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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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探索者協会世田谷支部

 花道商店街にあるラーメン屋で満腹になった祥吾とクリュスは炎天下の道を歩いていた。微妙だったとはいえ、一応冷房が効いていた店内から出たものだからとても暑い。当然すぐに汗が噴き出た。祥吾は。


 一方、日傘を差しているクリュスは平気な顔をして歩いている。その肩に乗っている黒猫はのんびりとした様子だ。


 汗が止まらない祥吾が日傘に目を向ける。


「俺も日傘を買おうかな。いやでも、雨傘で代わりになるか?」


「男性用の日傘なんてものもあるから、今度調べてみたらどう?」


「そんなのがあるのか。自転車に乗っているときは風が当たるから割と平気だったが、ずっと歩くとなるとそれがほしくなってくるな」


「ずっと日陰にいるようなものだから楽でいいわよ」


 祥吾の視線に気付いたクリュスが日傘をくるりと回してみせた。タッルスは我関せずである。その様子を祥吾が羨ましそうに眺めた。


 今2人が目指しているのは探索者協会の世田谷支部だ。スマートフォンで情報を収集したが、実際のところはどうなのかを確認するためである。今回は装備も道具も持ってきていないので施設を見て回るだけの予定だ。


 いつもよりもゆっくりと歩いた2人はやや時間をかけて世田谷支部へとたどり着いた。見た目は他のダンジョンの支部と大して変わりない。正面玄関から入って駐車場を通り過ぎ、支部の本部施設の中に入る。


「ああこれは、何て言うか、事前情報の通りだな」


 室内の様子を目にした祥吾は独りごちた。探索者の風貌から大人ばかりなので、人が多いのは夏休みだからというわけではないことはすぐに気付く。同時にその顔が、というよりも雰囲気が何とも良くなかった。また、その雰囲気の通り、大声で口論している者たちもいる。それを誰も気にしていないことから日常茶飯事だということが容易に推測できた。


 ロビーの端に寄って周囲を観察していた2人だが、別に隠れているわけではない。そのため、当然周囲からも2人の様子を見ることはできた。知らない顔が視界に入ると反応するのは珍しくない。特に美人であるクリュスにはひときわ視線が向けられた。


 ある程度建物内の様子を眺めた祥吾がクリュスに声をかける。


「ネットで情報を見ただけのときと違って、実際に体感してみると困ったもんだな」


「祥吾はこういう場所は慣れているんじゃなかったの?」


「何年かぶりに思い出したよ。あっちの世界の冒険者ギルドもこんな感じだった」


「だったら何とかなるわよね」


「お前の問題がなければな」


「何よそれ、私が美人だっていうのが悪いっていうの?」


「少なくとも今ここに限定すればそうだろう。お前自身が悪いわけじゃないが」


 困ったという感情が交じった笑顔を祥吾が浮かべた。そんな顔を向けられたクリュスは口を尖らせる。


「あーもう悪かったって。それより、受付カウンターに行こう」


「帰りに何かごちそうしてもらうわよ」


「花道商店街になるが、それで良いのか?」


「ホテル近辺で探しましょう。どうせなら安心してごちそうされたいわ」


 立ち直ったクリュスからの要求に祥吾は苦笑いした。初めてやって来ていきなりひったくり犯と遭遇する場所はお気に召さなかったようである。


 ともかく、次にやることが決まった。2人はロビーの端から受付カウンターへと足を向ける。建物内には人が多いが、受付カウンターの前にはそれほど行列ができていない。なので、開いている受付嬢の前にクリュスが立つ。


「明日ここのダンジョンに入る予定の者ですが、『エクスプローラーズ』に出ていない危険に関する情報はあるでしょうか?」


「今のところは特にありませんね。ただ、現われる魔物の強さと階層が一致しない場合があるので注意してください。『エクスプローラーズ』で表示されてますけど、本当に危ないですよ」


「それって注意したら避けられるものなんですか?」


「確かにどうにもならないですね。ただ、危ないと思ったらすぐに逃げてください」


 クリュスの切り返しに言いにくそうな笑顔を浮かべた受付嬢が念押しで既知の危険について警告した。より詳しく聞くと、地下9層以上に地下10層以下の魔物が現われることがあるらしい。1体だけなら倒せることもあるが、何体かがまとめて現われるとどうにもならないので恥も外聞もなく逃げるようにと注意される。


