第22回
男は淡々と、しかし張り詰めた声で説明をした。
その夫人は店の入り口とは反対にある、家人用の裏口から声をかけた。応答はないし、出迎えに来るような足音もしない。留守だろうかと考えた。朝、早い時間、長女のシーリンが店から飛び出していくのを目撃した人がいて、ちょっとしたうわさになっていた。もしかすると捜しに出ているのかもしれない。
たとえそうでも、エマがいないのはおかしい。足の悪いエマを連れて捜索に出るとは考えにくいし、エマはいつも2階の窓際にいて外を眺めていて、こうして訪ねるといつも窓からかわいい顔をのぞかせて、あいさつの声をかけてくれていた。今日はそれがない。
何かおかしいと、ためしにドアに手をかけるとすんなり開いた。鍵のかかっていない勝手口に驚き、「ちょっとお邪魔しますよ」と中に入り、そのまま真正面に見える暗い店の中が何もなくなっているらしいことに、さらに驚いた。
店の経営が苦しいという愚痴をよく漏らしていたので、このときは、夜逃げでもしたのだろうかと思った。
それを確認するために2階の居住スペースへ上がり、そしてレマとエマの無惨な姿を発見して通報したということだった。
2人は完全に炭化していた。
エマは生まれつき足が悪く、病弱で小柄な体をしていたため、普段から本来の12歳という年齢より幼く見えていたが、焼死体となった今は縮んで、さらに小さく見えた。
(魅魎の仕業だ)
一目見て、セオドアは分かった。
でなければ、こんなふうに周囲に一切の影響なく、2人の人間だけを焼くなんてことは不可能だ。しかも、炭化するほどの高火力で。
それ以外の可能性――たとえば2人を焼き殺した人物がいたとする。動機としては、借金の取り立てか、あるいは深い怨恨か。
他の場所で2人を殺してここへ運び入れたと考えられるかもしれないが、おそらくそれは不可能だ。炭化しているとはいえ、重量はそれなりにある。1人で抱えたとは考えにくい。
幼子を抱き締めて丸まった姿で固まっているレマの巨体を数人がかりで抱えて、どこにもぶつけずに裏口から入って階段を上がり、90度の角度で曲がって部屋の入り口をくぐって部屋の中央に置くなど至難の業だ。絶対にどこかにぶつけたり、こすった跡ができるはずだ。
ましてや、この光景に、そこまでする意味があるとも思えなかった。
魅魎が、ついに人を殺した。
かっと頭に血が上って、セオドアは振り返るや猛然とエセルへと詰め寄った。
「きさま! さっき、何か知っているような口ぶりだったな! こうなると知っていたのか!」
「いや、俺は――」
「答えろ! きさま、何を知っている!?」
胸倉をつかもうと伸ばした手を、そのとき、男が横からつかんだ。
「あんたが何を言ってるか分からないが、そういうことは、ひとまずはあとにしてくれないか。
今は、こっちの確認を頼む」
「確認、って」
この死体のことじゃないのか?
てっきりこの不可思議な殺人現場が魅魎の仕業かどうか、退魔師である彼女に確認を求めているのだとばかり思っていたセオドアは、驚いてエセルの胸元をつかんでいた手から力を抜く。
セオドアが彼のほうへ向き直るのを待って、男は、壁に沿って置かれた子ども用の机の上に置かれていた、抜き身の長剣を取り上げ、彼女に見せた。
それは町長の館の彼女の部屋に置いてあるはずの、彼女の剣だった。
剣の先のほうには、乾いた血がついている。
エセルの後ろにいた相棒の男が壁へと近づき、そこに立てかけられていた鞘を取って、無言で男に手渡す。
部屋へ入ったとき、死体にばかり目がいって部屋全体を見渡す余裕がなかったため、その存在に気付けていなかったが、その鞘も、彼女の剣の物だった。
それがどうしてここに?
