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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
第5章 暗翳たる濫觴

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第21回

 門番の2人に案内されて行った先は、東の大通りに面した2階建ての箱形家屋だった。


 他の店に比べて小さく、古い。時代を感じさせる外観で、改築された様子もなく、このままの姿で数十年はたっているのが分かる。壁の所々が四角い形で色あせているのは、おそらくそこに長い間、看板のような物がついていたのではないだろうか。

 今はなく、客寄せの立て看板やのぼりのような物も出ていない。

 入り口のドアの上にも何か文字が貼られていたような跡が残っていて、その日焼けの跡にセオドアは目を凝らした。『ナスィージファラハ(喜びの布)』と読める気がしたが、確証はない。


「ここは布問屋だ」


 無言で家屋のあちこちに視線を飛ばしているセオドアが何を考えているか見抜いたように、後ろからエセルが説明をした。


「俺も何度か頼まれて国外の限定品を卸したことがある。

 たしか、レマという女性とその娘が2人でやっていたはずだ」


 「そうだったよな」と門番の1人に話を振ると、「そうだ」と固い声音で応じた。

 それは、昨日セオドアを『エセルの愛人』と呼んだ男だった。

 あのときの陽気さはすっかり鳴りを潜めて、まるで別人のように顔を強ばらせている。

 もう1人の門番もだ。


 そんな彼らの様子をセオドアは肩越しに盗み見る。

 アーヒムの店で会ったとき、それは緊張からだと思っていたが、ここに来て、少し違うようだと思った。

 瞳に落ちた暗い影。この店に近寄ることを恐れているように不自然な距離をとって立ち、そわそわと落ち着きなく無意味に体を揺する挙動。

 彼らはここの何かを恐れているのだ。


 そうと気付いた上であらためて家屋を見上げたが、彼らが感じているものを、セオドアは感じ取ることはできなかった。


(布問屋、か)


 この店と自分に、はたして何の関係があるというのだろう?

 セオドアは内心首をひねる。


 窓に鎧戸が落ちているのを見て、セオドアは門番の1人を振り返り、


「ここがどうかしたのか?」


 と訊いた。

 この外観、そして平日の昼間に鎧戸を落としていることからして、閉店した店としか思えなかった。

 そこにどうして自分が連れてこられたのか、さっぱり分からない。


「何か、確認してほしいということだったが。ここを見るだけか?」


「……違う」


 もう片方の門番の男が否定を口にし、セオドアに一歩近づいた。

 何かしらの兆候がうかがえないか、探るような視線だと、セオドアは感じた。


「見覚えはないか」


 その言葉に、セオドアは考える間もとらずに「ない」と答えた。

 大通りは広場を中心に放射状に走っている。午前中、セオドアがサリエルやレンダーと歩いたのは正反対の西側だ。こちらの東側に足を踏み入れたのは初めてだった。


 エセルが、そういったことを簡単に先の男に話すと、彼は軽くうなずいて理解を見せたが、やはりあまり信じているように見えない。


「中へ入ろう」


 男がセオドアの横を抜けて進み、ドアのノブへ手をかけた。鍵はかかっていなかった。見るからに建て付けの悪いドアで、打ちっぱなしの床にこすれながら開く。

 鎧戸が閉まっているから想像はできていたが、中は暗かった。ドアの形にくり抜かれた光が当たる周辺は見えるが、壁のほうに近づくにつれて暗さが増し、何も見えない。


 というより、何もなかった。


 それを確認するように、中へ入ったセオドアはぐるりと1回転して見渡す。

 店舗だということを示す作り付けの棚も、何もない。


「どう見ても、閉店した店にしか見えないんだが……」


 同じように後ろに続いて中へ入ったエセルに、とまどいながら言ったときだ。

 何かが感覚に触れた。


 嗅覚はかすかに布の焦げたようなきな臭さを嗅ぎ取り、肌は壁に残り香のようにへばりついた熱を感じる。

 チリチリと後頭部を重くする圧迫感。舌にざらりと感じる空気。

 そういった感覚が一度に襲ってきて、セオドアはキィイイインという耳鳴りとともに、めまいを感じて顔を伏せた。


 部屋の中央、炎の中で嗤う少女の幻視が脳裏に浮かぶ。


「セオドア? どうかしたのか?」

「……なんでもない」


 奥歯をかみ締めて堪えると、セオドアは顔を上げた。


 彼女に先んじて中へ入った男は、店内の奥にある部屋の入り口にまで進んでいて、そこでセオドアが来るのを待つように立っている。

 近づくと、彼は階段の前に立っていたのだと分かった。


 無言で促され、男について石の階段を上がる。

 段数はそんなに多くない。上がりきった男は振り返り、セオドアを越えて後ろのエセルを見て、


「ここで見たことは、誰にも言うなよ」


 と念を押した。

 その言葉で、2階に彼らの見せたいもの、彼女に確認をとりたいものがあるのだと、セオドアもさとる。


 まず間違いなく、見て気持ちのいいものではない。


 今ではすっかり紙のように蒼白した男たちの顔色からもそれがうかがえて、覚悟を決めて階段を上がった先の部屋へと向き直る。


 そこに広がっていたのは、うすうす感じ取っていたとはいえ、彼女の想定していた『最悪の事態』を軽く吹き飛ばす、悲惨なものだった。


「見るな」


 とっさにエセルが後ろからセオドアに目かくしをしようとしたが、遅かった。

 セオドアは、自分のほうへ引き寄せようとするエセルの手を拒むように払って、真っ向からそれを見る。


 小さな部屋の中央で、ずんぐりとした、女らしきものが正面の窓に向かい、背中を丸くして体を縮め、前かがみの姿勢をとっていた。

 らしい、というのは、全身が真っ黒く焼け焦げていたからだ。

 そして女が抱いていたのは、小さな――ティルフィナとそうかわらない背格好の、少女だった。

 仰向けになって大きく口を開き、母親にしがみついた少女もまた、炭化するほど焼け焦げてしまっている。


 直視に堪えない、痛ましい姿だった。


「……店主のレマと、その娘のエマで間違いないだろう。

 この店の常連で、個人的な付き合いもある夫人が、昼になっても閉店したままの店の様子が気になって訪ねて、発見した」


 男は淡々と、しかし張り詰めた声で説明をした。

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