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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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お互いのことについて

 ひったくり犯を追いかけていた友恵を助けた祥吾とクリュスは、お礼にということで昼食をごちそうしてもらうことになった。そこで花道商店街にあるラーメン屋『胸焼け』に案内されたわけだが、2人はその圧倒的な豚骨ラーメンに気圧される。しかし、いざ食べて見ると意外にも口に合い、食が進んだ。


 並を注文した祥吾はその大半を平らげていた。さすがに毎日大量に食べるだけのことはある。しかし、何気なく顔を横に向けた祥吾は友恵の前にあるラーメン鉢を見て呆然とした。山と積まれていたはずの野菜がもうほとんどないのだ。鉢の中の麺と汁も残り少ない。


 思わず箸を止めた祥吾がつぶやく。


「あれだけあった野菜と麺がもうほとんどないのか」


「ん? 何か言った?」


「ああいや、よく食うなって言ったんだ。俺もかなり食べる方だが、お前はそれ以上だから驚いたんだよ」


「仲間からもよく食べ過ぎだって言われるよ。あたしからすると、他のみんなが食べなさすぎだと思うんだけどね」


「お前の胃袋はどうなっているんだ?」


「ふふん、無限に広がるんだよ!」


 崩しきった野菜の固まりの残骸をスープの中でかき混ぜながら友恵が笑った。それからラーメン鉢を持ち上げて口を付け、中身をかき込む。


 その隣、顔を横に向けていた祥吾の前でクリュスが箸を置いた。苦しそうでいて少し残念そうな表情を浮かべている。


「全部は無理みたい。これ以上は食べられないわ」


「それでも大体は食べたんだな。残すんなら、後は俺が食べるぞ」


「お願い。タッルスは綺麗に食べたみたいね」


 クリュスと友恵に挟まれてキャットフードを食べていた黒猫は皿を舐めていた。こちらは完食である。


 最初に離脱したクリュスはスープまで完食した友恵を見て目を見開いた。口元に手を当てて感想を漏らす。


「あれだけあったのに全部食べたわね」


「いつものことだよ! この後締めを頼むんだ。おっちゃーん、餃子1人前とビール!」


「あいよー!」


「まだ食べる気なの!?」


「これでもう終わりだよ。あとちょっとしか入んないからね!」


 あと少しと言いながら当たり前のように追加注文をする友恵を見てクリュスが少し顔を引きつらせた。珍しく動揺している。


 驚いているのは祥吾も同じだった。さすがに追加で注文する気にはなれない。クリュスの残したものは食べる気ではあるが、スープまで完食はさすがに無茶だ。


 そこまで考えてクリュスと同じく顔を引きつらせていた祥吾はとある疑問にぶつかった。怪訝そうな顔をして友恵に問いかける。


「友恵、お前さっきビールを注文したが、二十歳を超えているのか?」


「そうだよ。まぁ見た目でよく高校生と間違われるんだけどね。あれが面倒でさぁ」


「なるほど、俺たちよりも年上なんだな」


「あれ? 2人は何歳なの?」


「俺たちは16歳だ。今年の春に高校に入ったんだよ」


「はぁ!? マジで!? 大学生でもないの!?」


「じょーちゃん、しゃべんのはいいが、大声は勘弁してくれって言ってんだろ」


「あ、ごめん、おっちゃん」


 店主が呆れたように注意すると、友恵は愛想笑いを浮かべながら謝った。他の客は大声に釣られて友恵に顔を向けていたが、一連のやり取りを見て苦笑いする。後に聞いたところ、ほとんどがこの店の常連なので顔見知りらしい。


 とりあえず謝罪を済ませた友恵が祥吾とクリュスに目を向け直す。


「ってそれより、2人ともマジで高一なの?」


「そうだぞ。高校の学生証は今持ってきていないから証明できないけれどな」


「へぇ、見た目が若く見えるけどなんか大人っぽい雰囲気だったから、てっきりあたしと同じくらいかと思ってた」


「大人っぽい? そうなのか?」


「うん、高校生とは思えない。大体、ガキんちょがあんな風に落ち着いてひったくりを転がすことなんてできるわけないもん」


「まー俺も探索者だから、荒事にいくらか慣れているからな」


「ああやっぱり探索者だったんだ。納得したわ。転がし方がやけに手慣れてたもんね」


「はは」


 感心したようにうなずく友恵に祥吾はぎこちない笑みを返した。異世界の経験も合わせるとかなりの熟練になるのだが、さすがにそれは話せない。クリュスが笑みを向けてくるのも何となく居心地が悪かった。


