはあきらかだ。


 彼の一挙手一投足が、常に好奇の目で見られていただろう。

 そんな中で剣を学ぶというのは『貴族らしからぬ行為』として、彼をさらに貶めたに違いない。

 剣は、つまるところ仕事道具であり、道具の使い方を学ぶということはすなわち労働階級の者であることを意味する。


 面と向かってか、それとも陰でかは分からないが、幾度となく心ない攻撃にさらされたことだろう。

 だがそれでもダーンは剣を捨てなかった。ずっと続けてきていることは、手や体つきを見れば分かる。

 それだけで、彼がどういった人物か、分かるというもの。


「もっとも、私は幻聖宮に認められた正式な剣士ではありませんので、退魔剣士を名乗る資格はありませんが」


 苦笑する。


 それから、カディスとの日々に興味を示したダーンに向けて、旅の間に起きたさまざまな出来事を話して聞かせていたときだ。

 ドアをノックして、執事のシャリドが入ってきた。


「どうした」

「来客中申し訳ありません。ですが、お耳に入れておくべきと判断いたしました」

「何かあったのか?」


 ダーンの頭に閃いたのは、別の館――そこにはシェスタと、泥酔して泥のように眠っているガザンがいる――のことだった。

 あの様子では父は夜まで目覚めないだろうと踏んで、一度戻ってきたのだが、何かあったのだろうか。

 まさかあの術師が、また何かしでかしたか。


 そんなことを考えつつソファから立ち、彼のそばへ寄る。

 だがシャリドの答えは違った。


「午前中、ダーンさまを訪ねていらっしゃったもう1人の退魔師の女性ですが。あの方が殺人を犯されたとして、警吏に逮捕されたようでございます」


 シャリドは、彼女もダーンの知り合いと思い、ダーンに知らせておくべきだと判断したのだろう。

 その女性について、ダーンは知らなかった。


 だが、殺人? 

 今、この町で?


「だれが殺されたんだ。詳しく話せ」

「彼女は私の知り合いだ。私もぜひ聞かせてもらいたい」


 無表情で立ち上がったレンダーが、2人の元へ歩み寄った。



◆◆◆



「すまないが、ちょっとここにいてくれ。長くは待たせないから」


 セオドアは、署に連れて行かれて早々に、門守のハリムによって2階の一室に案内された。

 小さな書き物机と椅子があるだけの、小さな部屋だ。窓はない。ハリムが退室時にドアに鍵をかけて行ったから、自由に出入りはできない。


 おそらく、尋問室か留置室代わりの小部屋というところだろう。リィアは小さな町で警吏署も小さく、一見普通の店の事務所と変わりなく見えた外観から判断して、専用の牢とかはなさそうだった。


 むしろ牢に入れられたほうがよかったと、椅子に座り込む。

 1人になったとたん、とてつもない疲労感が襲ってきた。剣を見せられてからずっと、止むことのない罪悪感に胸が締め付けられていて、その痛みに気を失ってしまいそうだった。


 血のついた剣を見せられて、もう一度死体を見たとき。セオドアは仰向けになった少女の幼い体に剣の刺さった跡があることに気付いた。


 剣には血が付着していた。

 少女が、火をつけて燃やされる前に刺されたのは間違いない。


 小さな体に長剣は太く、大きすぎたのだろう。その傷は少女の腹部の左半分を切断していた。少女は痛みのショックで死んでいておかしくない。むしろそのほうが少女にとって救いとなったはずだ。生きたまま、燃やされるよりは……。


 だがそんなことは、セオドアにとっては何の救いにもならない。


(あの子が死んだのは、わたしのせいだ。わたしが、剣を持ち歩くことをしなかったから)


 剣は武器だ。殺傷力のある、人を殺せる、武器。

 それを町の中で身に付けることが許される退魔師は、その武器に対する責任も同時に負っている。


(それをわたしは放棄していた。自分が佩いて歩くのはおこがましくて恥ずかしい、などという愚かな考えで)


 だれでも手に取れるような所に放置して、その責任を果たすことを怠った。


 しかもあれは、蒼駕の剣だ。

 蒼駕の剣を、人殺しの道具にしてしまった!


「……ごめん、なさい……ごめん、なさ……」


 嗚咽が声を枯らせ、あふれた涙が足元の床を濡らす。


 今朝に戻りたかった。戻れたなら、絶対に剣を置いてきたりなどしなかった。

 けれどもうどうしようもない。事は起きてしまった。


 もう、取り返しはつかない。


 死にたかった。

 こんな愚かなわたしのほうこそ、死ぬべきだ。


 そんな思いで、ただひたすら、胸に焼きついた2人に向かって謝り続けていた、そのときだ。



「セオドア! ここにいるのね!」



 突然ドアが開いたと思うや、血相を変えたサリエルが飛び込んできた。

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