探索者と魔物、厄介なのは(後)
世田谷ダンジョンに入って間もなく、祥吾とクリュスは地下1層で他の探索者に襲われた。クリュス目当てのナンパ目的や都合の悪い場面を見られたことによる口封じなどではなく、純粋な金銭目的である。
どんな理由であれ他者を襲うことは悪いことであるが、もはや盗賊そのものだなと祥吾はため息をついた。確かに今いる地球のどこかにはそう言う連中がいることは理解しているが、自分が住んでいる日本でまだそんな者たちがいたことに肩を落とす。
尋問した男が逃げていくのを見逃した後、祥吾は床に倒れている中途半端に焼けた死体に目を向けた。魔法の火の矢をいくつか受けたそれは着弾部分が激しく焼け焦げている。プロテクターでさえもだ。一般的な魔法の威力ではない。
死体と金属とプラスチックの焼けた臭いが辺りに漂う。深呼吸して心機一転を図ることもできない。
この場でやることはもうないと判断した祥吾がクリュスに話しかける。
「そろそろ行くか」
「その前に、あの弩弓は拾わなくてもいいのかしら?」
「あー、あれか」
床に転がっている飛び道具へと目を向けた祥吾がつぶやいた。気になったので近づいて見る。槍斧ではたき落として以来そのままだ。
手に取ってよく見てみた。外傷は特に見当たらない。
「これはやめておこう。こいつではたき落としたからな。どんな不具合があるかわからない。それに、必要な新しいのを買えば良いんじゃないのか?」
「確かにそうね。だったら拾わなくても良いでしょう」
「それに、これを持つならお前の方だろう。俺は前衛だから使う余裕なんてないぞ」
「私は魔法があるから必要ないわ。なるほど、私たちには必要ないわね」
納得したらしいクリュスがうなずくのを見た祥吾は弩弓を床に置いた。これで死体共々、そのうちダンジョンがきれいにしてくれるだろう。
ようやく襲撃された後始末を終えた2人は地下2層へ続く階段を目指した。最短経路を外れて多少迂回しつつ先に進む。すると、先程までまったく見かけなかった他の探索者の姿をたまに見かけるようになった。
その変化に祥吾が戸惑う。
「なんか、急に他の探索者の姿を見かけるようになったな」
「そうね。誰も最短経路を通らないのはどうしてかしら?」
自分たちが何かしらの流れに乗ったらしいことは理解した2人だったが、それ以上のことがわからないのでどちらも首をひねった。しかし、祥吾としては先程のような嫌な感じはしなくなったのでこのまま進むべきだと考える。
わからないなりに地下2層へ続く階段を目指していると2人は目的地にたどり着いた。目の前ではたった今階段を降りていく探索者たちの姿が奥へと消えていくところだ。自分たちもそのまま降りる。
階下である地下2層も風景は何も変わらなかった。先を行く探索者たちと後からやって来る探索者たちの声が聞こえる点も同じだ。
一旦通路の脇に寄って立ち止まった2人はタブレットを覗き込んで話し合う。
「クリュス、この階も最短経路を外して通った方が良いと思わないか?」
「そうね。また襲われたら嫌だものね。でもそうなると、どうやって次の階段まで行こうかしら。あまり大回りはしたくないし」
「さっきみたいに人の流れに沿うっていうのはどうだ?」
「その人たちが階段まで行ってくれるのなら良いけれど、違ったら結局自分たちだけで目指すことになるわよ」
「今と変わらないわけか。だったら、最短経路に近い通路を通るのはどうだ?」
「それしかなさそうね。祥吾は最短経路の右側と左側、どちらを進みたい?」
「別のどちらでも良いんだが、そうだなぁ、左側にしよう」
「わかったわ。それじゃ指示を出すから行きましょう」
方針を固めた2人は再び通路を歩き始めた。クリュスの指示に従って祥吾が先頭を進む。周囲にはかすかに他の探索者の気配がするものの、魔物が襲ってくる兆候は感じられない。
このまま階段までたどり着けたらと考えていた祥吾だったが、ふと通路の先が騒がしくなった気配を感じ取った。魔物と戦う気配でも探索者同士が争う気配でもない。
首を傾げる祥吾は立ち止まる。
「祥吾、どうしたの?」
「この先から何かの気配がするんだが、それが何なのかが判別できないんだ。これは、近づいて来ている?」
「魔物? それとも探索者?」
「これは、どっちもだな。なんだこれ?」
