第19回
何を言ってるんだ? こいつは、と思ってエセルをまじまじと見返した。
すぐに「じょーだん」とか言って、笑うかと思ったのだがそんなふうもなく、アーヒムが頃合いを見計らって運んできた、食後の白湯を飲んでいる。
「……わたしが、どうしておまえを必要とするんだ……?」
こっちは、ここで別れたらもう二度と会うものかと思っているというのに。
「そうだなあ」とエセルは白湯を一口飲み。
「とりあえず、この町の案内には俺が必要でしょ」
と言った。
その姿に、ああやっぱり、深読みしなくて正解だ、とセオドアは思う。
この男の言葉は大半がその場の思いつきの浮薄なもので、真面目にとろうとすると、こちらがばかをみることになる。
「不要だ」
椅子の背もたれに背を預けて、同じく白湯を口元へ運びながら答えた。
「どうせあと3日すれば去って、二度と訪れることのない地だ。
それに、おまえ、昨夜言っただろう、わたしには何もさせないと」
ずばり切り込む。
いまだ胸をざくざくと切り刻む言葉だったが、痛みは無視して、さあ言ってみろ、とにらみつける。
価値観のかけ離れた相手に同意や理解を求めたところで一切が無駄だ。ましてや考え方は個々違っていて当たり前。実際、それに対抗するに足るものを何ひとつ持っていないのに、エセルのした判断を一概に非難することはできない。
だから、本当なら聞いていないふりをしてやり過ごすのが一番だと、分かってはいるのだが……。
自分は、まだ何を期待しているのだろう。こんなにも傷つけられて。いいように利用されて。こんなやつ、友じゃないと思い切ったはずなのに。何が、こんなにももどかしいのだろうか……。
驚いていないところを見ると、昨夜セオドアがドアの後ろにいたことに、やはり気付いていたのだろう。
エセルはグラスをテーブルに戻すと、言った。
「盗み聞きで聞けるのは、耳に心地よい言葉ばかりじゃないとの覚悟がいるよな――というのは置いといて。
おまえにも言ってあっただろ? おまえは何もしなくていい、何かしてほしいとも思っていないって」
「しなくていい」「してほしいと思っていない」というのと「させない」というのは、微妙に言葉の意味は違っているが、大くくりにすれば同じ意味ともとれる言葉だ。
「それは……だがあのときは、魅魎が関わっているとは知らなかったからで――」
「実際、おまえは何もする必要はないんだよ」
「……退魔師という肩書きを利用したかっただけだからか?」
「ああ、あれはいい口実だったな」
くつり、エセルが苦笑気味に笑う。
(……口実?)
意味が分からない。が、とにかく話を進めようとセオドアは続ける。
「退魔剣師がいる、それが抑止になると思っているのか? そんなわけがないだろう。相手はすでに内側へ魅魎を引き込んでいるんだぞ」
周りに耳をそばだてている者はいないか、探る視線を店内に巡らせてから、できる限り小さくした声でぼそぼそと言う。
エセルは首を振った。
「そうじゃない。おまえは事の起こりを知らないからしかたないが……これは、言うなれば、自縄自縛なんだ」
……何のことだ?
「よく、分からないんだが……」
「分からなくていい。おまえが分かってやる必要はない。俺に言えるのは、今回の件は、おまえがここに来た時点で終わっているということだけだ。
俺も、なぜこんなことになっているのか正直理解できないというか、無意味なことをしてると思ってるんだ。だが始まってしまった以上、どうしようもない。
自分で始めたことは自分で終わらせなくちゃいけない。それがどんな苦難であろうとも」
さっぱり分からない。
分からないが、今のエセルに、煙に巻こうとしている様子はなかった。
ただ、今のエセルがセオドアを見ていないことは分かる。ため息をつく、その目と心に映っているのは、別のだれかだ。
それほど気にかけている者はだれなのか……。
黙って見ていると、その視線に気付いたエセルが、にっこり笑った。
「だからさ、残り3日、デートしよう」
「はあ!?」
「この事件自体は、おまえが何もしなくても、たぶんあと1~2日で片付くから。
おまえは3日間この町で楽しく過ごせるように、俺にエスコートされなさい」
そして、おまえには俺が必要だと気付きなさい、と言わんばかりのエセルのふざけた態度に、ぷちっとセオドアのこめかみで何かが切れた。
ここで何が起きているか知っているのに、無視して観光を楽しむだと!?
「できるかそんなこと!!
大体、なんでおまえ、そんなことが言える!? 何を知っ――」
ばんっとテーブルに手をたたきつけ、がばりと椅子から身を起こしたときだ。
おそらく、その動きが窓の外を走っていた者の目を引いたのだろう。
「あーーー!!」
窓の外からいきなりそんな声が飛んできて、セオドアはびっくりして続ける言葉を失った。
横を向くと、門番の男がこちらに向かって指を突きつけている。
「ここにいた!
おーい、ここだ! 彼女、ここにいたぞ!」
男の言葉を聞いて、先を走っていたもう1人の門番の男が戻ってくる。
何が何やら分からないままでいるうちに、2人は店の中へ入ってきてセオドアの横に立つと、緊張に強ばった顔で告げた。
「すまないが、一緒に来てくれ。確認してもらいたいことがある」




