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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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世田谷区へ遠征

 何となく釈然としない思いをしつつも外泊の許可を得られた祥吾は世田谷ダンジョンへ向かう準備を始めた。とは言っても、ホテルでの宿泊なので男のお泊まりセットなどほとんど着替えの服だけである。ダンジョン内で野営する準備も必要ではあるが、こちらは前からしていたので改めて何かをする必要はなかった。


 こうして祥吾は出発当日を迎える。8月最初の日はいつも通り良い天気だ。


 いつも通り起きて用意を済ませた祥吾は家を出た。リュックサックを背負い、スポーツバッグを肩に提げ、そして布に巻かれた槍斧(ハルバード)を肩に担ぐ。今日は自転車ではなく徒歩だ。


 今日も猛暑を予感させる日差しと涼しい風を受けながら祥吾は道を歩く。今日は最寄り駅で待ち合わせなのでいつもとは違う経路を進んでいた。


 夏休みなので生徒や学生の姿は見えない。しかし、通勤時間の終わりなので社会人である人々に交じって脚を動かす。合流直後は祥吾にちらちらと目が向けられたが、今はもうその他大勢の1人だ。


 最寄り駅に着くと券売機の並ぶ場所の隣に祥吾は立つ。隅の方で目立たないようにしているが、布で巻かれた棒状の武器はやや人目を引いた。


 それでも目立つことは悪いことばかりではない。合流相手にすぐ見つけてもらえるということでもあるからだ。待つこと10分弱、目的の人物がやって来る。


「待たせたわね」


「家でじっとしていてもあんまり変わらなかったからな。それに、これを持っているから、俺が待っていた方が見つけやすいと思って」


「確かに目立っていたわね。旗を振っているみたいに」


「でも、これ長いからな。電車の中に入るときがちょっと」


「弓道の選手が弓を持つみたいにしたらどうなの?」


「あの弓よりも長いんだよなぁ」


 改めて自分の武器に目を向けた祥吾は小さくため息をついた。しかし、それでも電車に乗らなければならない。クリュスとしばらく話をして決心がついた祥吾はそれを担いで歩き始めた。


 自動改札機を何とか通って駅のホームに入った祥吾はクリュスと共に電車を待つ。通勤時間は過ぎたらしく、ホーム内の人影はかなり少なくなっていた。やって来た電車にも乗っている人は多くない。扉が開くと電車に乗り込む。


 天井に武器の先が当たらないように気を遣いながら祥吾は車両の隅に立った。座席が取り払われ、立ち客がたくさん乗り込めるようにしてある場所だ。通勤時間ならばすし詰めになるが、空いている時間なら広い空間を自由に使える。


 揺れる車両内で祥吾は片手でつり革を掴みながら体を支えた。自分の肩に重い武器を立てかけてクリュスへと顔を向ける。


「クリュス、そういえばタッルスはどうしたんだ?」


「背中のリュックサックの中にいるわよ」


「それって良いのか? ダンジョン内は仕方なくやっているだけで、外での扱いはもっとこう、丁寧にした方が良いような気がするんだが」


「ペットキャリーを使えっていうこと? 確かにそうなんだけれども、キャリー自体が大きな荷物になるから。それに、タッルスは嫌がっていないわよ」


「そうなのか?」


「どうやらリュックの中で丸まって眠っているようなの」


「肝が太いというか、何と言うか」


 黒猫の扱いについて聞いた祥吾は呆れた。賢い猫だとは前から知っていたが、胆力も相当なものだ。さすがに長い間迷宮で過ごしていた前世を経ただけのことはある。


 揺れる電車の中で祥吾とクリュスは雑談をしながら目的地へと向かった。途中、2回乗り替えのために駅のホームからホームへと移動する。そこでもやはり祥吾の担ぐ布で巻かれた武器は人目を引いた。そうして、おおよその時間通りに世田谷ダンジョンの最寄り駅に到着する。


 地下の駅から地上へと出た祥吾はダンジョンのある方に顔を向けた。高速道路の向こう側には何となく雑多な感じの住宅街が広がっている。反対側は普通の街並みが目に入った。


 しばらく見比べた祥吾が感想を漏らす。


「ああ、何て言うか、わかりやすいなぁ」


「道路を隔てて別世界よね」


「この場所は世田谷ダンジョンから離れた所にあるんだろう? なのに道沿いでもこんなにはっきりとわかるなんて」


「地価の問題かもしれないわね。安い場所にはそういう土地しか手に入れられない人が集まって、更に地価が安くなって更にまたってね」


「悪循環だなぁ。それで、俺たちの泊まるホテルはどこにあるんだ?」


「あっちよ。ここから少し離れたところ」


「世田谷ダンジョンから離れるのか?」


「ちゃんとしたホテルに泊まろうとすると、自然とあっちになるのよ。ちなみに、ダンジョン側の地域にペット同伴ができるホテルはなかったわ」


「そんなところにまで差が出るのか」


 話し終えたクリュスが歩道を歩き始めたので祥吾はそれに続いた。そういえば、泊まるホテルについては事前に教えてもらったが、どこにあるのかまでは知らなかったことに気付く。目的地は近いらしいので細かい場所は聞かずについて行くことにした。