「これに見覚えは?」
「……ある。わたしの剣だ」
死体と、その現場に落ちていた、血のついた剣。
それが意味するものはあきらかだったが、認めないわけにはいかなかった。
彼らは昨日、町に入る際に彼女の持ち物を検分している。その際この剣も見て、この剣がセオドアの物であることを知っているのだ。
セオドアは殺人の容疑者で、この確認は、あくまで形式上のものでしかない。
「そうか」
男はため息をつき、剣を鞘に戻して、相棒の男に渡す。
「じゃあ、一緒に来てもらえるか」
逃亡を防ぐため、警吏と犯罪者の手をつなぐための紐を男が懐から取り出したのを見て、セオドアは一瞬ひるんだ。
「待て、ハリム!」
エセルが間に入り、セオドアを背にかばいこむ。
「こいつは何もしていない!
朝の早い時間に言い争いをしていたということは、殺人があったのは今朝から開店時間前までだ。その間、こいつは館にいて、その後もサリエルや『流れ』の剣士といた! 門にも行っている! おまえたちも会っているはずだ!」
「彼女が門へ来たのは知っているし、会ってるさ。だけど、サリエルさんと一緒だったというのは初耳だ。俺は見ていない。
ムラト、おまえは?」
男の問いに、ムラトと呼ばれた男は首を振った。
「エセル、彼女とは門が見えてきた辺りで別れたんだ」
あのとき、この2人はレンダーの審査をしていた。距離もあったし、彼女たちに気付いていなくてもおかしくない、と当時のことを思いだしながらセオドアが説く。
「どうやらおまえからも話を聞く必要がありそうだな。
これから一緒に署へ来てくれるか? 何か用があるなら、そのあとでもいいが」
エセルの重要性は低いのだろう。
束ねてあった紐を解き、エセルの脇からセオドアの手を取って結ぼうとするのを見てさらに怒りを燃やしたエセルは、再度何か言おうと口を開いたが、「よせ」とセオドアが制した。
「何の横暴でもない。彼らは当然の仕事をしているだけだ。
わたしが潔白であるのは、おまえも知っているだろう。すぐにサリエルが保証してくれる。それまで話をするだけだ」
彼を落ち着かせるため、なんでもないと伝えるように、苦労して、口端で笑むこともした。……エセルを相手に、うまくできているとは言い難かったが。
そして男には、「紐は必要ない」と言った。
「逃げたりしない。ここまで来たように、あなたたちについて行く」
もし身に覚えのあることで、向かっている先がここだと気付いたなら、その時点で逃亡しているはずだ。それをしなかったのだから、この先も逃げることはない。
男のほうも、本意ではこんなことはしたくないのだろう。本当なら容疑者の言うことなど信用したりせず、規則だからと紐でつなぐはずなのだが。
「そうか。助かるよ」
こういうのは目立つからな、と苦笑して、紐を巻き直し、懐へ戻した。
犯罪者として紐を巻かれ、人前を歩くことを避けられたことに内心ほっとして――しかし胸の内では暗鬱な思いのまま――セオドアはエセルを見上げる。
エセルは見るからにこのことに腹を立てている。セオドアがそんなことをするわけがないと、欠片も疑わず、信じてくれているのだ。
それだけが、今の凍えそうなほど冷え切ったセオドアの胸に差し込むぬくもりだった。
きっと彼はこのあとサリエルを捜して、彼女に事情を説明し、連れてきてくれるに違いない。
セオドアを救うために。
(そんな資格、わたしにはないのに……)
床の、陰惨な2人の親子の死体へ目を向ける。
(彼女たちが死んだのは、わたしのせいだ)
殺人者として裁かれるのも、ある意味しかたがない。
この罪を、生涯背負って生きていかなくてはいけないのだと、セオドアは今すぐ死にたい思いで唇をかみ締めた。
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。
門守 (ハリム)と門番 (ムラト)の2人が警吏のようなことをしていますが、正確には彼らは警吏ではありません。が、町の入り口を守る者として門守という役職には町の治安を守る義務が付随することから、准警吏の資格があります。(門番はあくまで門守の手伝い役の民間人です)
さて。
今回で第5章は終わり、次回から第6章になります。
引き続きよろしくお願いいたします。




