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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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世田谷ダンジョンに挑戦する日

 世田谷区に到着した翌朝、祥吾は日の出頃に起きた。目覚めたのはずっと前だが室内にもう1人いるので起きるのを控えていたのだ。それでも、さすがに周囲が明るくなればベッドで横になっている理由もなくなる。


 なぜか黒猫が側で丸まっていたので起こさないようとゆっくりベッドの外に出ようとしたが失敗した。タッルスはすぐに顔を上げて祥吾を見上げてくる。


「悪い、起こしたな」


「にゃぁ」


 特に怒った様子もなく、タッルスが一声鳴くのを聞いた祥吾は服を着替えた。今日はダンジョンに入るので普段着ではなく通気性の良いインナーにエクスプローラースーツだ。ぴっちりとして体の線が浮かび上がるので人に見られると恥ずかしいやつである。


 次いで歯を磨こうとしたところで祥吾はふと隣のベッドで眠るクリュスに目が向いた。そうして自分のスーツ姿をもう1度見る。そうして放り出していたバスタオルを手に取り、すぐに腰へと巻いた。


 その直後、クリュスが目を覚まして起き上がる。


「おはよう、祥吾。そのバスタオルは?」


「ああこれか? ちょっとな。別に変な意味じゃないぞ」


「ふ~ん。あ、ふふふ」


 最初は首を傾げていたクリュスだったが、やがて何かに気付いたらしく小さく笑った。


 一方、祥吾はそれに気付かないふりをして洗面所へと向かう。今は何を言っても恥ずかしい目に遭うのでここは無視が一番なのだ。見逃してくれるかは相手次第だが。


 寝起きからいきなり苦労をする羽目になった祥吾だが、歯磨きを終えると自分の荷物が置いてある場所に戻ってカーゴパンツを穿く。最初からこうすれば良かったのだと今になって気付いた。


 浴室でエクスプローラースーツを身に付け、ローブも着込んだクリュスが出てくる。


「あら、もうバスタオルじゃないの?」


「卒業したんだ。今じゃこの通り、どこに出ても恥ずかしくない姿だぞ」


「それじゃ朝食を食べに行きましょう。タッルス」


 ホテルのサービスを利用するべく、2人は黒猫と共に部屋を出た。1階まで降りるとホテルの建物と出入口ひとつで繋がっている隣の食堂でビュッフェを楽しむ。


 取り皿に食べたいものを山積みにした祥吾が空いている席に座った。その正面に上品な盛り付けをされた皿を持ったクリュスが座る。そして、持っていたもう一皿にキャットフードを入れ始めた。タッルスが舌なめずりしながらおとなしく待っている。


「飯を待つ姿はその辺の猫と変わらないよな、タッルス」


「そりゃ猫ですもの。早く食べたいものね。ほら、お上がり」


「おー、無言で食い付いた」


「祥吾だって似たようなものじゃない。そんなにたくさん持ってきて」


「俺は最初にいただきますくらいは言うぞ。それに、これは全部食べられるから持ってきたんだ」


「知っているわ。でも、あの友恵はあなた以上に食べるんでしょうね」


「あーあいつなぁ。この倍くらいはあっさり食べそうだよな」


「ビュッフェの料理が全部なくなっちゃいそうね」


「ということは、あの豚骨ラーメン屋は案外友恵に合っているのかもしれないな」


「あれはおいしかったけれど、胃がもたれたわ」


「それは鍛え方が足りないぞ」


「胃なんてどうやって鍛えるのよ」


 どうでもよいことを話ながら2人は朝食を口に運んでいった。祥吾の家で夕飯をよく一緒に食べる2人だが朝食は今回が初めてだ。なので、何となく新鮮に感じる。


 朝食が終わると部屋に戻って探索の準備を始めた。スポーツバッグに着替えとプロテクターを詰め込み、リュックサックを背負い、そうして武器を手に取る。


「さて、行くか。今日も暑そうだな」


「涼しいうちにあっちへと行きましょう」


 黒猫をリュックサックに入れたクリュスの言葉に祥吾がうなずいた。そうして部屋を出る。槍斧(ハルバード)を周囲にぶつけないよう気を付けた。


 2人はホテルから出ると昨日と同じ経路をたどる。幹線道路を通る自動車の数は既に多いが、まだ通勤のピーク前なので人通りは多くない。布で巻かれた長い棒は目立つが目を向ける人は少なかった。