通路の奥の状況を図りかねた祥吾は戸惑った。そのうち音もしっかりと聞こえてくるようになり、何が起きているのか次第にはっきりとわかってくる。人が先頭を走り、魔物がその後に続いているらしい。やがて、それは視覚的にもはっきりとした。探索者たちが魔物に追われているのだ。
ようやく危険を具体的に察知できた祥吾が振り向く。
「前の分岐路まで戻って曲がるぞ!」
返事を待たずに祥吾はすぐに駆け出した。真剣な表情のクリュスも体を反転させてそれに倣う。2人の背後には多数の魔物に追いかけられる探索者4人が続いた。
とりあえず後ろの探索者たちのことは放っておいて2人は分岐路を曲がる。まずは自分たちの身の安全を図らねばならない。ある程度魔物から離れる必要があった。
追われていた探索者たちは祥吾たちに続いて同じ分岐路へと入ってくる。祥吾たちが別の分岐路へと曲がれば再び後に続いた。
何度か通路を曲がった後、祥吾はおかしいと感じた。魔物に追われて余裕がないのは理解できるが、ここまで何度も曲がったのにまったく同じ通路を逃げるばかりで自分たちに助けを求める声を上げてこない。
どういうことなのかと祥吾が振り向いて探索者を見たとき、その顔に浮かぶ表情を見て理解できた。4人全員が笑っている。
「クリュス、あいつら、魔物を俺たちになすり付けようとしているぞ!」
「どうりでおかしいと思ったわ!」
「迎え撃つか!?」
「私がやるからそのまま走って!」
何やら策があるらしいクリュスの返事に祥吾は口を閉じた。こうなると後は任せるのみだ。並走するクリュスが何かつぶやくのを耳にしながら何も考えずに走り続ける。
とある直線が続く通路で脇へと分岐路が伸びている場所に差しかかったときだ。祥吾とクリュスがその脇道を通り抜けた直後、直進することを妨げるように炎の壁が現われる。炎に焼かれたくなければ分岐路へ曲がるしかなくなったのだ。
その炎の壁の奥から探索者たちの焦り声や罵声が聞こえてくる。
「ちょっ、なんだ!?」
「うわぁぁぁマジかよ!」
「ヤバいヤバいヤバい!」
「ちくしょう、あいつら! うぉっ!?」
走るのをやめたクリュスを見た祥吾も足を止めた。振り返ると通路の端から端まで炎の壁がしっかりと塞いでいる。自分たちへと続く通路へ進めないように塞いだらしい。
そんな炎の壁を祥吾が眺めていると次いで魔物の悲鳴が耳に届いた。突っ込んだ個体がいるようで複数の悲鳴が断続的に聞こえてくる。ただ、それもすぐに止んだ。多くは脇の分岐路へと流れていったようである。
「静かになったな。もう向こうには誰もいないんじゃないのか?」
「そうね。あれを解いて確認しましょうか」
問われたクリュスが前に進み出ると同時に炎の壁は消えてなくなった。すると、丸焼きになった魔物の死体がいくつか床に倒れているのが目に入る。
「どれも魔物の死体ばかりだな。あの探索者たちはちゃんと曲がって逃げたららしい」
「人間の丸焼きなんて見たいと思わないから結構なことだわ」
「それにしても、こんなことをしてくる奴までいるのか」
「負けそうだったから逃げ回っていたのかしら?」
「違うな。連中は笑いながら走っていたから、あれはわざとだ。誰かにあの増えた魔物を押し付けようとしていたんだよ」
「どうしてそんなことをするのよ?」
「さぁね。それが楽しいらしいということくらいしか知らんぞ」
以前、祥吾はスマートフォンで何となくインターネットを巡っていたときに見つけたブログを思い出しながらしゃべった。ああいった愉快犯的な者が魔物を集めて他の探索者になすり付けて楽しむことがあるらしい。それを生きがいにしている者もいるという。
もちろん、いつも成功するとは限らない。失敗して魔物に殺されたり相手の探索者に暴行を受けたりすることもある。しかし、そういった手合いがいなくなくなることはなかった。
面白くなさそうな様子の祥吾が丸焦げになった魔物の死体に近づく。
「とりあえず、魔石を拾って先に進むか」
「そうね。いつまでも気にしていても仕方ないわ」
「そういえば、ここがどの辺りかわかるか?」
「確認するわ。魔石を拾っておいてちょうだい」
祥吾に尋ねられたクリュスが立ち止まってタブレットを手に持った。そうしてたまに周囲を確認しつつ地図情報を眺める。
その様子を尻目に祥吾は魔石を拾い始めた。




