女性4人組のパーティ
偶然路上で再会した友恵と夕食を食べることになった祥吾とクリュスは、前に紹介してもらったラーメン屋『胸焼け』で豚骨ラーメンを食べた。急激に腹が膨れる中、雑談をしていると世田谷ダンジョンの話へと移る。
そうして主にクリュスと友恵が話をした結果、友恵が2人に地下9層までの同行を申し出た。パーティメンバーの許可が必要だとはいえ、この話に2人は乗りかかろうとする。
豚骨ラーメンを完食した後、3人は店を出た。空は朱から黒へと移りつつある。突き刺さるような日差しはもうないが、こもるような熱気はまだ辺りに漂っていた。
女2人楽しげに話をするクリュスと友恵が祥吾の前を歩いている。これからファミレス『アットホームズ』へと向かうらしい。全国展開しているチェーン店だ。ペット同伴も可能だという。
目的の支店はそれほど遠くはない場所にあった。重たい腹を抱えながら祥吾がついて行くと『アットホームズ』にたどり着く。
「恵里菜さーん、こんばんわー!」
「店の中ででかい声を出すんじゃないよ」
「ともちゃん、こんばんはー!」
店の中に入った友恵はパーティメンバーを見つけると手を上げた。ついでに大きな声も上げたので他の客に注目される。そして、パーティリーダーが友恵を注意した側から同席した他のメンバーが無視をして声を上げた。
3人の女が座る席の前に祥吾たち立つと友恵が紹介を始める。
「2人とも、この3人がメンバーなんだ。この暗そうなのがリーダーの巻水恵里菜さん、こっちの大きいのが恩田小鳥、あののんきそうなのが大町由香だよ」
「誰が根暗だって? バカみたいに声を張り上げるんじゃないよ」
「うっす、恩田っす」
「えへへ~、ゆかりんだよ~」
何とも個性的でありそうなメンバーに祥吾はわずかに気圧された。さすが友恵のパーティメンバーなだけあると妙な感心をする。
友恵は続けて自分の仲間に祥吾とクリュスを紹介した。その出会いの経緯を軽く話すと恵里菜は呆れ、小鳥は変化なく、由香は笑う。
「友恵が抜けてるのは今に始まったことじゃないからまぁいいだろう。クリュス、祥吾、そっちに座ってくれ」
「失礼する」
「お邪魔するわ」
コの字型の座席の一角にクリュスと共に座った祥吾は正面の恵里菜に目を向けた。対する恵里菜も祥吾とクリュスを見る。
「さて、前置きはなしにして本題に入ろう。一応友恵から話は聞いてるんだが、地下10層以下に行くつもりで一番底を目指してるのは理解できた。が、それ以外が今ひとつなんだ。説明してくれないか」
「えー、恵里菜さん、あれでわかんないのー?」
「とにかくとかいい感じばっかりの説明でわかるわけないだろう」
2人の会話を聞いていた祥吾は苦笑いした。ちらりと耳にしていた友恵の言葉は確かにそんな感じだったからだ。やはり通じていなかったらしい。
ラーメン屋で友恵に話をしたクリュスが再び他の3人に自分たち2人の目的について説明をした。ここは簡潔に説明する。
「なるほど、今日地下3層まで行ってクソどもに襲われて鬱陶しいから、地下9層まで同行させてほしいってことか」
「あ~、あいつらほんっとにウザいよね~」
「恵里菜さん、あのクソどもを見返すためにも一番下まで行ってもらいましょーよ!」
「同行するだけなら別に構わんが、この2人、本当にあの中ボスを倒せるのか?」
「いけるよー! 何しろ横田のクソミノ倒してるから! 証拠は祥吾のあれ!」
楽しそうに恵里菜へと話す友恵が祥吾の脇に立てかけてある布を巻き付けられた武器を指差した。全員がそれに注目する。
「祥吾、その武器はなんだ?」
「槍斧だ。横田ダンジョンの守護者の部屋のドロップアイテムだよ」
「本当なのか?」
未だ半信半疑の恵里菜たちのために祥吾は立ち上がって刃先の部分の布をほどいた。すると、穂先、斧の刃の部分が姿を現す。
その造形を見た恵里菜、小鳥、由香の3人が目を見張った。しばらくじっと見つめる。
「確かにこれは、ネットで見たあの写真のやつと同じ形をしてるな」
「色も形も同じっすよ。ちょっと持たせてもらうっすよ。思ったよりも軽いっすね?」
「牛頭人が持っていたやつよりは小さいからな。人間サイズのなんだ」
「あーなるほど、わかったっす」
「うわ~、そうなるとほんっとうにあのクソミノを倒したんだ~」
