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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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宿題からの解放、そして都心への遠征の準備

 黒岡ダンジョンで神々から道具を受け取った祥吾とクリュスは翌日から夏休みの宿題を片付ける作業に戻った。実際は祥吾がひたすら苦労しながら宿題に取りかかる姿ばかりが目立つ。解答を片手に宿題を片付けてゆくかのようなクリュスとは比べるべくもなかった。


 しかしそうであっても、毎日時間をかけて続けていれば終わりは見えてくる。丸1日かけて机の前に座り、わからないところはクリュスに尋ねつつもひとつずつ課題に挑んだ結果、7月も終わろうかという頃に祥吾はついに夏休みの宿題をすべて終わらせた。


 最後の設問を解き終わった祥吾はペンを手放して両手を突き上げる。


「よっし、終わったぁ!」


「お疲れ様。最後までやりきってえらいわね」


「なんで小さい子供みたいな扱い方をするんだよ」


「今の祥吾だと似たようなものじゃない。私なしでできたと思う?」


「正論で殴りかかってくるのはやめてほしい」


 椅子の背もたれに寄りかかった祥吾が口を尖らせながらクリュスに反論した。せっかくの解放感が台無しである。その態度が正に子供らしいわけで、クリュスに平然と受け流された。


 何となく面白くないと思いつつも祥吾は机の上の宿題を片付ける。これで2学期が始まるまでは勉強道具を見なくても良くなった。嬉しさがこみ上げてくる。


「ここから遊びまくるぞ!って言いたいところなんだが、そうもいかないんだよな」


「残念よね。せっかくの夏休みなのに」


「次は世田谷ダンジョンだったか。全然調べていないんだよな、俺」


「そこは私がやっておいたから心配しなくても良いわよ」


「世田谷ダンジョンのこと自体は前に少し聞いたっけな」


「探索者協会のウェブサイトを見れば大体の情報は載っているわよ。だから、今回調べたのはその周辺のことね。次の世田谷ダンジョンは1日で攻略できる場所ではないから、何日か滞在する必要があるの。だから、そのための準備も必要なのよね」


「電車を使って片道1時間半だったか。通える範囲ではあるが、遠いのは間違いないな。往復3時間はかなりでかいぞ」


「その通り。まずは泊まれるホテルを探さないといけないわ」


「探せばどこかにはあると思うんだが、お前がそういうからには何か問題があるわけか」


「タッルスも連れて行かないといけないから、ペット同伴が可能なホテルじゃないといけないのよ」


「あーその問題があったか」


 背もたれ付きの椅子に座り直した祥吾は重要な点を見落としていたことに気付いた。人間だけが泊まるのなら選択肢は幅広いが、動物の同伴を認めるホテル限定となると選べるホテルの数は絞られてくる。


 2人のダンジョン攻略に欠かせない仲間の存在を思い出した祥吾の顔は厳めしくなった。そのままクリュスへと目を向ける。


「ダンジョンの近くに都合の良いホテルはあったのか?」


「なかったわ。そもそもホテル自体がダンジョンの近くになかったの」


「いつ魔物が溢れるかわからない場所で商売なんて普通はしたくないよな」


「そんなことを言ったら、探索者協会の敷地内にある売買施設のお店はどうなるのよ?」


「商魂がたくましすぎるってところかな。それで、ホテルがないのはわかったが、宿泊施設自体はあるんだろう? 民宿みたいなのが」


「あることにはあるけれど、ペット同伴ができるかどうかはわからないのよね」


「目星を付けた宿に電話で直接聞いてみたらどうなんだ?」


「そもそも世田谷ダンジョン近くの宿にはあまり泊まりたくないわ。悪い噂が多いから。置き引きや窃盗なんてネットの情報で溢れているし、最近だと傷害事件もあったみたいなの」


「落ち着けないのか。それは困るな」


 説明を聞いていくうちに祥吾の顔を難しいものに変化していった。異世界で冒険者をやっていた頃に貧民街の安宿でよく宿泊していたが、常にそんな感じだったことを思い出す。そのため、いつも全財産を持ち歩いていた。まさか現代日本で似たような状況に遭遇しそうになるとは思っていなかったので内心で頭を抱える。