 駅の入口から高速道路に沿って進む。約5分ほど歩くと目的のホテルが見えてきた。特にこれと言って特徴のない建物である。


 入口から中に入ると獣臭と芳香剤の混じった臭いが祥吾の鼻を突いた。ペット同伴可能なのだとここで実感する。


 広くないエントランスホールを突っ切るクリュスについて行った祥吾は受付カウンターの前で立ち止まった。ここで受付嬢に出迎えられると手続きをしていたクリュスが対応するのを眺める。


「いらっしゃいませ」


「予約をしていたクリュス・ウィンザーです」


「クリュス・ウィンザー様ですね。少々お待ちを。はい、今日から1週間、2人部屋ですね。承っております」


「クリュス、ちょっと良いか?」


「どうしたの?」


「今2人部屋って聞こえたんだが、個室を2つの間違いじゃないのか?」


「いいえ、正しいわよ。私が予約した通りですもの」


「え、なんで2人部屋なんだ?」


「一番の理由は個室2つに泊まるよりも安く済むからよ。他にも、頻繁に話し合いをすることになるんだから、ひとつの部屋に泊まった方がやりやすいでしょう?」


「あー、うん、そうだな。いやでも」


「何が問題あるの? タッルスだって喜んでくれるわよ」


 ひとつずつ冷静に反論された祥吾は何も言えなくなってしまった。クリュスが言っていることはすべて正しい。世田谷ダンジョンを攻略するという意味ではその通りだ。しかし、祥吾が指摘したかったのはそこではない。もっと別の主に道徳面での話だった。


 話が通じていないのかと一瞬思った祥吾だったが、クリュスの表情を見て知らないふりをしていることを確信する。ちらりと受付嬢を見ると、営業スマイル以外の何かが混じっているように思えた。


 ここで口論しても恥ずかしい思いをするだけだと悟った祥吾は諦めて口を閉じる。満足そうに首を縦に振ったクリュスが受付嬢とのやり取りを再開するのを以後黙って見つめた。途中、クリュスに指示されてタッルスをリュックサックから出してやる。そうして受付嬢にどんな動物なのかを確認してもらった。


 諸々の手続きを終えたクリュスが部屋の鍵を受け取ると歩き出したので、祥吾も黒猫を肩に乗せたまま続く。


「今度から、ホテルに泊まる部屋は俺も確認することにするよ」


「構わないわよ。合理的な理由があるのならいつでも受け付けるわ」


「にゃぁ」


 ちらりと振り向いて楽しげな顔を見せてきたクリュスに祥吾は渋面を返した。その直後、タッルスに気遣わしげな声をかけられる。なんだかとても情けない気分に陥った。


 借りた部屋にたどり着いた2人は早速中に入る。特にこれといった特徴もない普通の部屋だ。シングルベッドが2つあるのを見て祥吾は内心で安心する。


「やっと着いたな」


「そうね。とりあえず荷物を置いて、これからどうしましょうか」


「まだ昼前なんだよな。10時半過ぎか。中途半端だな」


「とりあえず、お昼までは世田谷ダンジョンの情報を集めましょう」


「昼からは世田谷ダンジョンでも見に行くか?」


「良いわね、そうしましょう」


 槍斧(ハルバード)、スポーツバッグ、リュックサックを床に置きながら祥吾はクリュスの返事を耳にした。さすがに今からすぐダンジョンに入る気はないようだ。意見が一致して安心する。


 そうと決まれば、祥吾はスマートフォンを取り出して備え付けの椅子に座った。探索者協会専用アプリ『エクスプローラーズ』を立ち上げて情報を確認する。また、ブラウザの画面を表示してこれからの治安状況についても調べてみた。


 ある程度調べた祥吾は顔を上げてクリュスへ目を向ける。あちらはベッドに座ってタブレットを操作していた。無表情なのでどんな状態なのかはわからない。


 少なくとも今日1日は余裕があるので祥吾はゆっくりと情報を調べることにした。

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