「今ちょっと調べさせてもらった。ネットにそれと同じドロップアイテムの武器があった。ということは、それは本物なんだろう」
横田ダンジョンのドロップアイテムをテーブルに置いて恵里菜たちが盛り上がっていた。やたらとクソミノという言葉が出てくることに祥吾は苦笑いする。
スマートフォンの画面を消した恵里菜がクリュスに目を向けた。それから話を元に戻す。
「クリュスと祥吾があのクソミノを倒したことは認めよう。そうか、あれを倒せる実力があるのか」
「それほど心残りなのですか?」
「未練というよりも、2人に感心してるのさ。あたしらが4人がかりで勝てなかったあれに2人で勝ったっていうことにね」
「すごいっす。あたしなんて、あの攻撃受けたら吹き飛んだっすから」
「あの長い斧みたいなのが、近くを通っただけですごい風に当たっちゃうもんね~」
思い出の中でも苦いもののはずだが、恵里菜たちは明るい調子で当時のことを断片的に語っていた。心情的には既に整理できていることが推測できる。
「そうだ! クリュス、今日世田谷ダンジョンに入ったときのことをみんなにも話してよ! あれ絶対ウケるから!」
「そういえば、電話で何か興奮してしゃべってたな。クリュス、聞かせてくれないか」
「良いわよ」
それまで黙っていた友恵が話しに区切りがついた途端に騒ぎ始めた。それをきっかけに電話でよくわからない話を聞かせられた恵里菜がクリュスに話を求める。快く応じたクリュスが今日の出来事を披露した。どの話も好評で終わる。
「2人には大変なことだったんだろうが、聞いてる分にはスカッとする話だな」
「そうっすね。あの連中は痛い目に遭うべきなんすよ」
「近くで見てみたかったな~。絶対に笑えるよ~」
「いやぁ、2回目だけど面白いよねー!」
「お気に召したようで嬉しいわ。それで、同行の件はいかがかしら?」
「クリュスと祥吾ならいいぞ。2人がいるときに何かイベントが起きたら面白そうだな」
「ちょっと楽しみっすね」
「わ~い、特等席で見られそ~」
「それいいなー。あたしも楽しみ!」
「つれて行ってもらう身としては、何もないのが一番ですけれどね」
クリュスの話をきっかけに女性陣の会話が一気に弾んだ。5人が楽しげに話す。
それを見ながら祥吾は槍斧に布を巻いていた。女5人の会話に入り込むのはなかなか難しい。
ただ、既に目的を果たしたので祥吾が無理に話に加わる必要はなかった。後は5人の会話が終わるのを待つだけである。問題なのはその間やることがないということだけだ。
どうしたものかと少し考えた祥吾は、武器を再び立てかけるとクリュスのリュックサックに手をかけた。口を開けると黒猫を取り出す。
「にゃぁ」
「おーし、今からしばらく俺の相手をしてくれ」
座席に座った祥吾は膝の上にタッルスを乗せた。くるりと一回転して座った黒猫があくびをして目を閉じる。
今から思い切り撫でてやろうと考えていた祥吾は話し声が聞こえなくなっていることに気が付いた。顔を上げると全員の視線が向けられていることに気付く。
「どうした?」
「今の黒猫は一体なんだ? 祥吾の飼い猫なのか?」
「俺じゃなくて、こっちのクリュスのだよ。俺はただの遊び友達ってところだな」
「でも、祥吾はすごく好かれてるんだよな!」
「すごくかどうかは知らないが、好かれてはいると思うぞ」
恵里菜と友恵をきっかけに小鳥と由香も話に参加してきた。誰もが大の猫好きという程ではないものの、やはりかわいい生き物を見ると興味を引かれるらしい。
今は祥吾の膝で丸まっているので、隣のクリュス以外はタッルスの姿が見えなかった。底で祥吾は手で抱えて持ち上げる。すると、恵里菜たち4人の視線が黒猫に集中した。
そこで祥吾はクリュスに尋ねてみる。
「クリュス、みんなに触ってもらうのはどう思う?」
「タッルス次第だから私にはわからないわ。でも、これは眠たそうね。祥吾がそのまま抱いていたら少しは良いと思うわ」
「なんで俺なんだ?」
「タッルスに好かれているからよ。頑張ってご機嫌を取ってちょうだい」
飼い主からの指示を受けた祥吾は仕方なしに上半身をテーブルへ迫り出し、両手で黒猫を差し出すような格好をした。そうして恵里菜たち4人に黒猫を触ってもらう。
これは大好評だった。全員が目を輝かせて静かに撫でる。
その後、この撫で回し大会はタッルスが嫌がるまで続いた。