「わかりました。ありがとうございます」


「それと、これはあんまり言いたくないことなんですが、周りの探索者には気を付けてね。たまに同業者を襲う馬鹿がいるんで」


「ネットで書かれていたようなことですか?」


「どこの情報かは知らないですけど、たぶん合ってます。これがなければもっと稼ぎやすいダンジョンになるんですけどね」


「大変ですね。頑張ってください。それでは」


 ため息をつく受付嬢に励ましの声をかけるとクリュスは受付カウンターから離れた。祥吾が後に続く。


「ここの職員は大変そうだな」


「でも、自分たちで頑張ってもらうしかないわ。私たちは職員じゃないもの」


「もっともなんだが、お前も自分で頑張る必要があるかもしれないぞ?」


「どういうこと?」


 不思議そうな表情を浮かべて振り向いてきたクリュスに祥吾は顎をしゃくって左側を見るよう促した。一拍遅れてクリュスがそちらへと顔を向けるのに合わせて、祥吾も再び目を向ける。すると、だらしない笑みを浮かべて近づいて来たのが目に入った。


 その青年が親しげに声をかけてくる。


「やぁ、この辺じゃ見ない顔だね。もしかして初めて? オレは松岡勇作(まつおかゆうさく)ってんだ。ここ世田谷ダンジョンに入ってる探索者なんだよ。もしかしてキミもそう? だったら運がいい! オレのパーティで一緒に活動しない? 色々と教えてあげられるよ。って、ねぇ、ちょっと、聞いてる!?」


 近づいて来た松岡という青年は口を開けると一気にまくし立ててきた。クリュスの横を歩きながら早口でしゃべってくる。


 それに対して、クリュスは一切反応しなかった。最初こそ松岡をちら見したが、以後は目も合わさずに前を見て歩いてゆく。


「ははは、あいつまたやってんぞ!」


「しかもいつも通り無視されてやんの。これで何連敗だ?」


「20までは数えてたんだけどなぁ」


「お前らうるせぇぞ! 黙って見てろ! あ、ちょっと、キミ!?」


 仲間らしい3人が松岡の様子を見て笑っていた。どうやら失敗続きらしい。それでめげずに挑戦するのは大した根性だが、努力を向ける方向が残念だと祥吾などは思う。


 まったく反応することなくクリュスは支部の本部施設から出た。さすがに外にまで追いかけてくる気はないようでようやく静かになる。同時に手にしていた日傘をすぐに差した。


 最初から最後まで当人の背後で様子を眺めていた祥吾は呆れたようにつぶやく。


「どっちもすごかったなぁ」


「どういうことよ? 私は被害者よ?」


「そうなんだが、あそこまで徹底的に無視するのか」


「ナンパなんて興味ないのなら反応したら駄目なのよ。いないものとして扱わないとね」


「怖いなぁ。それにしても、あの松岡って奴、延々としゃべりまくっていたな」


「聞いていなかったから覚えていないわね」


「あいつ、俺のことに気付いていたのかな。全然こっちを意識していなかったみただけれど」


「どうでも良いわ。それよりも、売買施設へ行きましょう」


「ネットで調べた限りだと他と変わらなかったんだけれど、実際はどうだろうな」


 ナンパ男の話を切り上げた2人は支部の本部施設の近くにある建物に入った。中には探索者のための武具や道具を販売する店舗とダンジョンで手に入れたドロップアイテムを買い取る店舗が並んでいる。ここも割と人が多い。そして、その人々のせいで雰囲気が良くなかった。


 苦笑いしながら祥吾が口を開く。


「どうもこの支部に安全な場所はなさそうだな」


「ここだと現金を持ち歩くのは危険ね。クレジットカードを作って良かったじゃない」


「はいはい、クリュス先生のおっしゃる通りでした」


「わかればよろしい」


 少しばかり痛いところを突かれた祥吾の皮肉げな言い方を気にせずに、クリュスは鷹揚にうなずいてみせた。


 一通り施設内を回った2人はフードコートに立ち寄る。今回、祥吾はソフトクリームを、クリュスはクレープを選んだ。それを持って空いている席に座る。


「このダンジョンの攻略は案外大変かもしれないなぁ」


「ダンジョンそのものよりもその周りのせいでってことかしら?」


「ホテルからこの支部に偵察しに来ただけでイベントが2つも起きたんだぞ」


「先が思いやられるわね」


 甘い物を食べている2人だったがその顔は晴れていなかった。明日からの世田谷ダンジョンでの活動を考えると気が重い。


 言葉少なく買ったスイーツを食べ終わると2人はそのままホテルに帰った。

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