 話題を逸らすべく祥吾は別の話を持ち出す。


「友恵も探索者をやってるんだよな。世田谷ダンジョンにも入って入るのか?」


「あたしらは世田谷ダンジョンがメインなんだ。ここは稼ぎがいいから」


「俺たちは今日ここに初めて来たんだが、そんなに稼げるのか?」


「魔物の数が多いし、魔石も他のダンジョンに比べて少し大きいんだ。その分買い取りの値段も高いからね」


「へぇ、さすがに階層が深いと違うんだなぁ」


「そうなんだ。階層の浅いダンジョンはどうしても渋いからね。稼ぐなら深いダンジョンだよ。その分大変だけど」


「魔物の数が多いからか」


「そう。最低4人はメンバーがいるよ。できれば6人がいいかな」


「ということは、友恵のパーティは4人以上ということか」


「まぁね。みんな女ばっかりなんだ」


「珍しいな。大抵は多くても男と半々だって聞くが」


「色々あってね。今は女だけで組んでるんだよ。同じだと気楽でいいよね」


「餃子1人前とビール、お待ち」


「来た来た!」


 羽根つき餃子8個と生ビールを差し出された友恵が顔をほころばせた。小皿に醤油を垂らし、そこへラー油を混ぜてから餃子をひとつ取り出してたっぷりとつける。一旦その作業を止めると左手でジョッキを掴んで口に付けると傾けた。4分の1ほど飲むと口から離して大きく息を吐き出す。そうして小皿に置きっぱなしにしていた餃子を箸で摘まんで口に入れた。一連の動作の間中、友恵はずっと笑顔のままだ。


 その様子を見ていた祥吾は異世界の酒場で木製のジョッキを傾けていたことを思い出した。あの世界に餃子はなかったし、飲んでいたのは主にエールだったが、それでも物を食べて酒で飲み込むという行為は変わらない。思い出すとまたやりたくなってきた。


 祥吾がビールを見つめていると、食べ終わってからタッルスを撫でていたクリュスに目を向けられる。


「飲みたそうね」


「目の前であんなに旨そうに飲まれたらな」


「お、祥吾も飲みたい? でも残念! 学校を卒業してからだね!」


「高校を卒業してもまだ2年もあるんだよ」


「え、あれ? ああそっか! いやぁ、あと4年も待たないといけないなんてねぇ」


「くっそ、お前、これ見よがしに飲みやがって」


「ふははは、我慢したまえ、少年!」


 これ見よがしにジョッキを傾ける友恵を祥吾は悔しそうに睨んだ。普段は気にならないが、こうも挑発されると無駄に飲みたくなってくる。ただ、今はほぼ満腹なので食欲がないのが幸いした。まだ我慢できるからだ。


 こうして大人げない会話を繰り広げていると、友恵がふと何かに気付く。


「そうだ、祥吾は黙ってたら大人に見えるんだから、しれっと注文したらいいんじゃない? バレないんじゃないかなぁ」


「そんな悪いことを勧めたら駄目だろう」


「いやぁ、そうなんだけどさぁ、祥吾と飲んだら絶対に面白いと思うんだよねぇ」


「じょーちゃん、うちの店で他の客を悪さに誘うなって言ってんだろ」


「あ、ごめん、おっちゃん」


 店主が目を細めて注意すると、友恵は愛想笑いを浮かべながら謝った。店主の話しぶりからすると前から同じことを繰り返しているらしい。


 口の中の餃子を飲み込んだ友恵が今度は祥吾に質問する。


「2人って、他のメンバーは今日どこにいるの? 来たばかりっていうことはオフなんだよね?」


「俺たちは2人で組んでダンジョンに入って入るんだ。だから他のメンバーはいないぞ」


「え!? マジで? それで世田谷ダンジョンに入るの?」


「地下9層までなら行けるだろう。『エクスプローラーズ』で調べた情報を見る限りだとそう判断できたんだが」


「2人ともそんなに強いの? 上の方はまだしも地下9層辺りだと4人でもなかなかだよ」


「探索者協会の情報にはないことでもあるのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、2人かぁ。あれ、ということは、探索者になってまだ半年にもなってない?」


「この前の3月になったばかりだからそうなるな」


「今までどこのダンジョンに入ってたんだ?」


 問われた祥吾は口にしようとして一旦止めた。そして、黒猫を撫でているクリュスを見る。どのダンジョンも話して良いように思えるが、本当にそうか判断がつかない。


 代わりにクリュスが答えた。奥多摩3号ダンジョン以外を伝える。


「へぇ、結構あちこち行ってるんだ。流れの探索者みたいだね」


 話を聞いた友恵が感心したかのような反応を示した。


 その後、3人は食事が終わるまで自分たちのことを話す。最後に再会を約束してラーメン屋の前で別れた。

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