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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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リュックサックをひったくられた探索者(前)

 まずは慣れるためにと世田谷ダンジョンに入った祥吾とクリュスだったが、あまりにも他の探索者に襲われる問題に直面した。とても長時間は活動できないと判断した2人は一旦外に出て出直すことにする。


 地上に戻ってから受付嬢に聞いたところによると、人数が少なすぎて他の探索者に狙われた可能性が高いと指摘された。その盗賊的発想に祥吾などは頭を抱えたが、一理ある意見なので対策を講じる必要を認める。


 ところが、お好み焼きやクレープを食べながら2人が色々と考えても良い案は浮かんでこない。普通の探索活動であれば仲間を募ることもできるが、2人の目的の都合上、そう簡単に人集めができないからだ。


 結局、おやつを食べきっても名案は浮かんでこなかったので、2人は世田谷支部から出ることにした。時刻は午後4時半頃と中途半端な時間である。


 今は真夏だが、この時間帯になると暑さは昼下がりに比べてかなりましだった。もちろんそれでも蒸し暑いのだが、あの強烈な日差しがかなり和らぐので外出しやすい。


 日傘を差したクリュスが祥吾の隣を歩く。リュックサックを背負い、肩には鞄を提げ、そうして日傘を差すという変わった出で立ちだ。先程までの悩みを感じさせない態度で、その肩にはリュックサックから出てきた黒猫が乗っている。


「人数の問題を解決しない限り、世田谷ダンジョンには入らない方が良いわね」


「そうなんだよな。でも、いつまでもっていうわけにはいかないだろう?」


「もちろん」


「最悪、真夜中に出発するっていう方法はあるけれどな」


「真夜中? どういうこと?」


「やっぱりダンジョンの活動は朝に始めて夕方か夜に終わるのが一般的なんだよ。だから、真夜中に中へ入っているパーティは昼よりもずっと少なくなるんだ」


「つまり、襲われる可能性が低くなるということ?」


「そう。ただし、ゼロになるわけじゃないけれどな」


「なるほど。案のひとつとしては悪くないわね」


 提案を受けたクリュスはわずかに微笑んだ。とりあえず何らかの案があるだけでも精神的にはずっと楽になれる。それが使えそうなものであるのならば尚更だ。


 世田谷支部の売買施設にいたときよりも若干雰囲気が明るくなった2人はゆっくりと道を歩く。そろそろ花道商店街が見えてくる辺りまでやって来た。


 そのとき、2人は背後から聞き覚えのある声で呼び止められる。


「あれ、クリュスと祥吾? 今帰り?」


「友恵じゃない。今日はどうしたの?」


「あたしはいまから晩ご飯だよ。『胸焼け』に行くんだ」


「お前またラーメン屋に行くのか。あればっかり食べるのは体に悪いんじゃないのか?」


「いつ死んじゃうかわかんない仕事してるんだから悔いのないように食べとかないとね! あそこのラーメンは毎日食べても飽きないんだ」


 屈託なく笑いながら答える友恵に祥吾は呆れた。自分の体なので好きにすれば良いが、それはどうなんだという思いが強い。


 そんな祥吾の内心など構うことなく友恵がクリュスと話を続ける。


「で、2人は今からどこにいくの?」


「私たちはこれからホテルに戻るところよ。ダンジョン帰りなの」


「そうなんだ。あ、それじゃご飯はまだ食べてない?」


「ええ、まだどこで食べるかは決めていないわ」


「だったら『胸焼け』に行こう! 今度は並に挑戦だ!」


「いえ、それはちょっと」


 さすがに友恵の無茶ぶりにクリュスは応じられなかった。顔を引きつらせて辞退する。


 断られた友恵だったが、それでもめげる様子はまったくない。更に誘いかけてくる。


「あはは、さすがに無理かー。最小でも残してたもんね。でも、もう1回行ってみない?」


「食べに行くだけでしたら構わないですよ。私が残しても祥吾に食べてもらいますし」


「俺が食うの前提なのか」


「すごい仲がいいね! もしかして、付き合ってんの?」


「そういうわけじゃないんだよな。みんなにはよく言われるんだが」


「不思議な関係だね。まぁいいや。それじゃ、みんなで行こう! あ、後でタッルスに触らせて!」


「この子が良いならね」


 目を輝かせて黒猫を見つめてくる友恵に対してクリュスは微笑んだ。当のタッルスは我関せずである。そういえば、前回は結局友恵は触らせてもらえなかったことを祥吾は思い出した。