「となると、泊まる場所はダンジョンから離れた場所になるのか」


「真っ当なホテルで世田谷ダンジョンに近い場所を選んだわよ。ここ」


「ペット同伴もありの場所か」


 クリュスが差し出したスマートフォンの画面を覗き込んだ祥吾は感嘆の声を上げた。宿泊料金は一般的なホテルよりも高いがその点は目をつむるしかない。


 黒猫の件が解決したことで体の力を抜いた祥吾だが、その直後に気になることがひとつ頭に思い浮かんだ。わずかに不安そうな表情を浮かべながらクリュスに尋ねる。


「今回の俺の武器は槍斧(ハルバード)なんだが、持ち込んでも大丈夫だよな?」


「特に何も書いてないから大丈夫だと思うわよ。このホテルに泊まった探索者の感想をいくつか読んだけれど、持ち込み禁止についての記述はなかったもの」


「それなら大丈夫か。そうなると、後は親の許可くらいか。おお、面倒な!」


「おじ様とおば様なら許可してくださるんじゃない? 通知表の成績にも満足されていたんでしょう?」


「満足はしてくれていたんだが、外泊の理由がダンジョンっていうのが引っかかるかもしれないんだよな」


 今までの両親とのやり取りを思い返した祥吾が何とも言えない表情でクリュスに返答した。友人の家に泊まる、旅行に行く、などとは違い、死の危険がある場所にいくのだ。真っ当な親ならば止めて当然であろう。


 それが今まで許されていたのは両親のクリュスへの信頼だ。この品行方正な優等生ならばその見極めを見誤らないだろうという目算があってのことである。実際、クリュスが大きな間違いをしたことは見たことがないので、祥吾であっても親の態度はうなずけた。自分よりも信頼されているというのは何となく釈然としないものがあるが。


 何とも煮え切らない態度になってゆく祥吾に対してクリュスが提案する。


「それなら、今晩の夕飯のときに2人で外泊の許可をお願いしましょうか」


「2人でか。まぁ、そうなるよな。俺1人だと難しそうだし」


「今の祥吾なら多少時間はかかっても最後には許可してくださると思うわよ」


「でも、手間と時間がかかるんだよな。その差が俺とクリュスの差か。なんかモヤるな」


「その信頼は今後少しずつ積み重ねていけばいいのよ」


 そんなにうまくいくものなのかと首を傾げる祥吾だったが、確かにその通りではあるのでうなずくしかなかった。その積み重ねを自分1人でできないことに忸怩たるものがあるものの、今は飲み込むしかない。


 この後は親をどう説得するのかという話へと移ってゆく。夕飯までに大体の方針を2人で決めた。




 祥吾の部屋で2人が今後の夏休みについて話をしていると、母親の春子から電話で呼び出しがあった。夕飯の用意ができたという。


 いつもとは違い、祥吾はやや緊張しながら食卓へと向かった。こんな気分なのは中間試験後のとき以来である。


 食卓では既に父親の健二が座って食事をしていた。今夜はビーフシチューである。


「クリュスちゃん、いらっしゃい。たくさん食べていってねぇ」


「ありがとうございます、おば様。いただきます」


 馬鹿でかい鍋をかき回していた春子に返事をしたクリュスが席に座った。いつの間にかクリュスの席と認識されるようになった椅子にである。


 同じく席に座った祥吾が目の前に置かれた大きな皿に目を向けた。たっぷりと入ったビーフシチューがおいしそうな香りを鼻まで運んでくる。


 4人は食べられる者から順番に夕飯を食べ始めた。父親の健二は最初から食べていたが、次にクリュス、その次に祥吾、最後に春子だ。


 食べながら祥吾は今日あったことを両親に話す。


「父さん、今日やっと夏休みの宿題を終わらせたんだ」


「夏休みの宿題を? まだ7月だぞ」


「そうなんだ。クリュスが2学期直前に泣きながらするよりかはましだろうって言って、鞭打たれながらやったんだよ」


「結構なことじゃないか」


「息子が鞭打たれているのにか!?」


 あっさりと肯定された祥吾は目を向いて突っ込んだ。クリュスへの信頼が厚すぎて泣けてくる。


「それと、来月からしばらく外泊しようと思うんだ。世田谷ダンジョンに行きたくてさ」


「世田谷か。ここからだと電車で行ける距離じゃないのか?」


「さすがに片道1時間半はきついよ。6時にダンジョンを出ても色々準備したら帰宅するのは8時頃じゃないか」


「まぁ、それは確かに」


「祥吾、クリュスちゃんも一緒にいくのよね?」


「ああ、うん」


「だったら良いんじゃないの。あんまり危ないことをしちゃダメよ」


 横から口を挟んできた春子の一声で大勢が決まった。何か言おうとした健二は口を閉じ、シチューを口に入れる。


 我が家はクリュスに支配されているのではと内心で思いつつも、祥吾も黙ってシチューを口にした。

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