 これから確実に暑くなる日差しを浴びながら祥吾が口を開く。


「さすがに2日連続でひったくり犯には遭わないよな」


「それを追いかけているのが再び友恵だったら、もう笑うしかないわね」


 日傘を差したクリュスが力なく笑いながら答えた。祥吾としてもそこまで間抜けだとは思いたくない。もしそうだったら、次は助ける気になれそうになかった。


 探索者協会世田谷支部にたどり着いた2人は支部の本部施設へと入る。ロビーには昨日の昼以上に探索者がいた。これからダンジョンに入る者たちであることは明白だ。


 その脇を通り抜け、2人は別れて更衣室へと入る。


 男性更衣室の中は人が多かった。探索者の大半が男なので驚くことではない。しかし、冷房が効いていても暑苦しい雰囲気はなくならなかった。


 空いているロッカーの前に立つと祥吾は荷物を下ろして着替え始める。ホテルである程度着替えをしてきたこともあり、私服を脱いで防具を装備するだけで済んだ。最後に槍斧(ハルバード)の布を剥がす。表面を磨くくらいしか手入れはしていないが刃こぼれひとつしていない綺麗な姿が現われた。


 それを見た隣の男が声をかけてくる。


「随分と立派なモンをもってるじゃねぇか。かなり高かっただろ」


「いや、これはダンジョンで手に入れたんだ」


「ドロップアイテムか。どこで手に入れたんだ?」


「別のダンジョンだよ。ここは今日初めて入るから違うぞ」


「へぇ、こんなのドロップするって、どんなヤツなんだ?」


牛頭人(ミノタウロス)だよ」


 最後に布をロッカーに入れた祥吾はその扉を閉めた。そうして施錠するとしゃべっていた男の目が釘付けになる武器を担いでその場を離れた。


 男性更衣室から出た祥吾は女性更衣室の扉の近くに立っているクリュスを見つける。声をかけながら近づくと目の前で立ち止まった。そうして2人でロビーに向かう。


「こっちの更衣室は朝から人が多かったな」


「女性更衣室にはあまりいなかったわね。使いやすくて良かったわ」


「それは羨ましいな。男の方の部屋をもっと広くしてほしいくらいだ」


「ホテルで着替えてそのままダンジョンに入るっていう方法もあるけれど」


「もっと近ければそれも考えたんだけれどなぁ。さすがにあの距離を完全装備で歩くのはちょっと」


 往来する人々のことを思い出しながら祥吾は微妙な表情を浮かべた。布を巻き付けた槍斧(ハルバード)でさえ目を向けられるのだ。プロテクターを装備した状態だと尚注目されるだろう。世間では探索者の地位は高くないので目立っても良いことはない。


 ロビーに出ると2人は受付カウンターへと向かった。昨日とは違って朝方はそれなりに盛況らしく、どこも行列ができている。なので、最も短い列に並んだ。


 順番が巡ってくると受付嬢とクリュスが対話を始める。尋ねる内容は昨日と同じだ。そして、回答も変わらなかった。相変わらず世田谷ダンジョンの中は魔物も探索者も油断ならないらしい。


 質問を終えると2人は受付カウンターから離れた。そのまま出口へと向かう。


「ようやく中には入れるわね」


「何だかんだと昨日から色々とあったからな。やたらと時間がかかった気がする」


「実際は予定通りなのにね。不思議なものだわ」


「さて、さっさと入って、どんなものか体験しよう」


 支部の本部施設から外に出た祥吾とクリュスは正門へと向かった。他にもこれから世田谷ダンジョンへと向かう探索者たちが同じ方向へと向かって歩いている。その中には、ちらりと2人へ目を向ける者たちがいた。


 首を鳴らしながら祥吾が思い出したかのように口を開く。


「そういえば、結局この辺りで友恵は見かけなかったな」


「確か昨日は徹夜明けだって言っていなかったかしら。そうなると、最低でも今日1日は休みになると思うわよ」


「確かに。ところで、今日は地下4層まで行くのが目的で良いんだよな」


「ええ、まずは世田谷ダンジョンに慣れるところからね。階層が深いから、そもそも一気に攻略するのは難しいわ」


 とある階層に降りて更にその下に降りる階段までは平均で1時間くらいかかるのがダンジョンでは一般的だった。そうなると、19階層ある世田谷ダンジョンの最下層まで行くには最短でも約19時間かかることになる。理論上は1日で到達できる距離だが、実際にそんな強行軍をすれば途中で倒れることは間違いない。


 そのため、2人は世田谷ダンジョンに慣れながら下層を目指すことにしている。焦る必要はないのだ。


 正門にある自動改札機を通り過ぎた2人は警戒区域に入る。他の探索者と同じように道なりに進んでダンジョンの入口に近づいた。


 次第に強くなる日差しを浴びながら2人はその階段を踏んで降りてゆく。すぐに周囲の探索者に紛れてその姿は見えなくなった。

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