 3人で花街商店街に入ると前と同じように古めかしいアーケードの下を歩いてゆく。そうして前回と同じように『胸焼け』という看板のある年季の入った建物へと入った。席は半分ほど埋まっており、前回3人が座った場所が空いている。


 猫用の台座を持ち出した友恵はクリュスとの間にそれを設置してから椅子に座った。そうして店主に注文をする。


「おっちゃーん、特盛りー!」


「あいよー!」


「俺と隣は半分と最小で」


「あいよー!」


「あれ、祥吾は前って並を食べてたよね?」


「クリュスの残りを食べる前提だからだ。さすがに並だとスープまで飲めないからな」


「なるほど、残さず全部食べるってわけか。いいね! あたし、そーゆーの好きだよ!」


 祥吾の返答に機嫌が良くなった友恵がにかっと笑った。そうしてすぐにタッルスへと顔を向ける。


「ねぇ、タッルス、あたし、今日、触っていいかな?」


「まだ気を許していない見たいね。祥吾だったらいつでも構わないのに」


「えー、いいなー! でもなんで祥吾はそんなに気に入られてるの?」


「それがわからないのよ。飼い主よりも好かれているんだから、嫉妬しちゃうわ」


 猫の話が始まったかと思えば突然自分に話の矛先を向けられた祥吾は戸惑った。まだ注文したラーメンも来ていないので気付かないふりをして食べることもできない。友恵からの羨望の眼差しがきつかった。更にクリュスからも面白そうな目を向けられるのが地味につらい。


 どうしたものかと祥吾が困っているとタッルスが猫用の台座から立ち上がってカウンターの上を歩き、祥吾の膝の上に降りた。そうして1回転するとそこに座る。


「にゃぁ」


「あーいいなぁ!」


「じょーちゃん、しゃべんのはいいが、大声は勘弁してくれって言ってんだろ」


「あ、ごめん、おっちゃん」


 前にも見聞きしたやり取りが祥吾の目の前で繰り返された。他の常連客はまたやっているという顔をしている。


 しきりに羨ましそうにしていた友恵は祥吾の膝元にいるタッルスをじっと見つめていたが、ラーメンが届くと注意はそちらへと逸れた。そうしておいしそうに食べ始める。


 祥吾も自分の豚骨ラーメンに箸を付けた。今回は前回の半分なので余裕がある。その余裕はすべてクリュスが残したラーメンで埋まるわけだが。


 ある程度食べると友恵がクリュスに話しかける。


「世田谷ダンジョンってどうだった?」


「それが、他の探索者に目を付けられたらしくて、思うように活動できなかったのよ」


 ひたすら特盛り豚骨ラーメンを突き崩す友恵にクリュスが今日の活動について簡単に説明した。すると、友恵は驚くことなく納得した表情で返答する。


「元々2人でっていうのが無茶だなって思ってたけど、やっぱりそんな感じになるよね」


「わかっていたの?」


「何となくはね。自信がなかったから言わなかったけど。2人組でガキっぽくて、なおかつクリュスのようなすんごい美人がいるとなると、悪い意味で周りの男が放っておかないから」


「受付嬢には人数が少ないとしか言われなかったわよ?」


「女だてらに探索者なんてやってるヤツの中にはたまにめんどーなのがいるからね、たぶんわざと言わなかったんだと思う」


「でも、女であることは変えられないわ」


「そうだね。だから人数をどうにかしないといけないよ。あてはあるの?」


「ないわ。それで祥吾共々困っているのよ」


「ふーん」


 目に見える勢いで特盛りの山の部分が崩れていく程の速さで食べる友恵は生返事をした。適当に考えているというよりは何かを考えているという様子である。


「2人ってなんで世田谷ダンジョンに入るの?」


「地下19層に行くためよ」


「マジで?」


「ええ。魔物に関しては私と祥吾で何とかなるの。その目処もついているわ。でも、探索者に関してはちょっとね」


「どーしよーもないヤツらは殺すしかないんじゃないの?」


「でも、避けられるならそんな事態は避けた方が良いでしょう」


「地下10層以下は別世界だって知って言ってんだよね」


「もちろん」


「むー、本気かぁ」


 3分の1ほど見えるようになった豚骨ラーメンの表面から麺を取り出した友恵はずぞぞと音を立てて口に入れた。カウンターの上に小さな汁の点がひとつ現われる。


 端の席で黒猫を膝において豚骨ラーメンを食べていた祥吾はじっと2人の話を聞いていた。友恵の口ぶりから何かありそうな感じがするが、実際に何を考えているのかまではわからない。


 祥吾は耳をそばだてながらラーメンを食べ続けた。

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